32:愚者(フルドside)
ミルドレア城内の医療室、その一室ではベッドの上で苦痛に苛まれながら怨嗟の声を上げる男がいた。
「ぐぅぅぅぅぅ…おのれぇ…」
身動ぎする度に全身を走る痛みで寝つけない、自分を治療した医者は出来るだけの事はしたと言っていたがこの有り様だ
…一部分だけならともかく全身を治すとなると一気に回復させるのは危険が伴うのです、体全体に少しずつ術を施していかねばどんな反動が起きるか分かりませんぞ。
…このような言い方は良くありませんがこれは相当な手練れによるものですな、これだけのダメージを治せる範囲までに留めているのですから。
医者が呟いた言葉が頭を過ってその度に黒い感情が駆け回る、胸を掻きむしりたくなるがそれすら出来ずに更に感情が募っていく。
「手加減、されたというのかぁ…この私が、第二騎士団副長の私があの恥知らずにぃ…」
これは何かの間違いだ、悪い夢だとしか考えられないが全身を苛む痛みがそれを否定する、そうして身悶えているといつの間にか傍に誰かが立っていた。
「手酷くやられましたねぇ」
「き、さまぁ…」
目深にフードを被った男を睨みつける、それが一年前から接触を図ってきた商人を名乗る男だと気付いたからだ。
「どうやって、入ったぁ…」
「ふふ、商人たるもの商機には敏感なのですよ」
口元しか見えない男は口角を上げて見てくる、嘲りを多分に含んだとしか思えない口調により苛立ちが増していく。
「出て、いけぇ…」
「お望みとあらば、しかしよろしいのですかな?」
男はもったいつけた言い方をすると顔を寄せて耳元で囁いてきた。
「どうやらあの男、騎士団に入れようという声が上がっているみたいですよ?」
「な…に?」
「更に言えばアルセリア様はあの男に淡い想いを抱いてるご様子、もしも仕えるであろう皇女に気に入られてるとしたら瞬く間に頭角を現してくるでしょうねえ」
男が囁く話の内容に歯が割れんばかりに噛み締める、騎士団に入るだけでなくアルセリア様に気に入られている?よりによってあの恥知らずを想っているだと?
「そんな…事がぁ」
「ない、と言えますかな?少なくとも副長である貴方を負かし皇器に匹敵する武具を有しているのです、功績を上げて称号を与えられれば…あの男がアルセリア様の伴侶となる未来もあるでしょうなぁ…」
伴侶?ふざけるな認めない認めない認めない、アルセリア様の伴侶となるのは私だ、いずれ称号を与えられるであろう私を差し置いてあんな男がアルセリア様を抱くなどあってはならない。
「止めるべきではありませんか?仕える主が間違った道を行こうとするならばそれを諌めるのも騎士の務めと言えましょう」
「その、通りだ…だが…どうやって」
「なに、貴方が負けた理由は武具の差です、あの男が手にしたレアドロップと呼ばれる武具は持ち手を一騎当千の強者へと変える代物…なれば貴方もそれに匹敵する武具を使えばあの男を倒せるでしょう」
そう言って男は懐の袋から小さな瓶と袋の大きさと合わない兜を取り出す、マジックバックであろう袋から取り出された兜は禍々しい鬼を模した様な造形をしていた。
「こちらは私特製の回復薬とレアドロップのひとつでございます、これは私自身誰かに渡す気はなかったのですが…真の騎士たる貴方にならばお譲り致しましょう」
言うや否や男は小瓶を開けて中身を私の口の中流し込んだ、途端に傷が塞がっていくだけでなく全身がカッと熱くなり血が沸き立つ様な感覚が襲う。
「お、お…おおおおおお!!?」
「さあこちらを、これを着ければ貴方は…無敵の戦士へとなれるでしょう」
言われるがままに手渡された兜を被る、その瞬間…待ちかねたとでも言う様に胸中にあった感情が燃え上がって頭を焼いていく。
「アルセリアァ…セルクゥ…ッ!!」
沸き上がる衝動のままに立ち上がり扉を開ける、すると外にいた見張りの騎士二人が気付いて槍を向けてくる。
「貴様、なんだそれは…がっ!?」
一人を殴り倒して頭を踏み潰す、そして槍を奪うともう一人も構える間もなく貫いて絶命させた。
「アルセリアは…私のモノだぁ…」
沸き上がる衝動に呼応するかの如く、その身体も変容していっていた…。
「やはり自分を特別と思い込んでる愚者は扱いやすいですねぇ、さてさて…後は称号騎士が来ない様にしましたら皇帝陛下と謁見といきますか」