8. Youは何しにこんなとこへ?
「エドワード様っ!! やっぱり来てくれたんですね!! 絶対来てくれるって思ってました――」
ああ、はいはい。来たよ、来ましたよ。来たかったわけじゃないけどね。
ついでにいうなら、さっき見た自分の外見と転生したって可能性とゲームのシナリオとここでの自分の感覚と本来のエドワードの、俺としては納得がいかないアホ設定と自分の自我とが頭の中でミックスしてものすごく混乱してます――あんたのピンク髪の毛も酷いと思うけど、ホントなんだってこんなところに飛ばされたんだ――って、やりたがる人がいないせいでしたよね、はいはい。そう聞きました。
嬉しそうな高い声にそんな投げやりな返答を心の中で返して、反省室の区分けの手前に入った。
え? 投げやりになるな? なるよ。なるでしょ?
室内はごく普通の居室――だたしその中程には天井まで届く格子が嵌めてあって、これで殺風景なら間違いなく牢だ。だけど奥には机や椅子、衝立の向こうには寝台もあるようだし、居心地もそんなに悪そうには見えない。さすが刑が未定の貴族用――といったところ。
俺はその区分けの出入り口側に椅子を用意してもらって座った。人払いをして、盗聴防止の魔術具もセット。
ふわふわのピンクの髪の毛のお嬢サンは格子に駆け寄って縋りつき、ウルウルお目目でこっちを見た。
「エドワード様! わたし――いつ出してもらえるんですか? こんなところに閉じ込められるなんて絶対何かの間違いですよね? わたしはこのネックレスを頂いたんですから、王太子妃になるんですよね!?」
はあ。ネックレスは偽物だって言ったし。
それに自分がどうなるかはまだ聞いていないのか。
ため息が出た。
だって、顔はかわいいんだけど――ただでさえ混乱している頭でこいつと話すのはすごく疲れそうだ。
だけどどうにかして説得しないとな――。
「……残念だけど今の君は犯罪者だ。せめてチャームポーションを使わないでいてくれたら――ここまで酷い扱いにはならなかったと思うけど」
刑が確定していないのだから、フィニッシングスクール云々の話は伏せておこう。軽い罰だと思っていて後で重くなるより、軽くなる余地を残しておいた方がいいはずだ。
「そんな――でもエドワード様なら出してくれますよね! だって未来の王様なんだし――わたし、他の人たちのことはともかくエドワード様のことはちゃんと本気で――」
「残念だけど」
必要のない言葉は遮らせてもらう。
「今の俺にはどうすることもできない。王太子の地位は弟に譲るとはっきり言ったし、国王には縁を切ってもらえるよう申し出た。俺がここに来ることができるのはおそらくその申し出が受理されて処理が終わるまでのこと――ちなみに今牢番は誰もいないけど、俺は鍵を持ってないし、どこにあるのかも知らないから、どんなに頼んでも無駄」
「ええっ! そんな! だってキラ☆恋ではエドワード様の言葉は絶対――」
うん、そうだったね。あくまでもゲームではだけど。
『キラ☆恋』ってのはあのゲームのタイトルの略だ。わかっていたけどこの子は転生者で間違いない。
もういろいろメンドウ――俺は腹をくくって話すことにした。
「ミチカ――さん? 君は転生者なんだろう? ここに来て三年程だって聞いたよ。つまり君はあのゲームの開始時点でここに来たんだよね――ヒロイン『マリア』のポジションで」
俺の言葉が彼女のピンクの頭に染みるまで、しばし牢に沈黙が降りる。
うるんだ大きな瞳が次第に見開かれ、お化けでも見たかのように俺を見た。
まさか、そんな、って感じでOの字に口も開いた。
やがて小さな声が。
「……エドワード様。なんで……」
だよね。
「とりま、君も座れば? 立ち話もなんだし――」
そう言いながら俺も椅子の上で脚を組んで、自分で自分の膝下の長さに驚いた――くそ、アホ王子のくせに。
