116:蝕
「うらあああああっ!!」
バグラスはより大きく変形した槍を振るって突撃する、槍は振るわれた瞬間に本来の二倍近く伸びて迫った。
薙ぎ払う様に振るわれた槍を剣で受ける、踏ん張りの効かない空中では衝撃を流せずまた空へと打ち出される。
「光があれば闇に呑まれないだと!?ふざけるな!人間の闇が綺麗事で押さえられるものか!」
高速で飛翔するバグラスが俺の背後に先回りして槍を振るう、即座に体勢を直して再び剣で受けるがまたふき飛ばされる。
「人間の本質は闇だ!でなければ何故俺達は死ななければならなかった!?何故その屍と家族を晒され辱しめられなければならなかった!?」
バグラスの背から尾が飛び出して足首に絡みつく、引き寄せると同時に突きだされた槍を盾で受け流しながら大鎌で尾を斬り放した。
「何故…俺の憎悪は欠片も消えてくれない!!?」
慟哭にも似た叫びと共に槍が振り下ろされる、剣で受けた衝撃はそのまま伝わり俺は凄まじい速さで地上へと落下する。
…もはや止まる事は出来ないのだろう、どれだけの時間があっても復讐を成し遂げたのだとしても晴れぬほどバグラスの憎悪は深く濃い。
「…だから止めなきゃならない」
地上へと落下する中でカオスクルセイダーに意識を集中させる、すると全身から火の様な闇が溢れ出て覆っていく。
もう闇に呑まれる事はない、俺の中にある光がそれを防いでくれる。
だから、より闇を引き出せる。
地上に衝突する直前でマントが広がって落下が止まる、マントは闇を纏った翼となり羽ばたかせて落ちる時よりも遥かに速く飛翔した。
「何!?」
バグラスが驚愕の声を上げる、同じ高さまで昇り闇の翼をはためかせながら再びバグラスと対峙した。
「黒纏う聖軍…」
光があるからこそ…強ければ強いほど闇はより深く濃くなっていく、それは混沌を冠するカオスクルセイダーの特性でもあった。
「蝕!」
全身を焔の様に揺らめく闇が覆う、太陽を背に闇をもたらす月の様に。
“黒纏う聖軍・蝕”…これこそが己の心と向き合って辿り着いた現時点で最も力を引き出した姿…。
「お前の闇…俺が終わらせる!」
「…闇に終わりなど、ない!」
翼と羽根を翻して激突する、互いに尾を引きながら空を飛び交って漆黒の刃と憎悪の穂先が衝突する度に火花が散った。
翼で全身を包む様にしながら急降下する、錐揉み回転しながら振るった剣をバグラスは槍で受けるが衝撃でふき飛ぶ。
バグラスは歯の軋む音を立てながら突撃してくる、受け止めて鍔迫り合いになるとバグラスの脇腹から鋭利な爪の付いた三対の虫の脚が飛び出して開いた。
「死ね!」
鋭利な六本爪が迫る、だが爪が背中を貫く寸前に翼から数多の剣が飛び出て爪を防いだ。
“風跳”で宙を蹴ってバグラスの頭上で宙返りして踵落としを繰り出す。
バグラスの脳天に直撃した踵は甲殻を砕きながら叩き落とした。
「…っ!クソがあぁぁぁぁぁっ!?」
怒りの声をあげるバグラスの全身が蠢いて蟲が飛び出る、蟲は不快な鳴き声と羽音を立てながらこちらに迫ってきた。
飛翔する俺を蟲が追う、一直線にまとまってきたところで翼を最大限まで広げて両手に弩を掴んで迎撃の態勢を取る。
弩と同時に翼から数十もの矢が一斉に発射される、一直線に迫っていた蟲が矢の壁に貫かれて勢いを失ったのを横目に身を翻してバグラスに突進する。
バグラスは爆発する蟲をこちらに差し向ける、体を膨れ上がらせながら飛んでくる蟲を矢で貫き、馬上槍で穿つと力任せに振り抜いて他の蟲ごと打ち飛ばす。
そして目前に迫った蟲を斬り裂き、爆風を突き破りながらバグラスに迫り手にした剣で胸を貫いた。
「ぐっ!?こ、この程度で…」
「終わりだ」
手にした剣が姿を変える、剣は一瞬で巨大剣へと姿を変えてバグラスを内から斬り裂く。
巨大剣を真横に振るう、バグラスの身体は胸から下は分断され落ちていった。
振るった勢いのまま回転して斬り上げる、右腕と羽根が体液を撒き散らしながら斬り落とされたバグラスは残った左腕で空を掴む様に伸ばしながら地上へと落ちていった…。