100:もう一度
「別に構わないが」
少し横にズレてスペースを作るとラクルは隣に座った、少しの間焚き火の音だけが場に響いていたがラクルがその静寂を破る。
「ずっと、謝りたかった」
「謝る?」
「…君がこの国を出るまで思い詰めていた事に気付かなかった事、手を伸ばせる立場に居たのに君に手を伸ばさなかった事をだ」
焚き火に照らされたラクルは後悔で口を噛んでいた。
「俺にとって君は憧れだった、騎士になる為だけに鍛えてきた俺と違って君はずっと多くのものを持っていたから」
「あの時の俺が憧れ…か、正直信じられないな」
「…俺はずっと剣や戦う事だけを鍛えてきた、だけど君は俺よりもずっと多くを習っているのに俺よりもずっと少ない時間で強くなっていった」
「試合ではお前に一度も勝てなかったがな」
「俺にも意地があった、他は負けていたとしても剣だけは君に負けたくなかったんだ」
「…意外だな、お前は寡黙で大人びてる奴だと思ってたよ」
…考えてみればラクルとこうして話すのは初めてだった、あの時の俺には余裕がなかったがラクルも必要以上に俺と話さなかった。
「君と張り合ってただけさ、俺以上に辛くて厳しい習練をしてるのに君は弱音を吐かなかった、なら俺もそうあろうとしたら必要以上に喋らなくなったんだ」
「…もしかして寡黙になったは俺のせいか?」
「いや…元々話すのはあまり得意ではなかったからどちらにせよそうなったと思う」
だとしてもきっかけが俺なら多少は俺にも責任があるかも知れないが…こればかりはどうしようもない。
「だけど君が国を出てからは考えを改めた」
「?」
「たらればの話だが、もし俺が君に声を掛けて君と互いを話せるくらい…弱音を吐き出せるくらい打ち解けていれば…友達になれていたのなら君がこの国を出なくても良かったんじゃないかと思ったんだ」
「それは…」
「さっきは友人だとは言ったが…君が思い詰めてるのにも気付かず理想の君だけを見ていた。
俺も過程や見るものが違うだけで君を見ていなかったのは他の人達と変わらない」
そう言ってラクルはこちらを向くと頭を下げる。
「すまなかった…これだけはちゃんと伝えたかった」
ラクルの謝罪に俺はしばらく黙り込む、少しだけ王国にいた時の事を思い出して口を開いた。
「…学園では辛い日々が多かった、だけどお前との試合は楽しかったよ」
俺の言葉にラクルは顔を上げて俺を見た。
「試合の時じゃなくたってお前は真っ直ぐに俺を見てくれてたし、話さなくとも互いのやる事が変わらないあの関係は結構気に入ってたんだ」
俺はそう言ってラクルに手を差し出す。
「改めて言うのは気恥ずかしいが、もう一度友達になってくれないか?今度はちゃんと話し合える…な」
俺の言葉と手にラクルは少しだけ呆然とするがすぐに憑き物が落ちた様な顔をして手を取った。
「改めて聞かせてくれないか?ベルクのこれまでの事を」
「…長くなるぞ?」
そうして交代の時間まで俺達はお互いの事や他愛のない事を話した、とりとめもない話ばかりだったが不快だとは思わない。
(…俺も色々と見てなかったんだな)
王国にいた時は見落として取り零していたものが少しずつ見つけられる様になった、今ならそう思えた…。
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(…仲裁は不要だったか)
ベルクとラクルが話しているのを壁越しに聞いていたガンザはそう判断して気配を消したままその場を離れる。
必要とあらば割って入るつもりだったがそんな事をしなくとも互いに友として歩み合う姿には久しぶりに温かい気持ちを抱いた。
(だからこそ…失わせる訳にはいかん)
「くふっ…」
誰にも聞こえない様に静かに咳をする、押さえた手を離すと手には血が付いていた。
残された時間を感じとりながらも手の血を拭う、こうして彼等に出会えたのもまた運命なのかも知れないと考えながらガンザは天を仰いだ。
「一族よ、もう少しだけ待っていてくれ…決して次の灯を絶やさせはせん」
それこそが残された己の使命なのだと信じて…。