142:古の魔法使い
シュリンの案内によって本来は何日も掛かるダンジョンの最奥に一日程で辿り着く。
緑が生い茂った森の中でぽっかりと空く様に存在する広場はボス部屋なのだろうがボスらしき魔物は見当たらない。
「ボスは倒したのか?」
「うん、倒すとしばらくは出てこないから」
…このダンジョンのボスとして確認されているエルダートレントは凄まじい耐久力と様々な魔術を駆使する厄介な魔物なのだがこの様子だと彼女は定期的に倒しているらしい。
「ついてきて」
シュリンは迷う事なく広間の奥にある岩山に向かう、草が生い茂った岩に触れると詠唱と同時に魔力を励起させて流し込んでいった。
すると草が蠢き岩が動いて人が通れる程度の洞穴が現れる、シュリンは躊躇う事なく洞穴へと入っていった。
俺達も互いに頷いて洞穴に入ると内部は空洞になっていて地下へ天井から幾つか光が差し込んでいた、壁沿いに削られたのか自然とあるのか分からない螺旋階段が底が見えない下へと続いている。
「この洞穴、地下水脈の間にあるのか」
シュリンの後を追って降りていくと様々な箇所から水の流れる音や水が流れ出て落ちていくところがある、水はこの下に流れていってる様だった。
「はい、このダンジョンは上の森だけでなくこの地下水脈も含まれています。
彼はその空間のひとつを工房に変えて暮らしているのです」
「ダンジョンの一部を工房にするなんて…普通なら考えつかないわね」
アリアの呟きに同意する、魔物が彷徨く、ましてや最深部のダンジョンを一部分にしてしまうなど普通は出来る事じゃない。
一時的な拠点は作れたとしても恒久的な拠点に変えるなど今の魔術では不可能な事だ、これだけでエルフォードが俺達とは隔絶した魔術師だという事が理解できる。
階段を降りた先にあったのは地底湖だった、本来は暗闇に包まれている筈だが周囲にある水晶の様なものが淡く光って空間を照らしている。
壁一面には様々な文字の羅列が削って書き込まれており周囲にも魔力が込められたガラクタに見えるものが散らばっていた。
「父様、カオスクルセイダーを連れてきた」
「…ああ、ありがとうシュリン」
シュリンの呼び声にエコーが掛かった声が答える、周囲を見渡すが俺達以外の人影は見当たらない。
「いきなり声だけですまないね、しかし今の私は誤解されやすいものになっているんだ」
「誤解されやすい?」
「ああ、だから先に約束して欲しいんだ…何を見ても私の話を聞いてくれるとね」
「…分かった、俺達に害をなさない限りはこちらも話を聞く」
「それでいいとも、では…」
その声と共に湖面に波紋が立つ、そして水飛沫を上げてそれは姿を現した。
影法師の様に黒い全身には鎧の様に鱗が生えていた、腕には水掻きやヒレがあり顔は眼だけしかない仮面の様だった。
下半身は数十もの蛸の様な脚が絡み合っており、頭からは髪の代わりの様に黒い触手が蠢いてた。
「改めて挨拶としよう、私はエルフォード=ウォーレン…もうひとつの名はアビスコード」
その胸には白亜の剣が突き刺さっていた…。