豊作祭当日
豊作祭の日は快晴だった。
祭は農村地帯の市民を中心として執り行われるが、カンタール家の屋敷からも多くの使用人が手伝いに駆り出され会場の設置や運営に携わっていた。
豊作祭は夕方からカンタール家当主の挨拶によって始まる。
会場にはところ狭しと出店が建ち並び至るところから食欲をそそる香りが漂ってくる。
皆で歌や踊りを楽しみ最後は花火を打ち上げてフィナーレとなるのが慣例だ。
「まったく・・・。使用人が手伝いに駆り出されているせいで慌ただしいわね。さっさとお茶持ってきて!」
フルールは朝からご機嫌斜めだった。
「今日は年に一度の豊作祭だから仕方ないだろう。お前たちも遅れないように準備をするんだぞ」
お父様が今日のスケジュールを確認しながら心配そうに言う。
フルールはいつも外出時の準備に時間がかかり、お父様や継母を困らせていた。
フルール曰く、綺麗な私はどんなドレスも似合うからいつも迷ってしまうのだと。
ならばと前日に着るドレスを決めて用意しておいても、当日になると気が変わってしまい別のドレスを着たくなるらしい。
お父様も継母もフルールに甘く、欲しいと言えばすぐにドレスでも何でも買い与えてしまうため選択肢が多すぎるせいもあるだろう。
私は滅多に外出しないので必要ないだろうと毎年フルールのお下がりを着て出席していた。
しかし今年はリオネル様が私の為に新しいドレスをプレゼントしてくださったのだ。
「豊作祭の時にはこれを着てほしい」と。
色味は薄いブルーで控えめだが、胸元に繊細な刺繍があしらわれている上品で可愛らしい素敵なドレスだった。
この間ニナが来てくれた時にこっそり見せたら「この胸元の刺繍がアルレットの雰囲気にぴったりだわ。きっとあなたの事を考えて選んでくださったのね。」と褒めてくれた。
リオネル様から送られたドレスを見たフルールはそれが大層気に入ったようで私にくれと何度もせがんでいたが、リオネル様からの贈り物を妹が着ていることが知れたら心象が悪いとお父様に嗜められた。
代わりにお父様が似たようなデザインのドレスがないか探してやったが見付からず、フルールの機嫌は治らなかった。
各自支度が終わり馬車に乗って祭の会場へ行く道中もフルールは不満気な表情をしていた。
「今日は赤いドレスにしたのね、フルール。色白なあなたにとっても似合っているわ!」
継母がフルールのご機嫌を取ろうとしている。
「当たり前でしょ。私は綺麗だからなんだって似合うのよ。それに比べてお姉様はそのドレス全然似合ってないわね。ちゃんと鏡で確認したの?私が着た方がよっぽど似合うわよ」
「そうねぇ、フルールは綺麗だからねぇ」
確かに二人の言う通りフルールの方が似合うだろう。
私なんかがこんな可愛らしいドレスを着ている事が途端に恥ずかしくなってきて、会場に着くまでの間ずっと俯いていた。
会場に着くと来賓席へと案内された。
そこでは飲み物や軽食が用意され開始時間まで待つことができた。
いよいよ豊作祭開始時間となり、お父様が市民へ今年の労をねぎらい来年も宜しくと挨拶をする。
その後は歌や踊りと皆思い思いに盛り上がっていた。
私はお腹が空いてきたので何か食べ物を取ってこようと席を立ったとき、フルールとぶつかった。
「きゃっ」
その拍子にフルールが持っているグラスの中からワインが飛び散る。
「あーあ、何やってるのよお姉様!染みがついたらどうするのよ!」
慌ててフルールのドレスを確認すると、真っ赤なドレスを着ていたためか目立つ汚れは見当たらない。
「ごっごめんね、フルール」
「あら、お姉様ったらせっかく戴いたドレスが台無しよ」
その言葉に自分のドレスを確認すると、スカート部分がワインで真っ赤に染まっていた。
「みっともないったらありゃしない。さっさと洗わないと染みになるわよ?」
私は慌ててドレスを洗いに井戸がある場所まで走って行った。
井戸は祭会場からは離れた場所にあり、人気もなく辺りは静かだった。
「染みになったらどうしよう・・・」
井戸水でスカート部分を洗うと染みは薄くなったが完全には消えなかった。
せっかくリオネル様から戴いたのに・・・ニナも似合うと褒めてくれたのに・・・
悲しくて涙が溢れてくる。
「!!!」
その時、急に何者かに後ろから口を塞がれた。
「んんー!んーーっ!!!」
急な出来事に頭が真っ白になる。
「静かにしろっ。叫んだら殺す!」
そのまま手足を縛られ目隠しをされて馬車の荷台のような物に乗せられた。