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6. 中身は別人ですよ

「罪に問うほどのことではない――単に行き違いがあっただけのこと――ウィッティントンも気にすることはないと言っておる」

「あの」

「刑など必要ないし王太子の座も譲る必要などない――」

「でも」

「あのミチカという男爵家の娘については魔法を封じ、フィニッシングスクールで躾け直す方向で動いておる。学院内への魔術具やポーションの持ち込みは加工品も含めて厳重に管理される――今後校内は穏やかになるであろう――身分も念頭に、お前やクリストファーの周囲に近づきすぎることがないよう、思いあがることがないようにと男爵に厳重に注意しておいた。とりあえず今は反省室に入れてある――」

「だけど」

「いいか。とにかくこれに懲りたらもう少し自分の将来のことを真面目に考えてちゃんと――おい、聞いておるのか」

「……う~ん、だいたいは?」


 俺は椅子の上で胡坐をかいて、途中からは渦巻き模様が山のようについた自室の高い天井を見上げていた。だってこの人、口を挟んでも聞く気ゼロで言葉を繋げてくるんだもん。

 それってどうなのよ? って思っていたけど、最後のところで腑に落ちた。

 エドワードのアホさ加減に辟易してるってことか。


 それにしてもエドワード……最初はちゃんとしたやつだったのに、いつからそんなに信用を無くしたんだ? って、ミチカに引っかかってからだよなぁ、やっぱり。


 俺は広間を出てすぐに国王のところに行こうとしたのだが、そこはさすがに国王だけあってずいぶんと忙しそうだったので、書面で事の顛末を知らせておとなしく部屋に籠っていたら、夕方も近い頃に本人が直で部屋にやって来た――とそういうところ。

 まあ、親子なんだしそういうこともあるのだろうけれど、国王自らの来室にはちょっとびっくりした。


 書面に『内密の話もあるので時間を取って欲しい』と一言書き添えはしたけれど、呼び出されるのだとばかり思っていたし。


 王様はエドワードの私室に入るなり、まずはといった様子で人払いをし、ポケットから小さなスノードームのようなもの取り出した。中でちらちらと小さな光が動くそれがなんなのかはすぐにわかった。ゲームにも出てきた――盗聴防止の魔術具だ。効果範囲はごく狭く、半径二メートルほど。こうやって向き合って話す時用の大きさだ。


 前置きもなく話し出したのがさっきの内容。


 立派な口ひげ。長身で肩幅もしっかり。年齢の測れない堂々とした美丈夫はこれでもかというほどに風格があって、やっぱり王様って偉そうだな~、でも人の話も聞けよ。なんてぼんやり思う。

 俺はそんな感じで、親であるらしい国王様を観察しつつ、話は半分聞いた。


 そして今一番に思うのは――しっかし、夢だとしたら長過ぎだ。ってこと。

 腹も減ってきた。断罪イベントが昼餐を兼ねての卒業パーティだったので、昼を抜いているのだからそういう意味では間違っていないのだが。

 ううむ。これは本当に転生したのか――あああ、転生したら乙女ゲーのアホ王子だったとか、ホント最悪。観念したくない。夢であってほしい。


「とにかく、プリシラ嬢との婚約はそのまま継続だ。王太子の地位も――譲ると言って簡単に譲れるものではないということくらいわからんのか、お前は」


 あ~、やっぱりダメ? そこは簡単にはいかないかもなって思ったけど、この醜聞のついでだったらどうにかできるんじゃないか――ってさ。


 王様がそこで長々しい息を吐いてようやく黙った。

 だから俺もそこでようやく国王に向き合う。


「だけどさ、プリシラなしのエドワードよりプリシラありのクリスの方がマシだと思うよ? ミチカに引っかかるとかってエドワード、かなりアホじゃん? ――クリスならまだ伸びしろもあるし――だろ?」


 ズバリ言ったらやっぱりというかなんというか、親父殿、口ごもりやがった。

 だろうな。

 そんな諦めの気持ちで言葉を待つ。


「……確かに、プリシラ嬢はよくできた娘じゃ。王妃として恥じることのない器を持っておる。だがそれだけではどうにもならん。王位を継ぐのはプリシラ嬢ではない」


 そう言ってちょっと情けない顔で俺をじっと見る――のはなんで?