そんなことを考える俺の目の前、格子の向こうで、呆然とした様子のミチカ嬢が椅子に座る。
疑いの目でこっちを見ている。
「じゃ、自己紹介からしようか。俺は黒川礼人。大学四年生だ――今日ここに来たばっかりの転生者らしい――あの広間で君にしがみつかれてるところから、エドワードは俺になった。君は? ここに来たのは三年前、で合ってるの?」
しばらく黙っていたミチカ嬢がゆっくりと頷いて口を開いた。
「わたし――わたしは渡辺美知香。中学三年――少なくともここに来た時はそうだった。あなたが、転生者だっていうの――? なんで――だっていまさらでしょう? ゲームは終盤どころじゃないじゃない。もう終わりよ? 大団円一歩手前なのよ? どうして? なんで――なんでハーレムエンドにならなかったの――あなたのせい? これ、キラ☆恋でしょう? わたし、うんと頑張ったのに――」
いろいろごちゃごちゃ言い始めたけど、俺の頭に入ったのは一個。
『中三』
は~~~~~。
またため息が出た。このゲーム、確かR15だから中三ならできないことはない。だけど、R18モードもあって、ハーレムエンドはそっちだ。……ちなみに俺はR15でできる王道の王子様攻略ルートだけしかやっていないからそっちの内容はわからない。
俺が何を考えているかわかったらしいミチカはキッと怒りの顔を作った。
「そこで責める顔をしないでくれる!? わたしがこのゲームを手に入れたのは確かに中三の春だけど、それはわたしに十八歳までがんばって生きて、このゲームをやろうねっていう従妹のお姉ちゃんの励ましだったんだから! 結局そこまで生きていられそうにないってわかったから、ちゃんと親にも了承を得て、特別にやらせてもらったのよ! いいじゃないそのくらい、どうせ実際には十六歳になる前――中三の終わりに死んだんだし。それに、ここで三年がんばったんだから――その分を足せばちゃんと十八歳! 死ぬ前にハーレムルートをクリアできなかったから、せっかく転生できるならこの世界に――って、どうしたの?」
聞いているうちに今度は自分の方がショックを受けたのは確かだ。
目の前にいる頭がピンクの少女は『自分は死んだ』とはっきり言った。
本当なんだ。
「……じゃあつまり、君は死んでここに転生した?」
「そうよ。アヤトさんもそうなんでしょう? 自分でそう言ったじゃない」
「……つまり俺は、本当に死んだ?」
ミチカが疑いの顔になる。
「違うわけ? 死んだときのこと、覚えてないの?」
「……覚えていない」
俺は、本を読みながら歩いていたら工事現場の鉄骨が上空から落ちてきたらしいことを話した。少なくともそう説明された。
「即死ってやつか――羨ましい」
ミチカは突っ込めない雰囲気でそう言った後で首を振って、「だから転生したって自覚がない、というわけね」と続け、さらに「じゃあ、あなたが今ここに来たのは――わたしからいろいろ聞きたいってこと? 協力したら出してくれる?」と聞いてきた。
思ったよりずっと会話の展開が速い。かわいらしい高い声も、ちょっと落ちついた感じになったし、見上げる視線はともかく、瞬きの回数は減ったようだ。
つまりさっきまでのは演技で、意外に頭は悪くない……とか?
「確約はできないが努力はする――この世界のことを教えて欲しい」
相手の様子を窺いながら、もう少し椅子を格子に近づけて頼んだ。
「いいわよ、もちろん――ここは『キラ☆恋』っていう乙女ゲーの世界で――って、そういうの、わかる?」
「それはわかる。一度プレイしてるし。だからそこはいいよ。知りたいのはここでの常識と生きていく方法だ」
「……」
ミチカの視線がなぜか少し冷たくなった。
「……王子様としての役目を果たせばいいんじゃないの? その先は国の安定を目指してGOでしょ?」
また睨む。
なんで睨むんだ? おとなしくミチカに攻略されなかったからか?
