133:不運(黄金級冒険者side)
グルシオ大陸最深部“天へ挑んだ塔”
数多のダンジョンや魔物達の襲撃を切り抜けた先で天を貫かんとするが如く聳える巨塔にまで辿り着ける者は冒険者と言えど数少ない。
その数少ない冒険者パーティのひとつ“天狼の爪牙”を率いる黄金級冒険者ガイロンは堅実な性格と双頭剣の使い手として名を馳せた男だった。
「むうっ!?」
そのガイロンが負傷した仲間を庇う様に振るわれる白刃を受け止めてその衝撃に手を震わせていた。
双頭剣の柄を捻って分離させると白刃の持ち主である男に向けて振り下ろす、だが双頭剣は空を切り男は離れた場所に着地した。
(強い…!)
双頭剣を繋げて構えるがその手には先程の衝撃が残っており額には汗が浮かんでいる。
それだけ目の前の白髪の男から放たれる圧は強大であり自分がこれまで相対してきたものなど比較にならない程の畏怖を抱いていた。
「…お前はそれなりに強いな」
目の前に立つ男はそう言ってダラリと剣を下げる、一見すると構えとは思えないがその立ち姿には微塵の隙もない事に剣士として遥か上にいるのだと否応なしに理解させられる。
「エネア、ホルアス、マルセラを連れて撤退しろ」
「なっ!?お前はどうする気だガイロン!」
「奴と打ち合えるのは俺だけだ、それに万全の状態で戦っても勝てる相手じゃないのは分かっているだろう」
「っ!」
「俺達がやらなければならないのは情報を一人でも良いから持ち帰る事だ、この男とダンジョンで起きていた事を伝えられれば俺の死は無駄にはならん…行け!」
「…すまねえ!」
ホルアスと呼ばれた巨漢が気絶した僧侶を抱えて走る、それに続く様に魔術師も走っていくのを見送りながらガイロンは双頭剣を構えた。
「…済んだか?」
「…ああ、憂いはない」
ガイロンは双頭剣に魔力を込めていくと刃が白く輝く、一切の無駄なく込められていく魔力は刃を極限まで強化していく。
これこそガイロンが冒険者として培ってきた技術、精密な魔力操作によって強化された刃は竜の鱗すら容易く斬り裂く切れ味を宿す。
「はあああああああああああっ!!」
数多の魔物や敵を葬ってきた必殺の刃を己が持つ全てを込めて振るう、これまで防御ごと相手を斬り裂いてきた剛剣は唸りを上げて男の頭に振り下ろされるが…。
剣が凄まじい勢いで岩にぶつかった様な音が木霊する、それは男がガイロンの一撃を手にした剣で受け止めた音だった。
ガイロンよりも凝縮された魔力が込められた剣が…。
「くっ!」
男がそのまま剣を振るうとガイロンの刃は砕ける、刃が込められた魔力と共に輝きながら飛散するのを目にしながらガイロンは歯を食い縛った。
(…想定内だ!)
ガイロンは逆手の状態からもう片方の双頭剣をロウドの脇腹に目掛けて振るう、剣を振るった体勢では対応できない不可避の一撃だった。
「悪くない」
男の声が耳に入る、一瞬の攻防の中で聞こえる筈のないそれが聞こえた瞬間ガイロンの視界は目まぐるしく反転した。
「馬鹿…な…」
地面に体が落ちるのを感じながら男を見上げる、先程とは逆方向に剣を振るった体勢の男と自身を襲う感覚によって起きた事を理解していた。
なんて事はない、男はただ振るった剣を斬り返しただけだ。
ガイロンの一撃よりも速く斬り返してガイロンを肩から腰にかけて斬り落とした結果ガイロンの上半身は宙を舞い転がり落ちた。
起きたのはそれだけの事だがそれがどれだけ実現させるのが難しいかはガイロン自身が良く分かっている、理解できても認める事はあまりにも難しかった。
「俺だけ名を明かさんのは公平じゃないな」
男は振り返ってガイロンを見下ろすと自らの名を告げた。
「俺はロウド=ソリタス、楽しい戦いだったぞガイロン」
男の名を聞いて目を見開く、様々な感情が頭の中を駆け巡るが最期の一瞬に浮かんだのは納得だった。
(ああ…伝説の冒険者ならこれぐらいやるだろう)
ガイロンの命はそこで途絶えた…。