21:対峙
フレアを倒してから俺は“天へ挑んだ塔”の前に来るとそこで待つ事にした。
湧いてくる魔物を適当に蹴散らしながら待ち続ける。奴はそれほど待たずとも来る……なんとなくそう思ったのもあるが一年もの退屈に比べれば大したものではなかった。
こちらに近付いてくる気配を感じ取る。振り返るまでもなく深層の此処まで来れるのは奴だけだろう。
「来たか」
“天へ挑んだ塔”を見上げたまま呟く。エルフォードが何を言うかはなんとなく分かっていた。
「ロウド……冒険者を殺しているのは君だな?」
「……ああ」
「ならもうやめるんだ。ギルドも君が犯人なのだと感づき始めている……今ならまだ引き返す事が出来る!」
エルフォードが声が自然と大きくなる。俺を思っての事なのだろうが微塵も心には響かなかった。
「今の君は精神的な依存状態になっている! 今の君に必要なのは進む事じゃない! 立ち止まって休む事だ!」
依存……確かにそうなのだろう。何を食っても何をしても心が波立たない俺は疾患を抱えているのかも知れない。
……だが。
「……引き返してどうする?」
振り返りながらエルフォードを見る。例えそうなのだとしても治そうとも立ち止まろうとも思わなかった。
「この退屈な世界で生き続けろと言うのか? ただ無為に意味を見出だせぬ事をやり続けて……命尽きるまで生きながら死に続けろというのか?」
エルフォードが複雑な表情を浮かべて俺を見る。何を思っているかは分からないがそんなのはどうでも良かった。
「そんな生き方は出来ん! 死ぬならば……この手に入れた力と強さを……この命を最後の一欠片まで俺の理想の為に燃やし尽くす! 俺が選び進んできた道の果てにあるものがなんなのかを知る為に!!」
それが行き着いた答えだった。富も名誉も必要ない……自身が手にしてきたものとこの命を最後の一欠片まで使い尽くす事。それが今の俺が求めているものだ。
「……その先に立ち塞がるのが世界だとしても……君は先に進むんだね」
エルフォードが思わず溢れ落としたかの様に呟く。それも悪くないかと思いながら答えた。
「ああ、世界が敵となれば……この退屈な世界も違って見えるだろう」
「……そんな事はさせない」
覚悟を決めた眼でエルフォードが俺を見据える。そして手にした魔杖を構えた。
「深装展開“深淵の記録者”」
エルフォードの全身を水底を思わせる黒い衣が覆う。数十の帯が垂れた独特の意匠のローブとなるがエルフォードは更に詠唱を続けた。
「人捨……獣成!」
帯と衣がエルフォードの身体へと入っていく。まるで血肉が通っていくかの如く帯だったものは触手となっていき、衣は身体に張り付いて皮膚と鱗へとなっていった。
「そこまで……するか」
身体を前に傾けていたエルフォードが徐々に顔を上げる。人ならざる者へと変貌したがその眼から理性は消えていなかった。
「世界の敵になどさせない。私が君を止めるのだから」
「……は、竜装展開“生命の到達点”」
白亜の鎧を纏って対峙する。放たれる重圧に鼓動が高鳴り笑みが浮かんだ。