「エドワードじゃなくてもいいんだろ? クリスでいいじゃん。っていうか絶対その方がいい。今がチャンスだ」


 俺が入ってる身体――こいつがミチカ嬢に本気で熱を上げていたんなら、いろいろを考慮してもたいした器じゃないってことは確かだと思う。

 往生際が悪いのはわかるけど、転生したんじゃなくてこれが夢だとして、俺が目覚めてからのこいつ――元に戻った時のエドワードを国王にするのもやめておいた方がいいと思う。しかも王妃があのミチカじゃあ……そこは今回のことで阻止できたのかもしれないけど。


 それに夢じゃなくて本当に転生したんだとしたなら、俺は王太子役なんか絶対にごめんだ。


 国王様は、なんか妙な顔をしてこっちを見た。


「お前、本当に自分よりクリスの方が国王にふさわしいと思っておるのか?」


 残念だけど、正直に答えるならそうだ。クリスは三つ年下だからまだ伸びしろがある。

 ゆっくり頷いた。


「……まあ、エドワードよりはね?」

「……さっきから妙な話し方をするな……お前は王になりたいとは思わないのか?」

「なりたいかどうかでなるもんじゃないだろ? 適性は重要だと思うぞ」


 とりあえずそう返した。

 俺本人なら王になりたいとか絶対思わないけど――エドワードは……本人の希望ではなかったのかもしれないが、ミチカ嬢にたぶらかされるまではちゃんと真面目に王になるための勉強をやっていたし、それなりに成果も出ていた。人望も……今でもそれなりにあるのだろうし、ミチカにたぶらかされる前はけして悪くなかった――むしろ努力家で浮ついたところもなく――かなり良かったはず。


 そう思うとちょっと気の毒だよな――ミチカが現れて攻略されたりしなければ、こいつはプリシラの優秀さをそのまま受け入れて結婚することになって、二人で穏やかにこの国を治めていけたかもしれないのに。


 正直な俺の感想を言えば、こいつは王様の器じゃない、って思うけどね。


 俺は第三者視点で見てるからそう思うんだろうけど、優秀な婚約者に嫉妬して卑屈になるとか、婚約者の嫉妬するところが見たくて他の女に優しくしてみるとか、王様にするにはちょっと小者すぎだ。しかもミチカに簡単に騙されてるし。


 考えてもしかたないので首を振った。


「とにかく、さっきも言ったけどクリスを王太子に据えるなら今がチャンスなんだ。いつ何時気が変わって前言撤回するかも――今なら王位の継承権を放棄するって一筆書いてもいい――書こうか? 証拠になる」


 そう言って机に向かおうとしたら、声が追いかけてきた。


「お前、人が変わったようだな。本当にエドワードか?」


 あ、いいね、それ。そっちから聞いてくれたんだし、ここからうまく話を持って行こう――。


「そこ――聞いてもらってもいいですか? ――ホントの話、今、中身が別人なんですよ――それを聞いて欲しくて。内密の話があるって書いたでしょ? 信じてくれます?」

「……むう……そんなことを言い出すとは――やぱりアホのままか」


 正直に言ったら、国王様は何やら俺にとってはちょっと不本意な言葉を呟いてから黙り込んだ。


「とにかく今は一筆書くから、いざという時の保険に取っとけばいい――このエドワードってやつ――悪いやつじゃないけど、正直言うと未来の国王にするにはちょっとチョロ過ぎると思うよ」


 俺は抽斗から紙を出してサラサラっと一筆書いて署名もした――ちゃんと、エドワード・アーサー・J・アシュトンって、書けるし読めるのが不思議。ナントカ補正ってやつだろうか――ついでに親指で拇印も押してやった。念のためだ。


「で? まだ何かやっておいて欲しいことある? エドワードが俺のうちに、って意味だけど」

「うむむ。サインは本物のようだな……しかも今のところ一度もあのピンク娘を誉める言葉を口にしておらん……チャームが解けたせいだとしてもあまりにも……うむむむ」


 紙を受け取った国王様がまた何やら唸る。


「何かあるなら言うだけ言ってみたら? 乗り掛かった舟だし――できることなら協力するからさ」

「……本当に別人だと言い張るのか?」

「全くの他人です」

「お前がそういうのなら――そういう話として進めてもいいが、それならエドワードはどうなった?」

「そこは俺にはわかりません」


 ホント、どうなったんだろうな、本物のアホ王子。


「……やれやれ、そこはアホのままか」


 違う。

 だけどどう説明したらわかってもらえるかな――本人はやっぱりアホ認定されてるみたいだし。

 顎に手を当てて考える俺を見て、国王はかぶりを振った。 


「――それはともかく、確認することがある。お前はあの娘に宝石を贈ったと聞いた。瞳の色と同じ宝石を。それは――」

「ああ、うん、あれ。安物だよ――ちゃんとしたやつもあるんだけど――結局いらなかったな」


 国王の言葉を遮って、机の引き出し――特別な鍵がかかるところを開けて中からジュエリーボックスを取り出す。待っている間に家探しさせてもらったから、この部屋の中のことはわかっているのだ。

 ジュエリーボックスの中身はあのミチカがつけていたのと同じデザインのネックレスだ。ただし、同じなのはぱっと見の見た目だけ。宝石の価値は全然違う。こっちは本物だ。

 つまりエドワードは、ハーレムルートで攻略されているとも知らず、それだけ本気でミチカとのことを考えていたんだ。そうじゃないとゲームが立ち行かないのはわかるけど、ホント、アホだ。


