ほんのちょっと分かる未来
タイムマシーンが完成するのはまだ遠い未来になるそうだ。かしこそうな人がテレビで言っていたのだから間違いないだろう。それでも、タイムマシーンがあったらどうするか、という会話は常にどこかの誰かがしているものだ。うま〇棒の何味がうまいかって事ぐらいにみんな好きな話。
僕もそういった話は大好きだ。持論もある。そんな僕に、友人たちがタイムマシーン論争を吹っかけてきた。今から僕が論破するところだから見ていてほしい。
「テストやべえよ。出る問題わかりゃいいのにな。タイムマシーンとかで」
「ばか。タイムマシーンあったらテストどころか学校行かずに、競馬か株とかでぼろ儲けできるだろ」
「一理あるね」
「いやいや、未来が分かったらつまらないんじゃないか?予測がつかないから驚きがあって、人生楽しいんだろ」
「一理あるね」
「ところでさ。体育教師の山田がさ、坂本の母親と不倫してたんだってさ」
「えっまじ!おもろそれ!」
おっと。僕が持論をのべる前にタイムマシーン論争は幕を閉じてしまった。さすがにその特大ニュースから引き戻すほどたいした持論じゃない。ちなみに「一理あるね」って言ってたのが僕。
僕の意見はタイムマシーン中間派。中間派っていうのは重要なことが分かりすぎるとつまらないでけど、ささやかな未来は分かった方がいいなと思うってこと。
僕はとにかく失敗が嫌い。失敗したくない。失敗するくらいならチャレンジしない、だからいつも行動パターンが同じ。あまり外にも出ないし。でも未来が分かればチャレンジするはず、行動するはず。行動すれば驚きに出会うかもしれない。
だからほんのちょっとだけ未来が分かる世界になればいいと思うんだ。
その日の部活の帰りだった。僕は帰宅の電車に乗る駅へと向かう。冬が近くなると、部活終わりで駅に着くときにはすっかり日が沈んでいる。
駅に向かう道にはよく占い師が座っている。いつもなら怪しいなあと横目にして通り過ぎるのだが、今日は珍しく明るい文字の書いた看板を立てていた。看板にはこう書かれている。
<男性"半額" 学生"半額" 部活帰り"半額" 電車で帰宅"半額">
僕はつい看板の前で足を止めてしまった。おもいっきり4つとも当たりじゃないか。看板を見ていたら、占い師が声をかけてきた。
「お兄さん、お代は後でいいよ。さあ座って座って」
黒いローブで全身を包んだ、白髪の長い怪しいおばあさんだった。ただ、ふっくらとした体形で、穏やかにほほ笑んでいる表情には親しみがあった。僕はどうしようかなと思いつつ、その占い師に聞いてみる。
「この半額ってさ、全部適用されるの?」
「そうだよ、安いよ。あんたの知りたい事は分かってるから。さあお座り。すぐ済むから」
占い師は立ち上がって、僕の体を引っ張って席に座らせた。僕は悪い人じゃなさそうだなと思って、占い師に抵抗することなく客用の席に座った。
「私は占い師のババだよ。ババと呼んでくれてかまわない。じゃさっそく始めよう」
ババはまず、名前と生年月日を尋ねた。僕がそれを伝えると、ババはツヤのある白い和紙に、筆ペンでそれを書いていった。それから何か数字やら記号を書きこんでいく。
「いい名前だね。生年月日はちょっとあれだけどね……ヒヒッ」
ババはちょっと気になることを言いつつ作業をする。僕は黙ってババの作業を見ている。
「なるほど、じゃあ次は左手を見せておくれ」
言われた通りに僕が左手を差し出すと、ババは虫眼鏡を取りだして僕の手相を見始めた。
「あー。んー。おやっ!、……。ふーん、そっかそっか……ヒヒッヒヒッ」
僕はそのヒヒッという笑い方が気になりだした。何かよくないことが分かったのかと不安になった。
「ババさん。もしかして悪い結果なんですか?」
僕は我慢できずにババに聞いた。ババは何でもないような顔をして返す。
「結果は最後に言うから焦らんでいいよ。次はタロットだ」
ババはタロットカードを取り出してカードをきり始める。カードを裏替えして並べてから、そこからカードを引いていく。カードを一枚引くたびにババは気になる言葉を発するのだ。
「はずれ。はずれ。あたり。はずれ。大はずれ。えっ?……。えまじ?。……ヒーッヒヒッ」
僕は心臓が飛び出しそうになった。さすがにそれは耐えられないよ。
「ババ!どうなの!?やばいの!?」
ババはまた何でもないような顔をする。
「あと1つだから我慢してなって。最後に水晶を見てやろう」
ババは水晶玉を台の上に置いた。そして、まじまじと水晶玉を覗きながら独り言をしゃべる。
「……やっぱそうなるか……。あーまあそうだわな……。それじゃないのにね……」
独り言が盛り上がっていく。
「うひょー。……やめとけ!やめとけって!……あーだからいわんこっちゃない。ヒッヒヒッヒヒッ」
