122:家族集まって
(…こんなに老けてたか?)
親父の姿に顔には出さないが内心は驚いていた、二年前とは似ても似つかないシワの刻まれた顔はこれまでの心労が顔に出たかの様に深かった。
「セルク…なのだな」
俺の姿を確かめる様に親父は呟く、俺を映す眼には今にも消えてしまいそうな光が灯っていた。
「大きく…なったな」
…二年前の親父は俺よりちょっと高いくらいだった、だけど今は俺の方が親父より高くなっている。
「良かった…本当に良かった…」
涙を流して呟く親父に俺はどう声を掛ければいいか一瞬だけ悩む、だけどあの声を思い出して俺は覚悟を決めると言葉にした。
「親父、色々と話したい事があるから場所を変えたい…いいな」
「ああ…だが何処で」
俺は窓から見える丘を示した。
「母さんのいるところだ、そこで全部話す」
―――――
侯爵邸のすぐ近くにある丘、見晴らしの良いそこには“カンナ=グラントス”…母さんの墓が建っている。
俺と兄貴、そして親父の三人で母さんの墓へと向かっていた…誰も喋らず歩いていたが俺が沈黙を破った。
「…なんでこの丘に母さんの墓を建てたんだ?」
「…カンナの願いだったからだ」
俺の問いに親父が答える、そしてその理由を教えてくれた。
「カンナの祖先はヒヅチからこの国に渡ってきた一族だったらしい、その一族の住む国の王に名と祝福を授ける役目を担う者達だったそうだが…その力を利用されぬ為にヒヅチを出たと聞いている」
「母さんが、ヒヅチの…」
「この地で住まう内にその力も失われたと聞いた、カンナは東の空…ヒヅチがある空が良く見える場所に弔って欲しいと願ったからこの丘に墓を建てた」
親父の話に思わずあの闇の中で見た事を思い出す、母さんにその力があったのだとしたら兄貴だけじゃなく俺にまでその力を使ってくれたのだろう。
話している内に母さんの墓に辿り着く、俺は用意していた花を墓前に供えると手を合わせて目を閉じた。
兄貴達も俺と同じ様に手を合わせて目を閉じる、少しして俺は墓に語り掛ける様に喉を震わした。
「…俺はずっと、母さん達に恨まれてると思ってた」
俺の言葉に親父は反応する、兄貴が親父を手で制して首を振った。
「俺を生んだせいで母さんは死んで、だから俺は兄貴みたいに認められなくて、誰にもその命を望まれなくなっていくんだって…そう思ってた」
俺は墓に一歩近付いて彫られた名前を指でなぞる、母さんの名前を今一度刻みつける様に…。
「だけどそうじゃなかった、母さんは俺がこの世界で生きれる様にしてくれた…俺がこの世界で生きるのを望んでくれたから俺はこの体で生まれた」
ぽたりぽたりと涙が墓に落ちる、気づけば俺の目からは涙が溢れていた。
「母さん、俺は生きるよ…母さんが生きたこの世界を、母さんが遺してくれたこの体で胸を張って生きる…俺はもう闇に呑まれたりしない」
また来るよ、そう言い残して俺は親父に向き直ると兄貴に少し離れてくれる様に頼む。
そして親父の顔に握り締めた拳を叩きつけた。
「ぐっ…」
加減はしたが親父は受け身も取れず地面に倒れる、俺は親父に手は貸したりせず見下ろしたまま告げた。
「今までの分はこれでチャラにしてやる」
俺がそう告げると親父は呆然と俺を見上げた。
「俺はまだアンタを許せねえ、だけどいつまでもこのままじゃ母さんに胸を張って生きれねえ…だから俺はアンタを許せる様になりたい」
そして俺は手を差し出した。
「それには母さんが愛した男を、もっと知らなきゃならないんだ」
親父は差し出された手を取る、そして涙を流しながらすがりつく様に掴んだ。
「すまなかった…すまなかった!今まで何もしてやれずすまなかった!何も見てやらなくてすまなかった!不甲斐ない父親で本当にすまなかった!!」
親父の謝罪の声が丘に響く、兄貴はそんな親父の背中をさすりながら俺に優しい笑みを向けてくれた。
(これで良いかな?母さん…)
まるでその問いに答える様に丘に吹いた風が俺達を暖かく包んでくれた…。