106:託される意志(ガンザside)
「ガンザさん!?」
ガンザを貫いたのは禍々しい鱗に覆われた尾だった、尾の先にある紫に染まった杭の様な針がガンザを貫き宙吊りにしていた。
フィフスの影から現れたのは巨体な蜥蜴の様な魔物だった、極彩色に輝く鱗と六本の鋭い鉤爪が付いた脚、鰐の様な頭には四つの目と鋭い牙が隙間なく生えている。
バジリスク…毒蛇の王と称される魔物がいるが目の前のそれは伝え聞いたものよりも遥かに巨大で禍々しいものだった。
「やれやれ…この傷に加えてこれを出すのは想定外でしたね」
呟きながら立ち上がったフィフスは懐から瓶を取り出すと中身を一息に呷る、すると致命傷だった肩の傷が肉が膨れ上がる様にして治っていった。
「これでこの体も限界ですね…追い詰められれば牙を剥くのは人も獣も変わりませんか」
左腕の具合を確認したフィフスはガンザを見上げる、ラクルは駆けつけようとするがシャドウストーカーが何度も現れて行く道を塞いだ。
「おめでとうございます、貴方のせいで私の命は残り一時間足らずとなりました。
その褒美として貴方の里を毒に沈めた私特製のバジリスク…是非とも堪能してください」
「きさ…ま…」
「それでは私はやる事があるので…可能ならば始末しておきたい者がいますのでね」
フィフスはそう言い残して影へと沈む、その直後にバジリスクは顎を開いて口内を露にして叫んだ。
何重にも牙が並ぶ口の中から紅い蛇の様に細く長い舌が伸びる、その内の四本が空気を裂いてガンザの肩と脚を貫いた。
「ガンザさん!」
包囲を無理矢理突破して駆けつけようとする、そこに足下から現れたシャドウストーカーが死角から杭の様な腕を振るって…。
「っ!?」
ラクルの眼前に斬馬刀が突き刺さり、足下のシャドウストーカーだけでなく周囲のシャドウストーカーを散らした。
「ラクル、お前にザンマを託す!」
「な、何を言って!?」
「我はここまでだ…奴を討てぬのは無念だが、お前達の未来まで失う訳にはいかん」
「俺が今助けます!だからそんな事言わないでください!」
バジリスクが尾を引き抜こうとするのを残された力で押さえながらガンザはラクルを見る、自分をなんとしても助けようと今にも駆けつけようとする姿は今際の際だというのに安堵すら覚えていた。
「ラクル!為すべき事を間違えるな!」
「…っ!」
「お前は何の為に戦っている!?何の為に剣を取った!?剣を手にしたのならばその時抱いた意志を最後まで貫き通せ!己の為すべき事を果たせ!!」
ガンザの一喝にラクルは足を止める、残された力が尽きる寸前に伝えなければならない事を言葉にした。
「忘れるな!どれだけ辛く苦しい道を辿ったとしても!どんな困難が立ちはだかったとしても!揺るがず貫き通す強い意志!それこそがザンマを振るう唯一の資格なのだ!」
「強い…意志」
力が尽きると同時に尾が引き抜かれる、舌が動いてバジリスクの顎が限界まで開かれるがガンザは最後までラクルに言葉を遺した。
「お前と会えて良かった…さらばだラクル」
バジリスクの顎が閉じ、血飛沫がバジリスクの頭を濡らした…。
―――――
目の前で起きた事に一瞬だけ思考が止まる、だがガンザさんにそんな暇はないと言われた様な気がして目の前に突き立つザンマに触れる。
柄を握り力を込める、手から伝わるあまりの重さに自分にザンマを振るう資格があるのかという不安が過る。
「違う…そんな場合じゃない」
ガンザさんの遺した言葉を噛み締めながら再び柄を握る、そして自らを見つめ直した。
「俺が騎士になったのは…」
思い返す、自分が騎士になろうとした理由…それは父の背中を見たからだ。
幼い時にどうして危険な騎士の任に就けるのか聞いた事がある、すると父はこう答えてくれた。
“理由は色々あるがな、一番は胸を張って生きる為だ”
あの時は分からなかったが今なら分かる、父の言葉の意味が…。
胸を張って生きるというのは誰にも恥ずかしいと思われない生き方をするという事、間違えないのではなく間違っていたならば正すという事…自ら背を曲げてしまう様な事をせず誇れる己であり続ける事なのだ。
父は騎士にその生き方を見出だした、誰よりも胸を張って生きる為に民を、王を、国を守るその背中はなによりも大きく見えた。
「俺は…」
だから俺も目指す、今の無力で情けない自分でもかつて憧れたあの背中に追いつきたいから…。
「俺はラクル=ヴァリアント!ベルガ王国を守る…騎士だ!」
叫ぶと同時にザンマを引き抜く、その瞬間景色が変わった…。