独り言が終わると、水晶を台の下にしまった。全て終わったようだ。僕はもうドキドキしすぎて、息が上がっている。目を閉じて深呼吸をして冷静を保とうとする。とても結果が気になる。あとお尻がいたい。
「結果を言うよ」
ババが落ち着いた口調で、話し始める。僕はしっかりとババの顔を見て、耳を澄ませる。
「長生きするよ、そこは安心しな。ただ50歳の時に大きい怪我をする。絶対に治るからジタバタするな、女詐欺師に騙されないようにしな。30歳で転職する。それは正しいから自身もって決断しな。それから25歳で家族内で大きなトラブルになる。迷わず母親につきな。まそんなもんだね、後はあんま何やっても大して変わらないよ」
ババは自身満々な表情だ。家族内のトラブルが少し気になるが、それほど悪い結果じゃなくて僕は安心した。でもなんか微妙だなと思った。ずいぶん先の未来の話ばかりだから、あまりピンとこない。
「あの、結婚とかは?」
「それは知らない方がいい。ただ、何をやっても似たようなことになる。要はなるようになるんだよ」
僕は少し難しい顔をする。はぐらかされているような気がする。ほんとに分かってるのかとも思う。
それに全体的に微妙なんだよな。僕が知りたいのは人生の大きなところというより、もっと小さくて近い未来のことでよかったのだ。
「で。あんたが来た目的だね」
僕はびくっとした。ババはまさか僕が考えてることが分かるのか。
「ババの千分の一の力をあげよう」
ババは紙の御札を取り出した。御札に筆ペンで<ババの千分の一>と書いた。
「これを持ち歩くといい。あんたの望みが叶うだろう」
僕はその御札をまじまじと見た。ただの紙切れのようなものに<ババの千分の一>と書いてあるだけだ。とても怪しいと思った。こんなもので未来が分かるとでもいうのだろうか。僕が御札をにらんで固まっていると、ババが言う。
「じゃお代だね。割引込みで、えー……1274円だ」
高校生にとっては安くない金額だ。ちょっと失敗したかなと思いつつ、財布から千円札を一枚取り出す。そして、小銭入れを開けてみて、驚いた。僕はジャラジャラと小銭入れの中身を全て出して台に置いた。
ちょうど274円だ。ババを見た。ババはいたずらっぽく笑っている。
「まいどあり。これでも負けてやってるんだよ。大丈夫、そんな悪い人生じゃないさ」
僕は御札を上着の内ポケットにしまって、ババに別れを告げた。
駅のホームで帰りの電車を待っていた時だった。さっそくババの御札の効果が出た。
(前から2両目に乗ったら座れるよ。ヒヒッ)
ババの声が御札から聞こえた。僕は少し驚いたが、自然とその不思議な声を受け入れる事ができた。
電車が来ると、僕はババの言うことを信じて2両目に乗った。すると本当に座れた。この駅は乗客が多く、ホームに降りてすぐの車両に乗ると客が多くて座れない事が多い。だからババの助言は助かる。ただ、次の駅で降りる人が多いから、だいたいそこで座れるのだ。微妙といえば微妙だった。
いつもの駅で電車を降り、改札を出た。駅から家までは20分程歩くことになる。だいぶ遅くなったから親に電話しようと思った。
(電話したら買い物を頼まれるよ。しなかったら怒られた上で女が出来たかしつこく聞かれるよ。ヒヒッ)
ババの助言だ。僕はうーんと少し迷ってから、電話をした。やはりババの言う通り買い物を頼まれた。
ババは当たる。微妙っちゃ微妙だが。
家に帰って親に買い物袋を渡すと怒られることはなかった。ただ、両親に二人は喧嘩とかしないのかと聞いたら、変なこと聞くなと言われ円満ぶりを見せつけられた上に、お前今まで女と居たんじゃないだろなと言われる羽目になった。
自室に入って、僕はババの御札をしばらく眺めた。とても珍しいものだと思う。そして自分の求めていたものである。僕は御札を制服の内ポケットにしまった。
その時に机の上の教科書が目に入って思い出した。明日からテストだ。僕は机に向かった。ちらっと制服を見た。いやきっとあてにならないと思って机に向かい直した。
テスト問題が分かればいいのにと、今日どこかで聞いたセリフをつぶやいた。
翌日。家を出てから学校に着くまでババはうるさかった。犬に吠えられるとか、1円玉を拾えるとかそいう類だ。だけど、テストが始まるとずっと黙ったままだった。やっぱりこういう事は教えてくれないんだなと納得した。
テストの結果はたぶん普通だ。でも、テストが終わった後の休日は気分がいい。僕はゲームを買いに行こうとよく行く電気屋さんに向かった。こういう日もババはよくしゃべる。ババの助言を聞いていると、ちょっと困る未来が分かって、憂うつな気分になったりする。でもそれを避けようと違う道に行けばいい事もある。今日は中古ゲーム屋さんを見つけて、300円のゲームを買った。休日はそのゲームと電気屋で買ったゲームをして過ごした。
