30:立場と状況
「大丈夫か?」
用意された部屋でひとまず気を取り直したアリアに声を掛ける、アリアは頷きはするもののため息をついていた。
「まあ、仲が良いのは良い事なんじゃないか?」
「うん、まあ…それは私も否定しないけど」
「他になにかあるのか?」
「その…」
アリアは指を合わせて眼を泳がせながらおそるおそるといった様子で話し始めた。
「私…除籍されてないみたい」
「なに?」
「えっと、ヴィクトリア姉さんが私の皇族としての地位とか特権とかそのまま残してたみたいでして…」
「…つまり俺は皇女を穢した不届き者になるな」
首筋が冷たくなる、帝国の宝とも言えるアリアを俺は一夜の過ちどころか何度も情を交わしている、ましてや今の俺は貴族ではなくただの冒険者だ、バレたら俺の似顔絵が捜索届ではなく手配書となって出回るだろう…。
「だ、大丈夫!精とかはルスクディーテが摂取してるから孕んだりはしてないし黙ってれば…」
「隠し通せるとは思えないな、少なくとも俺はアリアを一人の女として好いてるし取り繕える自信はない」
「そ、それは…私もそうだけど…」
互いに顔が赤くなってるのが分かる、こんな形で好意を伝えるのに複雑な気持ちになるが今は置いておこう。
「問われる前に脱け出してラウナス教国に向かうのもひとつの手だが…やましい事をしましたと公言する様なものだな」
「うん、というかフィリア姉さんが嬉々として『駆け落ち!?皇女と冒険者の身分違いの恋!?』とか伝えそうだし」
「こう言うのもなんだが俺にも想像できたな…」
あの皇女とは思えぬ言動は知り合って少しでしかなくともどんな人なのかは察せられる、少なくとも今動くのは良い手ではないだろう。
「…最悪開き直るのも有りかもな、もしもの時は俺とアリアなら逃げる事も出来るだろう」
「そうね、動くにしても姉さん達が私達にどう対応するのかによるし…それにしても」
「?」
「どうしてヴィクトリア姉さんはあの場でフルドを罰さなかったのかしら?」
「…それなりの出自と地位にいるからじゃないのか?」
「だとしてもあれだけの事をしでかしたのに後回しにするのは変よ、少なくともヴィクトリア姉さんならあの場で首を落としてたっておかしくないもの」
言われてみれば確かにそうだ、あの馬鹿がしでかした事は王国でやれば間違いなく厳罰を課されるだろう。
「…あれに対して俺がどう動くか見ていた、は自惚れ過ぎか」
「…有り得るかも、ベルクは帝国が長年研究していたレアドロップの仮説を証明した訳だし、どこかで試そうとしたところで騒ぎ出したフルドを利用したんじゃないかな?」
だとすれば俺はあの場で測られていたという事だろうか?考えようとするが今日一日であまりに多くの事が起きてまとまらないでいた。
「やれやれ、やはり人間社会というのはしがらみが多いのう」
二人で考えていると剣の姿から魔物の姿に戻りながらルスクディーテが呆れた様に呟いた。
「雄と雌など互いを求め合うのがちょうど良い、通すべき筋を通していれば他人の声など聞くに値すまい」
「その通すべき筋が多いのが人間なんだ」
ルスクディーテはそれを聞くと幼子を諭す様な顔をしてこちらを見た。
「違うぞベルク、己の行いが恥ずべき事ではないと証明するのが筋、正しいかどうか関係なく他人だのなんだのが押し付けてくるものがしがらみなのだ、我からすれば貴様等はしがらみに囚われておる気がするのう」
「…否定はしないがな、それでも」
「通せるなら通しておきたいわよね…」
口ではそう言うがルスクディーテの言葉に響くものがあったのも事実だ、ルスクディーテは「ふうん…」と呟くとどうでも良くなったらしく目線を逸らした。
「まあ良いわ、それよりベッドがあるのだから交わろうではないか」
「「出来る訳ないだろ(でしょ)」!?」
とりあえず飯にしようみたいな軽さで言ってくるルスクディーテに同時に突っ込む、頼むからもう少し状況とか考えて欲しかった…。