48:それぞれの動き(複数視点)
(バドルside)
「先程はありがとうございます、騎士団長」
解散となり貴族達が城を後にしてから騎士団長ブラムス=ヴァリアントに礼を述べる、あの場で私がセルクを庇えば身内贔屓と言ってくる者が出るだろうから発言して頂けないか頼んだら彼は快く引き受けてくれたのだ。
「構いませぬ、それに貴族派の偏見を持つ者には個人的にも気に入らぬところがありましたからな…吐き出す機会を頂いて感謝したいくらいです」
「その偏見派もセルクの活躍で随分と勢いを失った様ですがね」
そう、セルクが称号騎士と認められた件は王国でも広まっていた。
更にはグルシオ大陸で白銀級冒険者として活動していたのも広まり、今や王国の大半…主に軍部の者達からは逸材が他国へと流れてしまったと嘆く声が多いとの事だ。
「当時の学園は本当に惜しい事をしてくれたものです…彼が騎士団に入ってくれたならば息子のラクルと高め合う良き騎士となってくれたでしょうに…」
「ラクル殿ですか…今は武者修行の為に魔物退治の任に就いてると聞きましたが」
「ええ、良く働いてると報告が届いています…実を言うと息子は弟君が国を出た時は珍しく落ち込んでいましたよ」
「そうなのですか?」
「息子にとって弟君は負けたくないライバルであり目標だったそうです、だからこそ国を出ていってからは思い詰めていた事に気付いてやれなかったと後悔していました」
「そうだったのですか…」
「だからまぁ、私としても息子の数少ない友人と言える様な弟君を追い詰めた今の国風は正すべきだと思い至った次第でしてな…故に協力は惜しみませぬ」
ブラムス団長はそう言って笑みを浮かべる、その眼には父親として…そして騎士団長としての強い意思が感じられた。
「それでバドル殿、目星は付きましたかな?」
「ええ…あの場で襲撃者と商人という言葉に反応した者達、内通者の可能性がある者の顔は全て覚えました」
目星とは帝国を襲撃した商人を名乗る者と内通していると疑いのある者達だ、あの場では潔白だと言った段階では内通者は実のところ掴めていなかった。
だからこそ自分達は疑いが晴れたと思わせてあの場にいた者達の反応を観察していた、そしてあの中で怪しい素振りをしていた者は全て記憶している。
「騎士団長、出来るだけこちらだけで済む様にしますが…もしもの時は手荒な助力を頼むかも知れません」
「なんなりと、むしろ我々を上手く使ってくだされ」
騎士団長の心強い返答に頷いて行動を始める、この国の侯爵としても自分の道を進むセルクの邪魔をさせない為にも決意を新たにした…。
―――――
(ブレイジア公爵side)
「次から次へと…」
執務室で眉間を揉みほぐしながら呟く、それは国の内外からもたらされる問題の多さに些か辟易していた。
「この二年でこれほどまでに状況が変わるとは…なによりも奴はもう小僧などとは呼べぬ」
もたらされた中でも一番公爵家に影響を及ぼすのはセルクの話だ、帝国で軍部の重職である称号騎士の位と皇女との婚約を与えられる存在を追い詰めた一因となった公爵家は肩身の狭い状況になっていた。
十七になったテレジアはあれから婚約する相手が見つかっていない、二年前に始まった粛清と称されたバドルの行動によって貴族の情勢は大きく変わり、自国の身分が釣り合う者は既に婚約者がいる、もしくは結婚している者ばかりだ。
「婚約解消をするべきではなかったか…?」
テレジアもあれから目に見えて塞ぎ込んでおり、婚約者を探す事に関しても積極的ではない…セルクを追い込んだ事を二年経った今も悔いていた。
「最悪帝国で相手を探すしかないか…自分で立ち直れない以上は私が立たせるしかあるまい」
次に考えなければならないのは件の商人だ、実を言うとその商人らしき者は公爵家を訪れていた。
その時は仕事で臣下に対応を任せて追い返してからは来ていないがそれはあくまで自身が把握してる範囲、臣下や領地の者達に秘密裏に接触している可能性は充分にあった。
「今一度調べ直さねばならんな…」
やらなければならない事の多さと息つく間もなく動く情勢はこれから先の暗雲を示している…そんな陰鬱な考えが浮かぶくらいには疲れていた…。
―――――
(テレジアside)
自室のベランダから夜空を見上げながら思う…今のままでは駄目だと、いい加減蹲ってないで立ち上がらなきゃ駄目だと心が訴える。
だけどその度に婚約者だった彼に…セルクに浴びせ掛けた心ない言動が鮮明に思い浮かぶ、そして自分はまた同じ様な事をしてしまうのではないかと足が竦んでしまう。
「…私はこんなに弱かったのね」
セルクの話はここまで届いている、白銀級冒険者にまで登り詰めた事も、帝国の皇女を助けた事も、皇帝に認められて称号を与えられて皇女の婚約者となった事も伝え聞いていた。
「貴方が自分の道を進めてるのは…それだけ強くなれたという事よね、私の様に蹲ったりなんかしないで立って進めるくらい強く…」
そんな人を私は追い詰めた、婚約者でありながら寄り添わずに彼が最も嫌っていた事をし続けて傷つけてきた。
謝りたい、出来るならばやり直したい…叶わないと分かっていてもそう願ってしまう弱い自分が嫌いで仕方がなかった。
「…そろそろ寝なきゃ」
寝間着に着替えてベッドに入ると複雑な紋様が刻まれた拳大の水晶を抱える様にして握り込む、これを使うと不安を取り除かれて良く眠れる様になる。
とある商人が試作品だからまた訪ねた際に感想を聞かせてくれれば良いと譲ってくれたものであり、試しにと使ってからは寝る時は必ずこれを使っていた。
意識が深く沈んでいく、手の中で水晶は淡く光っていた…。




