136:最深部での出来事
治療院でホルアスの部屋に案内されるとそこにはベッドに横たわるホルアスがいた。
その姿は至るところに包帯が巻かれており熟練の戦士としての姿を見てきた俺からすればより痛ましく見える。
「ギルドマスター、それに…戻ってたのかベルク」
「お久しぶりです、ホルアスさん」
「悪いな、こんな姿を見せちまって…」
「いえ、それよりそのままだと話しにくいでしょうから」
そう言ってセレナに目を向けるとセレナはぺこりと一礼して前に出た。
「初めまして、不躾ですが失礼致します」
セレナはそう言ってホルアスに触れるとホルアスの全身を水の膜が覆っていき癒していく。
「どうでしょうか?」
「こ、こいつぁ…医者はしばらく動くなって言ってた傷が…」
「良かった、これで話しやすくなったと思います」
「ああ…良ければ仲間も治してくれねえか?二人はまだ目を覚ましてねえんだ」
「ええ、既に許可は貰っていますのですぐにでも」
セレナは一礼するとアリアと共に部屋を後にした、それを見送ってギルドマスターと共に向き直る。
「それじゃあ、何があったか聞かせて貰って良いかね?」
「…ああ」
体の具合を確かめていたホルアスは表情を険しくしながら話し始めた。
「俺達は依頼を受けて最深部の“天に挑んだ塔”に向かったんだ、最深部でもあそこまで行けるのは俺達ぐらいだったからな…だがあの時は入る前から様子がおかしかった」
「様子がおかしい?」
「本来塔の中いる魔物が周囲にいやがったんだ、そして塔に入ってからも本来は中層にいる筈の魔物が下層に降りてやがった」
「やはり魔物災害が?」
ギルドマスターの言葉にホルアスは首を横に振る、そして隣の部屋に繋がる壁を見ながら答えた。
「誰がやったかは分からねえが塔の壁一面に妙なものが書かれてた、エネアが言うには私が百年掛けて研究しても理解できない術式だと言ってた」
「術式が壁一面に?」
「ああ…全部ではねえが写しも取ってある、俺達は写し終わってガイロンの判断で塔を出ようとして…奴に襲撃された」
ホルアスはそう言うと歯を食い縛って俯く、それでも起きた事をなんとか口にした。
「とんでもねえ強さだった…ガイロンの剣もエネアの魔術も通じねえのに奴はたった一撃で俺だけじゃなくマルセラまでを気絶させちまった」
「…そいつはどんな奴だった?」
「見た目は珍しくもない剣士だった、だが現れた瞬間とんでもねえ力と重圧が感じ取れた…魔物が降りてきてたのは奴から逃げてきたからだってその時に分かった」
「剣士か…他に特徴は?」
「別に珍しくねえ白髪の男だ…いや、そういや奴の剣が」
「剣?」
「…あんま頭の良い言い方ができねえが金属には見えなかったんだ、なんつうか光沢がなかったというか…白い石?いや、骨みてえな色の剣だった…それがガイロンを」
ホルアスは吐き出す様に呟くと再び俯く、シーツの上にぽたぽたと雫が落ちてシミを作った。
「…ご苦労だった、君達はこのまま休んでいてくれ。
慰めにもならないだろうがガイロンの家族は私達で面倒を見よう、私にはそれくらいしか出来んがね」
ギルドマスターはそう言って踵を返す、俺も続いて部屋を後にしながらホルアスの言葉から予感は確信へと変わった。
鋼鉄でも白銀でもない白い石や骨…即ち白亜の剣とガイロンを倒せる剣士など一人しかいない。
「やっぱりアンタか、ロウド…っ!」
無意識の内に俺は拳を握り締めていた…。