156:賢者の遺志
ベルク達がジャガーノートと戦っている時…。
結界が破壊された岩山に空いた穴から中へと飛び降りる者がいた、常人なら即死しているであろう高さだがその男…ロウドはなんなく最下層へと着地した。
「「……」」
ロウドは白髪をたなびかせながら目の前の湖に佇むエルフォードを見据える、白亜の剣を手に立ち上がって一歩ずつ進んでいく。
ロウドが湖へ足を踏み入れた瞬間、圧縮された水が幾つもの刃となって放たれるがロウドは剣を振るって弾く。
背後から巨大な顎と牙を有した魚の魔物が襲い掛かる、一閃によって断たれた魔物の姿は解けて水になるとロウドを拘束する様にまとわりついた。
「…ふっ」
ロウドの剣から白亜の光が放たれて水が弾かれる、その直後に真上から気配を殺していた水蛇が襲い掛かるが剣を掲げて水蛇を貫くと払う様に振るい落とす。
エルフォードの目の前に水球が形成されると湖の水を汲み上げていく、水球に凄まじい量の水が凝縮されていきロウドに向けて砲撃の如き激流が放たれた。
ロウドは剣に光を宿すと激流に斬りつける、互いの衝突と威力に岩山が震えるがやがて半分近くまで水嵩が減った湖には剣を振り下ろした体勢から戻って再びエルフォードへと向かうロウドがいた。
「…これが全力か?」
「全力だとも、かつて相対した時の力はあの日に全て出し切った…此処にいるのは僅かに残った力で生き永らえている空の器だよ」
「そうか…」
ロウドはエルフォードの胸に刺さる白亜の剣を掴む、白亜の剣はかつての主の手に戻った事で力を取り戻し始めた。
「だが空の器だろうとお前の知恵は厄介だ、お前ならばフィフスがやろうとしている事を阻むやも知れんからな」
「君からそう言われるとはね…殊の外に高い評価をされて驚きだ」
「…遺言代わりに聞いてやるが何故奴等を呼んだ、あれだけのレアドロップが集まれば俺が気付く事など分かっていた筈だろう」
ロウドの手に力が込められる、おそらく言い終わればこの剣は躊躇いなく引き抜かれて自分の命は終わりを迎えるだろう…。
だが、それはとうに覚悟していた事だ。
「…ロウド、私は…私達は確かに君に追いつけなかった、君が見た景色も君が歩んだ道を理解する事は出来なかった…」
「…」
「魔物となってすら私は君に勝てなかった…だから私は後に託す事にしたんだよ」
「託すだと…?」
「…どんな生命だろうと進める時間は限られている、だからこそ生命は次へと託していく…。
例え遺志を継ぐ者が途絶えたとしても同じ遺志を抱く者が現れて続いていく…。
そうして繋がれ紡がれていく事で生命は前へと進んでいく」
考える時間はあった、シュリンと過ごした日々はその考えを浮かばせた、ベルクを見て決心はついた。
「ロウド、君は確かに遥か先に進んでいた…だが君がいる道すらまだ半ばなんだよ」
「…」
「託された者には君が辿った道を通る者が現れ、やがて君を追い越し更に先へと進むだろう…途方もない遠い果てであろうと彼等は私達より長い時を掛けて進んでいく…。
いつまでも私達の様な過去の存在が道を塞ぐべきではない」
「…それが答えか、結局は諦めて歩く事をやめたのを美辞麗句で飾りつけただけだ」
ロウドが一息に剣を引き抜く、貫いていた刃から放たれる破壊の力は少しずつ身体に伝わっていった。
「私の遺志は託せた…彼ならば、ベルクならば君を越えていくだろう」
身体が胸を中心に崩れていく、罅割れていく身体を意に介さずこちらを見るロウドに言葉を投げ続ける。
「その時に分かる筈だ…託すという事と諦めるという事の違いが…君が残した道がどんなものなのか…どれだけ愚かに見えようと失われぬ強さがあると…」
罅割れが全身に伝わる、自分の声が音となっているかすら分からないがそれでも喉を震わせた。
「それが、人が手にした…永遠なのだから」
―――――
倒れ伏したエルフォードを見下ろしながら告げられた言葉を考えるが首を振ってやめる、相変わらず面倒な言い回しをするが俺に理解できない事であるのは分かっている。
「父様!」
背後にレアドロップを纏った者の気配に振り返る、緑の衣を纏った褐色の子供は俺とエルフォードを見ると凄まじい殺意と風を放ってきた。
「…殺してやる!」
その子供は涙を浮かべながら襲い掛かってきた…。