112:呑まれ堕ちる
「くっ!」
槍で迫る影をまとめて貫く、円を描く様に振り回して蹴散らしながら飛び掛かってきた影を掴んで地面に叩きつける。
…どれだけ倒しただろうか、一向に影が減る気配はなく倒した端から新たな影が現れている様に感じる。
槍から剣へと変えて剣を振り上げてきた影と鍔迫り合う、人の形をしたそれは人の目がある部分には深い穴の様になっていた。
『お前がいなければ良かった』
「っ!?」
剣を弾いて影を斬り裂く、横から槍を振るってきた影と距離を詰めて威力を殺しながら受け止めた。
『お前は兄バドルの唯一の汚点だ』
「…ちっ!」
槍を掴んで肘を顔に打ち込む、衝撃で仰け反ったところを斬りつけて霧散させた。
再び襲い掛かる影の攻撃を受け止める、それは姿を変えるとアリアの姿になった。
『強くなければ貴方に価値なんてない』
「…っ!」
剣を流してアリアを真似た影を斬る、すかさず両脇から影が襲い掛かるのを小剣を両手に持って防ぐと影はセレナとラクルの姿をとった。
『力がない貴方を誰も望まない』
『逃げ出したお前が何を為す』
その場で回転すると同時にふたつの影を斬る、再び現れる影は俺の知る人達へと姿を変えた。
『お前のせいだ』
『お前のせいでこんな辛い目に』
『さっさと死んでいれば良かったんだ』
群がる影を斬る、払う、貫く、叩く、その度に影は呪詛の様に言葉を残していく。
カオスクルセイダーの様に混ざり交ざってなった闇とはまた違う、人の負の感情を凝縮させて…悪意だけを濾したかの様なドス黒い闇…。
剣を手にした影と鍔迫り合う、影は再び姿を変える…影は俺へと姿を変えた。
『俺が生まれなければ…母さんは死ななかった』
「っ!?」
足下が急に水の様になって暗闇の中へと沈む、全身にまとわりつく闇の中をもがいていると目の前に見覚えのある場所が浮かび上がった。
(此処は…侯爵本邸の…)
目に映ったのは学園に入る前に住んでいた侯爵家の一室だった、そこには親父と小さい頃の兄貴と…肖像画でしか見た事のない母さんがいた。
(俺が、いない時の…)
笑っていた…兄貴も、しかめ面しか見た事のない親父も、話した事のない母さんも笑顔でそこにいた。
『お前が生まれたせいで笑えなくなった』
親父の声でその言葉が放たれる。
『お前が母親を殺したんだ』
『母親の命を奪って生まれ堕ちた』
『お前のその身体が、お前自身が親殺しの罪の証だ』
『お前が母に呪われた忌み子だからだ』
いつの間にかもがくのをやめて響く言葉を聞き入っていた…戯言だと切って捨てたかった、抗ってこの闇を打ち払いたかった。
だけど俺を生んだせいで母さんが死んだのは事実で…魔術が重視される国で魔術に向かない身体で生まれたのも事実で…。
努力してアリアに…色んな人達に認めてもらった、だけど努力して手に入れたものがなければ俺は…。
俺がいなければ…。
「『家族は幸せだった』」
沈んでいく意識の中で気付く、これは俺自身の…闇。
………。
……。
…。
…生きて欲しい。