7. 夢じゃなかったら? そんなの――。
あとは……ミチカ、だよなあ。
ため息を一つ。
正直言うとエドワードがああいうミチカタイプに惹かれる気持ちはわかる――守ってやりたくなる、かわいい子。
『あざとい』って妹が言うタイプ。ほんにゃりと笑う穏やかな笑顔は癒しそのものだし、小さな手と細い身体――そうでもないと見せてしっかり凹凸があったりするとツボる。
そんな子が、普通なら一歩引くところを何でもないように飛び越えて、あんなふうに自分の近くに来てくれたら――ましてや自分にまっすぐな好意を示して来たら――嬉しいって思うのが普通だ。
ま、あくまでも俺の感覚ではだけど。
一生騙してくれるならそれもいいかも――なんて。そんなのは無理だってわかるけど。
ああ、だけど画面の中の攻略するべき存在としてならともかく、実際に関わり合いになるのは――チャームを使われて強制的に惚れさせられたりするのは――やっぱりダメだよな――飽きたら捨てられそうだし。それにハッピーエンドの後で国が乱れたり、俺が死ぬのも――もちろん嫌だ。
大きく頷く。
だから、あの公爵令嬢は断罪せずにさっさと終了して国の将来を確保。――ミチカのことも説得して、もう一人の転生者を探し、次のストーリーとやらにいかせてもらう。
うん。それしかない。
「円満解消! どうにかして」
俺は国王に頭を下げた。
「うむう……」
なんだか歯切れの悪い国王に言いつのる。
「彼女の相手はエドワードよりクリスの方がいいと思う。少なくともあいつは中身も本物だし。俺のことは今のうちに追い出した方がいい」
今の中身である俺がいなくなってエドワードが正気に返る、なんてこともないとは限らない。その時に、「全部嘘でした~」とか、「一体何のこと? 記憶にありませんが~」なんてことになったらもう二度と許してもらえないと思う。そのときにどうにもできないように、速やかに王太子は変更するべきだ。
「……では、この場はお前は別人だという前提で話を進めさせてもらうが――」
おお、いいねいいね。
沈黙の後でようやく言ってもらえた国王の言葉に頷く。
「『縁を切って叩きだして欲しい』と言ったな?」
「ああ、言った。頼む」
居住まいをただして真剣な顔で頼んだ。
「縁を切って、その後はどうするつもりだ?」
「とりま、旅に出る、だろうな――せっかくだから世界が見たいし」
本心からの言葉だったのに国王は何だか胡散くさい物を見る目で俺を見た。
「何――ダメなのか?」
「いいや――エドワードの口からはとうてい出そうにない言葉だったので驚いてな……まあ、よい。確かにそのためには、婚約の破棄が必須だ。ウィッティントン公爵家は黙っていまいが」
まあ、そうだよね。でもそこは我慢してもらうしかない。
「円満に――あっちに非があるとかじゃなくて、全部俺のせいってことで――プリシラのせいじゃない。公爵家にも非はない。だから俺を追い出してクリスに引き継ぐ。ってのが一番いいと思うんだけど、ダメなの?」
それ以外にないと思う。何で黙ってるの?
「……先方が気に入っておるのがお前なんだ」
渋る口調の親父殿が解せぬ言葉を吐いた。ついでにものすごく長いため息も。
え? それってどういう――。
俺たちの間に沈黙が落ちる。
「えええっ!? そうだったとしても今日のあれで終わったでしょ? 何があったか書いたし――他の人にも詳細は聞いたんでしょ? エドワードはやめておいた方がいいと思うよ?」
「いや……」
「それに俺、今別人だよ? 本人に戻ったりしたらその時どうすんの? って、戻らなかったらもっとどうすんの?」
「うむう……それもなあ、本当に別人のようだし……だがなあ……」
「本物の人格が戻ったりしても絶対困るよ?」
「うむむむ……」
親父殿、なかなか折れてくれない。
「それになんで俺?」
「うむ。それがな……お前、本当に本人ではない――のか?」
「ああ、別人。全然違う人」
「に、思えるが外側は一緒だしな……うむう。では、とりあえず話そう。お前がプリシラ嬢の相手となったのには理由があってな」
うん? 特別な何かがあるってこと?
「その――お前が……好きなんだとか」
「は!?」
頭のてっぺんから声、出た。
「わしとて盲目の腑抜けではない。学院内での出来事はいろいろと耳に入る。今回のことも――三カ月前には既にウィッティントン公爵と協議済みだ。お前の振る舞いが目に余るものとなったら、お前との婚約を解消してクリスの妃となってもらえるかどうか内々に問い合わせた。その時の返事がな――」
親父殿が息を吐いて大きく吸った。
「まだ諦めるつもりはない、と」
なにそれ。
「なんで? こんなろくでなし――見限ればいいのに」
ゲーム世界での三年間だよ? どんどんヒロインに惹かれていって、プリシラをないがしろにして――そんなこいつに、そんなことを言ってもらえる要素があったのか?
