26:捨てた過去
アリアと共に中に入る…途中強い視線を感じたが十歩程離れた位置で片膝をついて頭を下げると声が掛けられた。
「二人共、面を上げよ」
確かな意を伴った声に応じて顔を上げると目の前に玉座に座るヴィクトリア皇帝陛下と眼が合った。
アリアと同じ金髪に似た顔立ちだが鋭い眼差しに鉄仮面の様な表情が一際冷たい印象を与える、引き締まった身体は武人としても一流だと物語っていた。
(それとあれが…)
ヴィクトリアの傍に立て掛けられた大剣に目をやる、鍔に獅子の意匠が施されたそれの剣身は血の様な紅で刃だけが白く輝いていた。
(間違いない、俺のカオスクルセイダーに匹敵するものだ)
唾を飲みそうになるのを堪える、もし戦えば勝てるか分からない…そう思えるほどに目の前の皇帝は強者の圧を放っていた。
「無事に帰ってきたか、アルセリア」
「はい、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
「ふむ…まずはレアドロップを手に入れた経緯を聞かせてもらおう、話はそれからだ」
アリアは目配せすると経緯を話し出した、事前にアリアとは話し合ってどこまで明かすかを決めていた。
「これが私が手にしたレアドロップ、ルスクディーテです」
話し終えたアリアがルスクディーテを皇帝の前で掲げるとその美しさと煌めく魔力にその場にいた者の多くが息を呑んだ。
「なるほど、その剣を手に入れるにあたってはお前の力だけではなくそやつの助力もあったが故という訳か」
「はい、彼に命を救われ助力してもらいました」
「ふむ…」
皇帝の眼がこちらに向く、全てを見通すかの様な輝きを宿した眼で見られて少しだけ居心地が悪くなった。
「ベルク…であったな、まずはアルセリアを助けた事に感謝しよう、礼に関しては後に我の権限で用意できるものをひとつ与える事を約束する」
「光栄にございます」
「次に…お前もまたレアドロップを有しているそうだな?許す、この場で見せてみよ」
突然の話にいぶかしむが無表情な皇帝からは何も察せない、少しの逡巡の末に腰のベルトから長剣の形態に変化させていたカオスクルセイダーを抜いて掲げた。
漆黒の長剣を目にして玉座の間にいる者達がそれぞれの反応を示す、称号を持つ騎士達は身動ぎしなかったが後ろに控える騎士や文官達は疑う様な目線もあれば関心を持った視線もあった。
「―――陛下!これ以上こんな者に時間を割く必要はございません!」
蒼い鎧を纏った騎士の背後から突然声が上がる、見ると上等な服を着ているが腰に剣を差している金髪の男が明確な怒りを発しながら俺を指差した。
「このような者が陛下が有する皇器に匹敵するもの手に入れるなどあり得る訳がありません!大方偽りの功績を以て我が国に取り入ろうとしてるに決まっています!」
皇帝は一瞬だけ気怠そうな顔をしたがすぐに無表情に戻ると金髪の男に目を向けた。
「…フルド第二騎士団副将か、そう断ずる理由はなんだ」
フルドと呼ばれた男は我が意を得たりとでもいうように俺を睨みつけながら言い放った。
「それはこの男がセルク=グラントスだからです!己の無能さを棚に上げて逃げ出し、自国にいらぬ騒動を起こすような者など信用できる訳がないでしょう!」
それは捨てた筈の過去に無遠慮に踏み入る言葉だった…。