「そうじゃなくて――ここってゲームで言えばもう終盤だろ? つまりエンディングだ――俺が生きたいのはこのストーリーが終わった後なんだ。来たばっかりの俺に国政なんて無理に決まってるだろ。俺はここを出たい。ちゃんとした自分で生きる方法が知りたいんだよ」
そして乙女ゲーなんてごめんだ。できることならこの見た目も返上したい。
「終わった後? ここから出て? だって来たばっかりなんでしょ!?」
「ああ来たばっかりだ。だけどここに俺を送り込んだやつが、無事エンディングを迎えたら違うストーリーでやり直してもいいって言ってたんだよ――俺の目的はそっちだ。この世界は魔法が使えるんだろ? せっかく転生したんなら楽しまない手はない――もうここは乙女ゲーの方はクリアしたことにして次に行きたいんだよ」
俺はここぞとばかりに説得を開始した。
「ミチカもその方がいいんじゃないか? 貴族にチャームを使ったっていう汚点はきっと消えないだろ? どうしてもここに残って誰かを攻略したいんならそれでもかまわないけど、そこには勘当されたエドワードはいない。チャームポーションの使用もナシ。アレは学院内への持ち込みが禁止されることになった。君のことはみんな警戒するはずだし、ゲームとしてはここでエンディングってことにした方がいいと思うんだ」
ショックな顔してるけど、本当に転生したのならゲームがどうとか攻略対象者がどうとかじゃなくて、ちゃんとこの世界を生きる方がいい。少なくとも俺はそう思う。
「言っとくけど俺も攻略されるつもりはないぞ。さっきも言ったけどここを出るつもりなんだ」
「ここを出て――どうするつもりなの?」
ミチカはなんだか不安そうな顔をしているけど、そんなの、当前。
「それはもちろん! 旅に出る!! 異世界だぞ? 冒険しないでどうするんだよ」
「冒険――!? それって男子向けでしょ? これ、乙女ゲーよ?」
大声で否定された。
「だからそれはここで終わり。君が続けたいなら構わないけど、俺が参加するのはここまで。だからこの世界の常識を――知ってるならだけど、一般人として生活するにはどうしたらいいかを教えて欲しいんだよ」
そう言ったらミチカはますますショックな顔になった。
「どうしたらって――だったらそもそもなんで乙女ゲーの世界に転生したりしたのよ?」
また睨まれた。
「俺だって乙女ゲーのアホ王子役なんかごめんだ――だけど他にやりたがるやつがいなかったとかなんとかで――それは当たり前だと思うけど。だから、ゲームとしてやる時間も極力短くて済むようにしてくれるって話だったんだ。だから最終のイベントの途中に転生させられたんだ――そこはたぶんだけど」
ミチカの眉が寄る。疑いの顔。
「でもここに来たからにはやったことがあるんでしょ――わたしが聞いた話では、ここにくるのはちゃんとプレイした経験者だけだって――アヤトさんってそういう趣味の人なんじゃないの?」
「そういうシュミ? それってどういう――おまっ! そんなわけあるか――」
思い当たって即否定したけど、俺に乙女ゲーを楽しむ趣味はない。そんな恐ろしい疑惑をぶつけられるとは――。
ミチカが斜め下から向けてくる疑いの視線が腹立たしい。
「これは妹の趣味だ。あいつはゲームクリエイター目指してて、乙女ゲーをやった男性側の感想が聞きたいって言われたからつき合っただけ!!!」
「え~? 本当~?」
ますます疑いの目になったのがまったくもって腹立たしい。話をしたら協力できることがあるんじゃないか、転生者同士だし、話が通じるところがあるかも、なんならこっから出してやる方向に持って行くのもありか、なんて思って仏心でここまで来たけど、放置するか――。
無言のまま立ち上がって踵を返す。
「あ~、待って待って待って――! ごめんごめん、ごめんって! ちゃんと話そうよ! そのために来たんでしょ?」
声には構わずそのままスタスタと外に向かって歩く。
「本当にごめんなさい~! もう疑わないから! 協力するからこっから出して――!! エドワード様~じゃなくてアヤト様っ!!」
って声が背中を追いかけてきた。
うむ。
とりあえず足を止める。
協力は重要。――それに俺はこの世界の情報が欲しい。
まさかミチカの中身が中学生だとは思っていなかったけれど、ハーレムルートを選択するくらいだからゲーム自体の情報も俺よりはずっと豊富なはずだし、ここに来て三年ってことは生活情報だって多いはず。
とりあえずゆっくり格子の前に戻った。
「――言っとくが頭の中身がパヤパヤのお嬢サンに用はないぞ」
格子の前から見おろして不機嫌な内面そのままで言うと、ミチカは胸の前で手を握りしめ――んん? なぜかまたしても目がうるうるだ。
「……うわ~。エドワード様ってちょっと単純で気弱なところがある正統派お坊ちゃま系なのに、中身が違うとそんなのもアリなの!? ちょっとウェイン様入ってる――眼鏡はないけど冷徹眼鏡ポジっ! いや~ん。それも似合うっ!! もうちょっと威圧的に命令してくれたら、顔が滅茶苦茶整ってるだけに最高――」
げ。
なんつーか……萎える。
ついついまたしてものため息を吐いたら、
「そっちは見慣れてるからため息はいらないですっ! 命令調子のやつ、プリーズ!!」
って、要求された。
はあ。
「もういいよ。とりあえずこの世界のこと、教えて――」
「命令口調でお願いしますっ!」
「教えろ!!」
半ばやけくそで要求したら、ミチカは「ひゃいっ!」と、返事なのか悲鳴なのかわからない言葉を発してから息を整えて話し出した。