90:骸将の最期
(ラクルside)
立ち込めた土煙が晴れていくと同時に鎧が解除される。最後のぶつかり合いで全身に入った傷から血が流れて膝をついた。
「はぁ、はぁ……」
荒い息をしながらも顔を上げる。そこには右腕が肩から千切れ倒れるドウゲンと右腕と分離した屍骨喰があった。
「俺は……死ぬ、のか」
ドウゲンの姿は人に戻っていた。全身の傷からは血が流れ続けおり生きているどころか話している事すら不思議な状態だった。
「こちらを……」
アメリが傍に来て傷薬を塗ってくれる。応急手当の様なものだが動いても問題ないくらいの止血にはなった。
アメリは応急手当を終えるとドウゲンの方へ向かう。ドウゲンは視界にアメリが入ると口角を上げて喋り出した。
「へ……仇討ちか? おんぶに抱っこされてやる仇討ちはさぞ気分が良いだろうなぁ?」
「……」
「お前の親父は面白かったぜ? 最期まで足掻いて泣いて命乞いする無様さは腹が捩れるかと思ったわ……さっきのお前みたいに」
「それがなんですか」
ドウゲンの言葉をアメリは遮る。だが言葉には怒りや憎しみが込められていなかった。
「例え父様がどんな最期であろうと、心の内がどんなものであろうと、私にとって父様は憧れの武人で目標である事は変わりません」
アメリは強い意志を秘めた眼でドウゲンを捉える。その姿は一人の武人として成長したものだった。
「私は一人のゴモンの戦士としてお前の首を取ります。お前がどれだけ父様を貶めようと私はやるべき事をやるだけです」
ドウゲンは黙ってアメリを見上げる。そしてつまらないものを見たとでも言う様に視界から外した。
「……言い残す事はそれだけですか」
「ち……」
ドウゲンが舌打ちで返すとアメリは静かに柄に手を置く。そして首を狙って構えた。
「……お前の親父は」
刀が抜かれる寸前にドウゲンが呟く。もはやどうでも良くなったと諦めに似た声音で続けた。
「最期の最後まで、つまらねえ奴だったわ」
「……」
アメリの刀が抜かれる。ドウゲンの首と胴の繋がりが断たれて血が舞うとドウゲンの眼は輝きを失った。
……ドウゲンの最後の言葉。無様に足掻いて命乞いをする姿を面白いと笑っていた男がそう言うという事はアメリの父はきっと……。
「う……うぅ……」
刀を落としたアメリが膝から崩れて顔を手で覆う。指の隙間から雫を溢しながら嗚咽を漏らした。
俺は傍に行くとアメリの背を擦る。アメリは抱えてきたものを解き放つ様に泣き始めた。
「父様……父様ぁ! うああああああああああ!!」
悲痛な声が響き渡る。堰を切った様に溢れる涙が地面を染めていく。
少しして蹄の音がする。見れば黒と白の戦車がこちらに向かっていた。
骸将ドウゲンとの戦いはこうして幕を閉じた……。