第39話 坂本の説得
鈴木がナースステーションに戻ってくると、坂本が開口一番に
「聞いたぞ、また患者さんの治療を始めるってな」
「はい」
鈴木は静かに返事をする。
「今度はまだ十四歳の子供だってな。相手は子供だから、治療を再開することがどんなに過酷なことかわかってなくて治療を受けることにしたのだろ。それは医者としてやってはいけない行為だ!だから今すぐその子にきちんと説明して、治療をすることをあきらめろ」
坂本は恫喝的に鈴木を責める。
「いや、本人にも両親にもきちんと説明し、本人にはご両親の認可が無いと治療を受けられないと説明しました」
と鈴木は坂本に反論する。
「それでご両親は賛成したのか?」
「はい、隆君が治療を受けることによって、新たな治療方法を見出せるならばとご了解を得ました」
坂本は隆の両親も鈴木による治療を受け入れたと知って困惑した。
(新たな治療方法、そんな物大学病院とかの仕事だ!ここはホスピスだ、いかに患者さんに安らかに天寿を全うしてもらうかを考える場所だ)
坂本は鈴木というよりこの病院で、患者さんが苦しむだけの時間を増やすような、悪魔の所業をやらせるわけにはいかない。坂本は目の前の鈴木を諭すよりも、隆と隆の両親を説得すべきだとその場で判断し、ナースステーションを出て隆の居る病室に向かった。
コンコン
坂本は隆の病室のドアをノックし、病室に入った。そして隆の前に行き
「野村君、初めまして、麻酔科の坂本です。野村君骨肉種の治療を受けることにしたって聞いたものだから」
隆は突然の坂本の訪問に驚きながら
「は、はい」
と返事をした。
「野村君分かっていると思うが、君の病気は今の現代医学じゃ治せない物なのだよ。だから治療を続ければずっと痛い思いをすることになるよ。それでもいいの?」
坂本は相手は少年だからとやさしく説明する。しかし隆はその説明を受け入れずに
「治療を受けたって治らないのはわかってます。だけどどうせ死ぬなら、この体を使って新しい治療方法を見つけてもらえるように、先生方に協力して死にたいです」
と反論した。
「何を言ってるのだ君は!神様がせっかく与えてくれた命を、そんな粗末に扱うようなことを考えるなんて。良く考えなさい、医学の為に協力してもうまくいくとは限らないし、例えうまくいっても君は治るにはもう手遅れなんだよ。だから医学の為なんてことは考えないで、神様に与えられた命をいかに大切に受け止めるか、そのことだけを考えて生きていけばいい」
坂本は医者としてキリスト教徒として隆に命の大切さを必死に伝えた。しかしもうじき死ぬとわかっている隆には命は軽い物で、未来が見えてこない以上もう生きる意味が他には見出せなかった。
「先生はもうじき死ぬとしたらどうしますか?」
その質問に坂本は戸惑いながら
「死ぬとしたらか・・・・・・・、残された命を有意義に使おうと努力するだろう。例えば家族の為にとか」
「医学の為に使おうとか思わないのですか?」
「医学か、医学の為にって命は自分の為に有るのだから、自分自身が最後まで幸せになる為に使うべきだろ、とても医学の為に頑張ろうとは思わない。神様も最後まで有意義な人生を送ってもらおうと我々を温かく見守ってくだされているのだから、神様に感謝して最後まで天命を全うすべきだと思うよ」
そう言いながら、坂本は神の教えを隆に伝えるかのように、隆を温かく見つめた。しかし隆は
「もういいです。先生には僕の気持ちが理解してもらえそうに無いですから」
と言って坂本との会話を一方的に打ち切った。




