119:前に進む為に(テレジアside)
それはベルクが侯爵領へと向かう前日の事だった。
「俺は、お前が嫌いだ」
ベルクは医者からはもう問題はないと診断されたテレジアを訪ねた、あの時の話の続きをする為に。
「お前は確かに俺の努力は見てくれてた、今ならあの言葉も俺に発破を掛けようとしていたっていうのも分かる…だが」
ベルクはそう言って区切るとあの時抱いていた思いを口にした。
「それでも俺はあの時、味方になって欲しかった…バドル=グラントスの弟としてではなくセルク=グラントスそのものを見た上で寄り添って欲しかった」
「…っ」
ベルクの言葉にテレジアは思わず俯く、謝罪の言葉を口にしたいがどれから謝れば分からず出てこない。
「ごめん…なさい」
だからもう、感情に任せるまま吐き出す事しか出来なかった。
「貴方が苦しんでいるのも苦しめている事も気付けなくて…自分の考えを押し付けて…貴方を追い詰めて…どうやって、謝れば良いかも…分からなくて…」
涙を流したくないのにこらえる事が出来ない、ベルクを前にして幼子の様に謝る言葉しか出ない事に自己嫌悪する。
「私には、もう…」
言い募ろうとしたところで額を小突かれる、思わぬ事に顔を上げてベルクを見る。
「これで勘弁してやる」
「…え?」
「…今までの分も含めて言うから良く聞けよ」
そう言ってベルクは私を指で示しながらまくし立てた。
「確かにやられた事にはムカついてるがな、だからといって死なれようが悲惨な目に合われたってそんなのは償いになる訳ないだろうが!」
「な…」
「死んで詫びられたところで何になる!?俺がそんな事で喜ぶ程度の男だと思ってるのか!?」
「そ、そういう訳じゃ…」
「いいか?お前がどれだけ自分を追い詰めようが死のうが俺には知った事じゃない!命を差し出されたところで迷惑なだけだ!!」
「じゃ、じゃあどうしろと言うのよ!?」
父様がああなってしまった以上、私が自由に出来るのはこの命くらいだ。
それすら迷惑だと言われて思わず言い返してしまった。
「知るか、俺はもうお前を許した…だから後はお前次第なんだよ」
ベルクはそう言って息を吐いた。
「お前が踞ったままでいるのか前に進むのか知った事じゃない、だけど俺が知るテレジア=ブレイジアという女は躓いたままでいる様な女じゃなかった筈だ」
「…っ!」
「嫌いではあったが貴族としての務めを果たそうとしてる姿勢は尊敬してた」
「尊敬…」
「自分の吐いた言葉には責任を持て、償いたいならその為に生きてみせろ、仮にも元婚約者だった奴がいつまでそんな無様な姿を見せるつもりだ」
「…うじうじしてないで動けって事?厳しい事を言うわね」
「お前からは厳しい言葉しか貰わなかったからな」
「返す言葉もないわね…だけどこれだけは言わせて欲しいわ」
涙を拭ってベルクと目を合わせる、俯くのはもうやめる事にした。
「私と父様を助けてくれてありがとう、そしてさようなら…セルク」
「…ああ、じゃあなテレジア」
ベルクはふっと笑みを…初めて見せる表情を浮かべながら踵を返す、その姿が見えなくなるまで見送った。
(…貴方はこんなにも優しかったのね)
関わりたくもない筈なのにわざわざあんな事を言いに来たのは彼なりのけじめと発破を掛ける為なのだろう。
私が前に進める様に…。
「なら、応えなければね」
これから先で道が交わる事がないのだとしても…。