300円の方は微妙っちゃ微妙なゲームだったけど。
ババの予言は大抵が微妙なのだが、通学の電車に乗る時は結構参考にしている。
ある日の朝。いつも通り駅のホームに立って、電車が来た時だ。ババが助言する。
(1両目は超満員。2両目は臭いおっさんと密着する。3両目は大きい独り言を言う奴がいる。4両目はドアの開け直しになって顰蹙を買う。ヒヒッ)
僕はどれもいやだなと思って、判断できなかった。結局その電車をやり過ごして、次の電車を待つことにした。僕はいつも一本余裕を持った時刻に乗っているから、次の電車に乗っても学校に間に合うのだ。
次の電車が来た時、ババは何も言わなかったので、大抵客が少ない4両目に乗った。
「あ、タケシ。久しぶりだね」
俺に声をかけたのは、ユミだ。彼女とは中学校で別々になったが、小学校の時は偶然6年間同じクラスで、わりと仲はよかった。すぐに分からなかったが、そう思って見ればユミに間違いない。
「久しぶり、ユミ」
僕たちは、お互いに今通ってる学校について話をした。ユミは小学校の頃と同じで明るい女性だった。僕が先に電車を降りるまで、小学校の頃と同じように話すことができた。彼女は僕が降りる駅の2つ先で降りると言った。
その日から僕は、毎日その時間の4両目に乗るようになった。ババの助言は、1両目が空いてるとか、2両目でスケブラが拝めるとかだったが、全部無視した。
「私、声優を目指そうかなって思うの。高校を卒業したら、声優の学校に行こうかなって」
「声優なんて難しいんじゃないかな。成功する保証はないし。ユミは頭がいいんだから、いい大学に行けるんじゃないの」
「難しいだろうなとは思う。そうだね失敗したらつらいもんね」
ババが助言した。
(声優をやれって言ったら、女が良くしゃべる。大学行けって言ったら、お前の事聞かれて話が弾む。どっちでもいいと言ったら、話は終わって女は携帯を取り出す)
「でもユミがやりたいなら声優をやってみればいいと思うよ」
ユミは練習を始めている事や、好きな声優の話をしてくれた。
僕は自分の卒業後の事はまだ考えていないが、きっと自宅から通えて無理せず入れる大学に行くのだろうと思う。彼女は自分の人生を切り拓いているような気がする。対して、自分は無難だなと思う。
自分は何かを頑張るべきなのだろうかと思った。誰かに教えてほしかった。
僕は再び駅前の道路にいるババのところに行った。
ババは僕を見るなり、手招きした。きっと見透かされているのだろうと思った。僕はババの前に座った。
「来たね、元気かい。お代はいいよ」
ババが言う。今日はババがとても穏やかな優しいおばさんに見えて、僕は悩みを全て打ち明けようとした。
「あの、僕――」
「電車の女……」
ババは僕の言葉を遮って話し始めた。
「電車の女に告白したらふられるよ。連絡先交換を切り出せば、女は次の日から別の車両に乗るよ。いい大学に行こうと勉強を頑張っても、苦しくて挫折することになる」
やはりババは全部知っていた。過去も未来も知っている。
僕はしばらく黙って、ババの言葉を噛みしめる。
「そう……。そうだよね。どうせそうだよ……」
「悪い人生じゃないよ、そこは安心しな。それじゃあ気を付けて帰りな。ここからは有料だよ。ヒヒッ」
僕は気を取り直して、ありがとうと言ってババと別れた。
次の日、僕は以前のように一本早い時刻の電車に乗った。ユミと会うのがつらかったからだ。もうずっと会わないかもなと思った。
でもその次の日、一本早い時刻の電車を僕はホームでやり過ごした。そして次の電車、ユミのいる四両目に乗った。
一昨日までと同じようにユミは僕と気楽に趣味の話をしてくれた。
「ねえユミ。ライン交換しない?アニメの話相手になって欲しんだけど」
僕はなるべく気軽な調子でそう言った。ユミはちょっと考えて、カバンの中をごそごそと探すようなそぶりをする。
「……今日スマホ忘れてきちゃったんだ。ごめんね」
ユミはばつの悪そうな苦笑いをした。僕は軽い感じで「残念だね」と答えた。
その後、なんとなく会話が続かないまま、僕は電車を降りた。
なんでこんな事したんだろう。ババを疑ったわけじゃないんだ。
ババが話かける。
(もう私は必要ないね。未来なんてそんなものだよ。ヒヒッ)
それ以来、御札はしゃべらなくなった。
その後。
僕は、毎日一本早い電車に乗っている。たまに遅い方の電車に乗って、ユミと話す時もある。それから、外食屋で注文した料理が美味しくない事が増えた。買ったゲームがつまんなかったりもした。あと変わった事は、ホラー漫画を読み始めた事と、日記を書き始めた事かな。
どれも、ほんのちょっとした事だけどね。
<了> 蜜柑プラム