36:八脚の影(アリアside)
「んー、これはまずいかなー?」
魔道具によるバリアを破ろうと殺到している影の様な魔物を見ながら呟く、数十体ほど魔術や魔道具で倒したが際限なく湧いてくる魔物には手持ちの魔道具と魔術では足りなかったらしく今はこのバリアの魔道具が最後の手だった。
それも度重なる攻撃によって亀裂が入り、今にも破れそうになっていた。
そしてバリアを魔物の爪が突き破ろうと…。
「フィリア姉さん!」
赤い斬閃が魔物達を斬り払う、霧散した魔物の向こうからは愛しの妹が紅の剣を手にして立っていた。
――――――
「怪我はない?」
「大丈夫だよー、アリアちゃんのお陰でギリギリ助かったよー」
フィリア姉さんは明滅する魔道具をぷらぷらと振りながら答える、ひとまずは間に合った様で安堵する。
フィリア姉さんは魔術や魔道具の知識と技術は凄いが体があまり強くない、魔力量も一般の魔術師と同じくらいなのをその知識と技術で補って宮廷魔術師という役職をこなしている。
「ひとまず安全な場所に行かなきゃ、歩ける?」
「んー、ちょっと待ってねー」
フィリア姉さんはそう言って机の上にあった薬品を一息に呷る、するとフィリア姉さんの体が付与魔術の光で包まれた。
「お待たせー、今なら全力疾走でも大丈夫だよー」
「それじゃ走るよ」
机や周囲にあった魔道具を回収したフィリア姉さんを連れて工房を出る、現れるシャドウストーカーを斬り伏せ、離れた場所に出現したのは姉さんが魔道具で牽制する。
そのまま騎士達に合流しに行こうとしたところでシャドウストーカー達が突然距離を取る、数十のシャドウストーカー達は離れた場所で集まると一体の影に重なる様に消えていき、重なった影はどんどん大きくなっていった。
「一体なにを?」
胸騒ぎがしてルスクディーテに炎を纏わせて斬撃を放つ、炎の斬撃は影へと到達する前に地面から飛び出した黒い触手の様なものに貫かれた。
繭の様な形になっていた影から虫の脚らしき部位が飛び出す、次々と飛び出した八本の脚が地面を捉えると体と思わしき部位には八つの赤い眼らしき光が浮かび上がった。
「アリアちゃん、あれって…」
「ブラックウィドウ…」
思わず魔物の名前を口にする、グルシオ大陸では犠牲になった冒険者の多さと厄介さからバルログに匹敵する危険な魔物として認知されている魔物だった。
ブラックウィドウは八脚を駆使して巨体に見合わぬ速さで走る、体から幾つもの黒い触手を出しながらこちらに迫る姿は生理的嫌悪を感じずにはいられなかった。
「ルスクディーテ!」
ルスクディーテに魔力を流し込んで剣身に炎熱を宿す、こちらに向けて放たれた触手を斬り裂いてブラックウィドウへと斬り掛かった。
ブラックウィドウは一番前の脚を交差させて防ごうとするが脚を斬って勢いのまま頭を斬りつけようした瞬間ブラックウィドウの身体が地面に沈む様に潜った。
巨大な影が地面から城壁を凄まじい速さで動き回る、一瞬で姉さんの背後に回ると地面から飛び出て脚を振るった。
「フィリア姉さん!」
寸前のところで割り込んで脚を受け止める、ブラックウィドウは口と思しき場所が開いて黒い牙が槍の様に伸びて迫る。
「くっ!?」
首を捻って避けるも頬を赤い線が走る、ブラックウィドウは再び地面へと潜って離れた。
「アリアちゃん!」
「姉さん、離れないで」
姉さんを背後に庇いながらルスクディーテを構える、八つの赤い眼が獲物をいたぶる輝きを宿して揺らめいてる様に見えた…。