107:甲嶽王(ラクルside)
目の前に現れたのは山…いや、山が人の姿となった様な巨大な存在だった。
圧倒的な存在だというのに不思議と恐怖は覚えない、どこまでも雄大で堂々とした姿は頼もしさすら感じさせる。
目の前の巨人が手を掲げると目の前に斬馬刀が現れる、斬馬刀を手に取ると意志が伝わってきた。
“矮小…されどその意志は中々のもの”
“汝のその意志が揺らがぬ限り…余の力を貸そう”
―――――
景色が戻るとバジリスクがこちらを捉えたところだった、顎を開いて叫び声を上げながらこちらに迫ってくる。
ザンマを天高く掲げる、心は高揚しながらも頭は冷静にやるべき事を理解していた。
…どうすれば良いかは分かっている、助けられてからずっと行動を共にして戦う姿を見てきたのだから。
「嶽装展開!」
力ある言葉と同時に周囲を砂嵐が舞う、砂は一瞬で石となり岩となって鉤爪を振るおうとしていたバジリスクを弾いた。
「甲嶽王!」
岩が形を変えて身体を覆っていく、極東の鎧を模したそれを纏った瞬間ザンマの力を理解した。
バジリスクに向けてゆっくりと歩を進める、バジリスクが舌を四肢に巻きつけて引き寄せようとするが…。
「―――――ッ!?」
バジリスクがどれだけ引っ張っても微動だにしない、今の俺は普段の五十倍重くなっているのだから。
引き寄せる事が出来ないと判断したバジリスクは舌を放すと尾の毒針で貫こうとするが幾度突き立てようと装甲に弾かれていく。
尾を掴み取ると斬馬刀で半ばから斬り裂く、毒血を撒き散らしながら叫び暴れるバジリスクは喉を膨らませると毒の塊を吐き出した。
自身の重さを極限まで軽くして跳躍する、再び重さを増加させて毒を放った態勢のバジリスクに斬馬刀を逆手に構えながら落下した。
「ガギュッ!!?」
バジリスクの顎を貫いて地面に刃が突き立つ、バジリスクの頭上で柄を握り直して滾る力に任せて一気にバジリスクの背を走った。
鱗と骨を強引に断ち斬りながら走り抜けて飛び降りる、バジリスクは左右に別れて倒れるとその巨体は霧散して魔石となっていった。
「くぅ…う、うぅ…」
…魔物に食い殺された者の死体は魔物が死ぬと同時に消滅する、バジリスクを倒せたとしてもガンザさんの体を弔う事は出来ない。
涙を拭って立ち上がる、本当は声を大にして泣きたかった、その場で蹲ってしまいたかった…。
だけどそんな事をする訳にはいかない、それは俺を信じて託してくれたガンザさんの意志を踏みにじる事だから…。
「ガンザさん…誓います、この力は…己が恥じない生き方をする為に…騎士としての誓いを全うする為に使うと…」
泣くのも弔うのも後で良い、今は守る為にも立って…戦わなければならないだから。
跳躍して館の屋根へと立つ、襲ってくる魔物を薙ぎ払って周囲を見渡した。
「え…?」
視界に入ったのはフィフスが黒剣で貫かれながらも手から翳した何かから吹き出す闇でベルクを捕えている瞬間だった…。