1:黒嵐騎士
ミルドレア帝国。
いまやヒューム大陸全土を支配下に置いたと言っても過言ではない権勢を誇る国が保有するダンジョンのひとつ、その最下層で戦いの音が木霊した。
ダンジョンの最下層に待ち構えていた鎧の如き深緑の肌をした巨人…グレンデルが拳を握り締めて振り上げる。
振り下ろされた拳を避ける、真横を過ぎて地面を抉る腕を手にした剣で斬りつけるとグレンデルの堅固な肌を裂いて血が飛び散った。
「―――――ッ!!」
グレンデルは咆哮を上げて左腕を振るう、後ろに跳んで振るわれる腕を避けると暴れまわるグレンデルを観察する。
(……このダンジョンもか)
振り下ろされた腕の上に乗ると駆け上がってグレンデルの鼻面を蹴りつける、漆黒の脚甲を纏った脚によってグレンデルはたたらを踏んで下がると同時に剣を掲げた。
「軍装展開“黒纏う聖軍”」
黒い嵐の如き闇が全身を覆う、漆黒の鎧を纏いマントを翻しながら地面に降り立った俺にグレンデルは怯んだかの様に動きを止めた。
グレンデルに向けて一歩ずつ距離を詰める、鎧の音が晩鐘の如く響く度に距離は少しずつ詰まっていきグレンデルの攻撃範囲へと入った。
グレンデルが傷の塞がった右腕で殴りかかる、グレンデルの拳を空いた手で受け止めた。
「ッ!?」
受け止めた腕を引いて押し返す、体格の差からは想像もつかないであろう力で押し返されたグレンデルが体勢を崩した瞬間に跳躍しながら剣を構える。
グレンデルの頭上に剣を振り下ろす、刃はまるで抵抗がないかの様に強固な筈の頭蓋を斬り裂き、勢いを失う事なく振り下ろされる。
再び地面に降り立つと真っ二つになったグレンデルの体が霧散していく、そしてひとつの魔石となって地面に転がり落ちた。
「……これで十か」
鎧を解除して魔石を拾い上げる、血の様に赤い魔石をしまって懐中時計で時刻を確認する。
「アリア達も戻っている頃か」
恐らくあちらも同じ結果であろうと察しながらダンジョンを後にした……。
―――――
フードを被ってダンジョンの近くにあるラーヘンの街を歩く、顔を隠さないと色々と面倒な事になるのにも次第に慣れてきていた。
冒険者ギルドに入ると賑やかな声が響く、仕事を終えて飲んでる者やこれから向かう者で騒がしい中で一角にいるアリア達の下に向かった。
「あ、お帰りベルク」
「待たせたみたいだな」
「いえ、私達も今来たところです」
同じくフードを被ったアリアとセレナが答える、シュリンは帽子を被ったままチーズを食べていた。
「それで、どうだった?」
席に座って切り出す、するとアリアは頷きながら答えた。
「全体的に魔物が強くなってるわ、中にはボスが別のものになってるところまであるくらいよ」
「そっちもか……」
「そちらも同じ、なんですね」
「ああ、報告にあるものより上位の魔物が現れてる」
互いに調査した内容を話し合う、その結果としてヒューム大陸にあるダンジョンが活性化して魔物が強くなっているという事が判明した。
「イル・イーターを倒した事がきっかけなのでしょうか?」
「まだ確証はないが……その線は薄いな」
ダンジョンの活性化が報告され始めたのは三ヶ月くらい前の事だ、一年前の事が今更になって影響を起こすというのは些か不自然だろう。
「議論はひとまず帝都に戻ってからだな、今日はもう休もう」
「賛成、宿ならもう取ってあるわ」
アリア達とギルドを後にしようとする、すると俺達の前に明らかに酔っている男達が前に出てきた。
「おーおー、随分とモテるんだなあお前、三人お持ち帰りかぁ?」
「……」
「おい無視してんじゃねえぞ!?」
男の一人が肩を掴もうとした腕を避ける、空振った男は血走った目で睨んできた。
「……女に相手して欲しいなら絡んでないで娼館にでも行け」
「あ!?俺はお前みてえにスカして女侍らしてる奴が気にいらねえだけだよ!!」
再び掴みかかろうとしてくるので魔力と同時に殺気を放つ、抑えたつもりだがギルド中にいた全員が体を震わしてこっちを見た。
「な……あ……」
掴みかかろうとした男と仲間達は動きを止めると床に尻餅をつく、全身を斬り裂かれて絶命する錯覚に襲われた男達は荒い呼吸をしながら俺を見上げていた。
「はあ……こんな事するくらいならこうした方が良いでしょ」
アリアがそう言って俺の首下のタグを引っ張り出す、更にシュリンが後ろからフードを引っ張って外した。
「白銀……?、いや……」
「白金……なのか?」
「それにあの殺気、俺達に向けられたのじゃないのに……」
「そんな事が出来るの……」
「お、俺あの人を式典で見たぞ……」
ざわめく冒険者達の中で一人が震える手で俺を示しながら舌を震わせた。
「ベルク=リーシュ=ミルドレア……帝国、いや世界最強の騎士で白金級冒険者……」
その言葉と同時に様々な視線が集まる、こういった視線には慣れたもののタメ息はどうしても出てしまう。
「それで、俺が気に入らないんだったか?」
「ひ、あ、あ……」
自身が誰に何をしたか理解した事で酔いも覚めたらしい、言葉にならない音を垂れ流す男達に殺気を止めながら告げる。
「失せろ」
重圧から解放された男達は腰を抜かしながらも我先にとギルドを出ていく、それを見てから併設されている酒場のカウンターに金貨を一枚置いた。
「すまないが目立ちたくないんだ、全員に一杯奢るから今回は内密に頼む」
「は、はい」
フードを被り直しながらギルドを後にする、隣を歩くアリアを見ながら呟いた。
「……明かす必要はあったか?」
「手っ取り早かったでしょ?」
「そうとも、むしろ格差を理解できぬ阿呆を見逃しやるなど寛大が過ぎるぞ」
アリアとルスクディーテの返答に俺は頭を抑える、ひとまず仕返しの方法を考えながら宿に向かった。
―――――
「ふう……」
アリア達を(主にアリアを激しく)抱き終えて一息ついた俺は窓から景色を眺めながら考える。
最後に潜ったダンジョンを出る直前にカオスクルセイダーとハイエンドが共鳴する様に語り掛けてきた。
「全てが流れ着く地より何かが湧き上がってきている……か、また厄介な事が起きてるのか?」
伝えられた言葉を考えながら外を眺めていると一羽の鳥がこちらに飛んでくる。
紋様が刻まれた鳥は俺の前で淡く輝くと一通の便箋になる、封蝋には皇家の紋が使われていた。
中の手紙にはこう書かれていた。
“黒嵐騎士ベルク、直ちに帝都に帰参せよ”と……。