145:退屈
「“天へ挑んだ塔”から戻ったロウドは燃え尽きたかの様だった…財産、美女、栄光、人が求め考える全てがロウドに与えられたがそれはロウドが求めるものではなかった」
エルフォードは語りながらロウドの像を見つめる、かつてに思いを馳せる姿はあまりにも物悲しげだった。
「ハイエンドは最強の生物の具現たる存在だ、そのハイエンドとの戦いは相当に熾烈で過酷なものだったのは嫌でも想像できる…。
これまでの魔物とは比べ物にならない存在との戦いに全てを出し切ったロウドは失ってしまったんだ」
「失った…」
「戦う事が生き甲斐となっていたロウドにとってハイエンドとの戦いは人生の最高潮だった。
それが終わり過ぎた事で戦う相手がいなくなってしまったロウドに待っていたのは途方もない退屈だったのだよ」
「退屈…?」
「ロウドは戦う事に己の全てを懸けてきた、結果として彼の強さは誰も辿り着けない域に達し並び立つ者はおろか彼の前に立つ者は一人としていなかった」
エルフォードは眼を瞑る、そしてロウドが達したのであろう心境を語った。
「己の全てを懸けて歩んだ先に何もないと分かった時の絶望を誰が知ろう?辿り着いた境地を分かり合う者もその境地に追いつこうとする者もいない孤独を誰が理解できる?
…そして戦う以外に生きる意味を見出だせなかったロウドが姿を消した直後にレアドロップを持つ冒険者が襲撃され相次いで亡くなった」
エルフォードは眼を瞑ったまま語る、己の思いが眼に映るのを防ぐ様に…。
「私は持ち得る全てを持ってあの塔に向かい、そして…塔を見上げるロウドと相対した」
―――――
「ロウド…冒険者を殺しているのは君だな?」
「…ああ」
「ならもうやめるんだ、ギルドも君が犯人なのだと感づき始めてる…今ならまだ引き返す事ができる!」
私は諦めたくなかった、酒を酌み交わした時の…共に戦っていた時の心がまだ残っている筈だと信じたかった。
辺りに静寂が戻るとロウドは振り返り…。
「…引き返してどうする?」
その眼を見て私は己の罪を自覚した。
「この退屈な世界で生き続けろと言うのか、ただ無為に意味を見出だせぬ事をやり続けて…命尽きるまで生きながら死に続けろと言うのか?」
勝手に差を感じて、追いつく事を諦めて、全てを押しつけてきた結果が彼に孤高となる道以外を残さなかった。
「そんな生き方は出来ん、死ぬならば…この手に入れた力と強さを…この命を最後の一欠片まで俺の理想の為に燃やし尽くす!
俺が選び進んできた道の果てにあるものがなんなのかを知る為に!!」
追いかけるべきだった、どれだけ挫折を味わおうと彼に並び立つべきだった、意味のないたらればだとしても考えずにはいられなかった。
「…その先に立ち塞がるのが世界だとしても…君は先に進むんだね」
「ああ、全てが敵となれば…この退屈な世界も少しは違って見えるだろう」
「…そんな事はさせない」
魔杖の姿をしたアビスコードを握り直す、そして研究の末に編み出した術式を発動した。
…ロウドならば世界を滅ぼすほど強大な力を秘めたハイエンドを完全に制御下に置いているだろう、ならば私がロウドを上回る為に辿り着いた方法は…ロウド以上にアビスコードの力を引き出す事だった。
私の体が別のものへと変わっていく、人間としての自分が喪失していく代わりにこれまで扱っていたアビスコードの力と知識が流れ込んで新たな肉体へと造り変えていく。
人間には戻れないと魂で理解できる、だが溢れ出る力と失われなかった自我が成すべき事を成せと命じた。
「世界の敵になどさせない、私が君を止めるからだ」
「…は」
白亜の鎧を纏ったロウドに魔術を放つと同時に戦いは始まった、私の生きた中で最も濃密で厳しいものだった戦いは永劫続く様にも思えたし次の瞬間には死ぬかも知れない恐ろしさが常に襲ってきた。
そして私は負けた、私の魔術はロウドの鎧を砕いて肉を焼けども命には届かず私の魔術を凌いだロウドの剣は私を貫いた。
それでも…。
「君を…止める!!」
「…これは!?」
戦いの中で体内に構築していた封印の術式を起動させる、剣ごとロウドを掴んだ私を封印の光が包んでロウドは“天へ挑んだ塔”の頂上に、私は地下へと封印され眠りについた…。