第9話 ホスピスという場所
鈴木は武田の認可を得られたから即座に田中の治療を始めることにした。先ほど高坂から貰った薬剤の
使用認可証にこれから使う抗がん剤の名称を書き出した。そして
「ゾラデックスとアナストロゾールとフコイダンを薬剤局から貰ってきてくれ。」
と鈴木は高橋に渡した。高橋は配下の看護師にその紙を渡し、薬を貰ってくるように指示した。鈴木は放射線治療もすることにして、高橋に検査と放射線治療の予約を取るように頼んだ。高橋はまた配下の看護師に検査部と放射線科に予約を入れるように指示し、自身は田中の看護計画の見直しに着手した。鈴木が簡単に使用認可証を看護師に渡すから、武田は不審に思いテーブル上に置いてあった残りの認可証を見た。その認可証を見て武田は驚いた。認可証にはあらかじめ高坂内科部長のハンコが押してあった。先にハンコが押してあるということは、鈴木はどんな薬も高坂の認可を得て使用出来るということである。この時初めて武田は鈴木が高坂に信頼されていることを知った。
そして鈴木は治療方針の説明の為に田中の病室に向かった。朝のミサが終わり、丁度田中は自分のベットに戻っていた。
「あ、田中さん、今よろしいですか?」
鈴木はあわてて田中に声を掛ける。田中はあわてて鈴木の方を見て笑顔になった。田中にとって念願の治療が始まるからついうれしくなったのである。
「はい、大丈夫です。」
と田中は答えた。それを聞いて鈴木は
「治療方針ですが、まずは抗がん剤と放射線治療でがんを手術可能な大きさまで小さくします。その後は外科手術でがんを取り除いて、また抗がん剤と放射線でがんを完全に消し去ります。」
と説明した。その説明は田中に希望を持たせるには十分過ぎて、田中はとても嬉しそうに
「やっと窓の外の世界に戻れるのですね。」
と語った。田中に窓の外と言われて鈴木は戸惑った。窓の外とは何を意味するかわからなかったからだ。その戸惑う鈴木を見て田中は
「窓の外とはこの窓の外です。」
と言って田中は鈴木を病室の窓まで案内した。鈴木は田中に案内され、病室から窓の外を覗いた。窓の外は普通の景色だった。
「ホスピスから離れ、普通の世界に戻る、それが私の願いでした。」
と田中がしみじみと語った。その田中の語りを聞いて、鈴木は初めてホスピスがどんな所か理解出来た。




