良い話
「アルレット、早くしなさい!パーティーに遅れてしまうわ!」
「申し訳ございません、すぐに参ります」
継母に急かされて馬車に乗る。
「まったくノロノロしてるんじゃないわよ!あーあ、なんで今日はお姉様も連れて行かなきゃいけないの〜?」
お化粧もドレスもバッチリ決めたフルールに嫌味を言われる。
今日はアルバトス家の後継者を発表するパーティーだ。
普通のパーティーなら私は連れて行ってもらえないが、後継者の発表という大事な会に家族一人だけ不参加というのは外聞が悪いのだろう。
継母と義理の妹フルールは私のことなどそっちのけで楽しそうに今日のパーティーについて話をしている。
継母とフルールは母が死んだ翌年に父に連れられて屋敷へやって来た。
フルールは1歳下の腹違いの妹で幼い頃からそれはとても美しい少女だった。そして魔力を持っていたのだ。
この国では3つの家系が王家の城を三角形に取り囲むようにして屋敷を構えている。
それぞれに魔力の強い者が屋敷の主となり外界からの魔物に対して結界を張ったり、結界を超えてくる魔物を倒したりと人々の安全を守っている。
血筋による遺伝で魔力は継承されていくようだが稀に魔力を持たない者もいる。
「お姉様はどうしてなんの力もないのかしら?本当にお父様の血を引いているの?」
幾度となくされてきた質問に父は何も答えないが父自身もそう思っているのかもしれない。
フルールの魔力が目覚めた日を堺に父は私に対して冷たくなっていった。
アルバトス家の屋敷に着くと既にたくさんの招待客で賑わっていた。
アルバトス家は3つの家系のうち最も魔力の強い家系でその分大きな影響力を持っている。
「アルバトス家当主、ウィルソン様。本日はお招きいただきありがとうございます。カンタール家当主のロバートでございます」
「おお、ロバート殿。元気そうだな!今日はアルレット嬢も同行してくれたようで嬉しいよ」
「お、お久しぶりですウィルソン様。カンタール家長女のアルレットでございます。」
久しぶりのパーティーで緊張しているが父に恥をかかせてはならない。しっかり挨拶できているだろうか。
「本日はお招きありがとうございます。後継者様の発表を私共も楽しみにしてまいりました」
「それはどうもありがとう。ところで君は長らく体調が良くないと聞いていたが大丈夫なのかい?」
核心をついた質問に心臓が止まりかける。
「体調は良い時と悪い時の波がありまして……今日は比較的調子が良いようです」
咄嗟に父が答える。
私は表向きでは病を患っていることにしているため人前に出ることは殆ど無い。
私に表立った魔力がないことを周囲に知られないようにするためだ。
しかしそんなことはとっくに皆気付いており、陰では落ちこぼれとして蔑まれているのだ。
「お疲れでしょう、こちらへどうぞ」
ふいに後ろから声をかけられ椅子を勧められる。
「ありがとうございます」
「久しぶりの外出で緊張しているね?僕のことは覚えてる?」
振り返るとそこにはアルバトス家の長男リオネル様が居た。
私の亡くなった母とリオネル様のお母様が友人同士だった縁で、小さい頃はよく遊んでもらっていた。
確か私の3つ歳上だったはず。
「リオネル様!お久しぶりです。母が亡くなってからはなかなかご挨拶できずに申し訳ありませんでした」
「事情は噂で聞いているよ」
噂とは父の再婚のことだろうか、それとも他のことだろうか。
「どうして本当のことを隠しているの?小さい頃の君をよく知る僕には嘘はつけないよ」
やはりリオネル様には解っていたようだ。
私は表向きには魔力を持たないと思われているが実際はそうではない。
自分自身では魔力を発揮することはできないが、他人の魔力を強化する力がある。
しかしその力は絶対に他人に知られてはいけないと母に厳しく言われて育ってきた。
魔力を持たない少女と蔑まれる度に本当のことを言ってしまいたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えてきた。
「でも黙っていて正解だね。君の本当の力を知ったら色んな奴らが君を狙ってくる。君は自分自身を守る力はないようだから、力で脅されて言いなりになるのがオチだろう」
母が恐れていたことは正にそのことだ。
力を持たない私が他人を強化する力を持っていることが知れたら、力尽くで言いなりにさせられて一生どこかに閉じ込められてしまうだろう。
けれど今も家では使用人同様の扱いを受け、外出の自由もないので大した違いはないのかもしれない。
そんな私の考えに気付いたのかリオネル様がこっそり耳打ちした。
「君に良い話があるんだ」