 ネックレスのダミーを作っていたところについては珍しくエドワードも常識的、といえなくもないけど、実は違う。あれもゲームの設定だった。

 あそこでミチカ嬢があの台詞を言ってくれてよかった。

 心の中で胸をなでおろす。


 アレは賭けだった。あのネックレスがダミーかどうかは――実はヒロインがエドワードからの贈り物をどの程度換金したかどうかにかかってくる。現実でいうところの課金ができないこの世界。実家が裕福ではないヒロインがお金を手に入れようとすれば何かを売るしかない。


 エドワードからのプレゼントをある一定以上換金した時点で、あれは模造品になるのだ。

 そして、ヒロインがそのお金をちゃんと実家に送金したかどうかも重要。換金額に対して送金の金額が少ない場合は模造品になる確率が跳ね上がる。送金額が換金額と変わらない場合はエドワードの好感度が跳ね上がる。


 差額はヒロインが着服したということになるから……ゲームでなら攻略対象者へのちょっとしたプレゼントやヒロインが身ぎれいにするためのメイクアップアイテムってこともあるけど――今ここでの話ならそのお金を何に使うかって――もちろんそれはチャームポーションの購入費用だ。一定量のポーションを買う理由は複数同時攻略しかないし、複数同時攻略ならネックレスは模造品。ザッカリーやウェインの様子から、その可能性は極めて高かった。

 俺自身も、あきらかに本来の自分の好みであるプリシラよりもヒロインをかわいいなって思うことの方が多かったことに違和感があったし。


 ゲームをしながらあれこれと横からうるさくバックグラウンドを説明してくれた妹に感謝だ。


 ミチカ嬢はその辺は知らなかったんだろうな……現実世界でのゲームでは普通に課金して、攻略対象者からもらった宝飾品は売らなかったんだろう。当然だけどその方が対象者からの好感度が得やすい設定になっているそうだから。


「ミチカの家は財政が苦しいだろ? 他のプレゼントは売り払われてもいいかと思っていたようだ――でもさすがにこれを売られちゃうのはマズいから。エドワードも、そこまで盲目ではなかったみたいだな」


 とりあえずそう言っておいた。


「他人のことのように言うのだな――」

「他人だからね」


 王様が困った顔になる。俺も困った顔になる。


「お前はプリシラ嬢に当面婚約は解消せん、と言ったそうだな?」

「ああ、あれは――解消してもよかったんだけど、なんかその場の流れで解消したらこの先困りそうだったから? あの子と結婚したいわけじゃないから解消希望ではあるんだけど――解消するにしても手順とか、あるでしょ?」

「解消希望なのか!? うむむ。それにしても――頭の回転も早くなったな――物の道理もわかっておるようだ。別人だなどと言い出すくだりはアホのままだが……今朝までのお前とは思えん――お前、本当に別人か?」


 中身の俺がアホのエドワードとは違うって信じてくれたほうが話が早い。どうにか押し通すか。


「マジで別人です――で、その婚約だけど、ああいう罪を理由に押し切るやつじゃなくて、普通に円満に解消したいんだ。その方がいいだろう? ついでに俺のことは縁切りして叩き出して欲しい――そのためならもう一回あのミチカ嬢にたぶらかされたフリをしてもいいし」


 王様は困った顔のままだけど、俺だって困ってるんだよ。


「だって中身が別人なのに未来の王様とか、かなりの重圧だし、俺、国政とかわかんないし、絶対無理」


 俺には国どうしのあれこれも貴族社会のマナーもまったくわからない。

 ミチカ嬢についてもそういうところは大いにあるんだと思う――常識がないっていうのは、ヒロイン設定が平民よりってこともあるだろうけど、実際にそうで――プリシラの言った通り『分不相応』っていう悪口は、そのままだったんだろう。

 そんなことを考えながら難しい顔をしたままの国王を見つめる。


「とにかく、中身が違う以上結婚はできないし彼女に非はないんだから、円満解消したいんだ。プリシラが王妃になるための人だっていうんならなおさらだ、彼女は賢そうだし、アホのエドワードの相手なんてもったいないだろ? クリスに譲る」


 そう。プリシラのことも考えないと――俺が彼女の立場だったら、なんでよりによってあんな女に騙されるんだよ、ってなるし、こんな男と婚約していたいとは思わない。王妃になりたいんだとしても、相手はクリスの方がいいに決まってる。


 それにエドワードとは別れたがっているみたいだった。

 そして俺も、乙女ゲーの世界から自由になりたい。

 婚約の解消に問題はない――周りの思惑以外は。


「そのまま攻略されて大団円のハッピーエンドでもいいし、サイドストーリーを進めてもいいですよ」

「うまく終了できたら次のストーリーに移れますから! 是非そっちを目指してがんばってください」


 自称神様はそう言った。

 そして、どう考えてもこの流れで俺とミチカとのハッピーエンドはありえない。


 ハッピーエンドが無理だからってバッドエンドにする必要もないだろうけど、とにかく足止めされることなく次のストーリーとやらに移りたい。

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