俺的にはなんでこいつが自信満々で断罪イベントに踏み切ったのかもわからないのに。
親父殿はますます言いにくそうにして視線を部屋の奥に向けた。
「何?」
「それは――」
「何? 何目的でエドワード?」
「おそらくあれだ」
そう言って視線を向けた先にあるのは――あれがどうした。
……とりあえず立ち上がってそこに向かう。
例の七五三の衣装はもう脱いで、今はシンプルなシャツと黒のパンツ――見たくはないがまあ、見られる格好のハズ――が。その鏡の中から見返してきたのは。
「うわっ!!」
驚きで声が裏返った。
「あ~~~~~~、そうか、こいつか……この顔……」
金髪碧眼。妹お気に入りの乙女ゲーの王道にして第一攻略対象者。
それが誰もが振りかえるような超絶美男子でないわけがない、んだった。
ほっぺの肉を引っぱってみる――そんなことしてもイケメン。糞腹立つっ。
これのせいで、エドワードが根拠のない自信を持っていたのなら――王太子として未来の妃に負ける頭脳でありながら、ミチカにおだてられてその気になり、大切なはずのプリシラを追い出そうと考えたのも……あるか。もとがアホだし。
そんなことを考えながら、ついでにちょっと脱いでみた――。
「あ~~~~、これは、マズい、わ」
引き締まった上半身。所謂完璧な細マッチョ。腹筋が割れてる――高校生の時、サッカー部で毎日走り込んでた時よりきれいにシックスパック。
おそらくさっきの七五三の衣装大人バージョンだって余裕で着こなしていたんだろう……俺は全力で鏡もガラスも見ないように回避してここまで来て、部屋に入るなり全部脱いで無難な服に着替えたのに。バカみたいだ。
「だよな~。乙女ゲーなんだし、女子理想の顔と体型になるよな~、なんかもう、トホホって感じだ……」
弟のクリスだって悪くない。っていうか、あいつも間違いなくイケメン。
だけど……これと比べるのはなあ。あっちはまだ少年枠入ってるし……。
「まさかの外見目的……プリシラ側も打算つきだったか」
王室には公爵家の後ろ盾と美人で頭脳明晰な王妃。
あっちには超絶美男子の夫、ってか。しっかし身分かと思ったら見た目……結局そこか。
ペアペタと自分の(入ってる)身体のあちこちを触りながら――なんかがっかりだ――「アヤ兄だって、結局ムネのデカい方が勝ちなんでしょ?」って言う亜季の声の幻聴が聞こえるような……いや、そうじゃない。そうじゃないぞ、妹よ。でもファーストインプレッションなら、ない(・・)方よりある(・・)方に目が行くのはしかたないっていうか……だけど、この場合は未来の王様で、生涯の伴侶を決めようって言うんだから、やっぱり中身を重視して欲しいよ……そうするべきだろ?
心の中で妹に言い訳しつつガックリしている俺の後ろから国王が鏡をのぞき込んだ。
「本当に別人が入っとるのか――自分の顔と身体を見てそこまで驚くとは」
「マジです。はい」
「いつからだ?」
「広間でプリシラ嬢と向き合ったところからです」
「いつもとに戻る?」
「さあ? っていうかこれ俺の夢ですよね? 俺の名前は黒川礼人です。家族構成は両親と妹と犬一匹。国立大学四年生、今は夏休みの終わり間近――卒論の目処がついて就職活動以外はゲームと惰眠の毎日で――面接会場に向かう途中で、鉄骨に潰されて死んだとかいうのはまったくの妄想で、転生とかじゃない――たぶんきっとゲームのやり過ぎ――それか、全然まったく興味のないジャンルのゲームをやらされたことに対する拒否反応で変な夢を見てるだけ――」
つらつらと言わせてもらった。もう、夢ってことにさせて欲しい――。
「名前と惰眠以外は何を言っているのかわからんが――お前にある程度ここの知識があるようなのはなぜだ?」
「あっちでプレイしたゲームの内容まんまだから? でも全部わかるわけじゃないですよ」
「それも言っておる意味がわからんが――」そう言いながらまじまじとこっちを見る王様と顔を見合わせる。「夢、とな……お前がそう言うなら今はそれでもいいが――それなら目覚めなかったらどうするつもりだ?」
「え?」
「夢ではなかったら――ということだ」
それは、困る。ものすごく。
だけど。
「やっぱ転生ってこと? ……それなら……とりあえず、昼飯食ってないから腹減ってるし、夢じゃないならなんか食いもんが欲しいです」
現実的に答えた。だけどそんなことってあるのか――?
ないだろ。
なあ、ないだろ?