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53. 昭和のオヤジ

「ダメだ!! 誰が認めようと私は認めない――メアリは私の妻になる人だ!!!」


 横から割って入った声に侯爵の目もとが緩んだ。

 ついでに俺のも。バレないように少しだけ――内心では大いに。


 メアリを手放したくはないが簡単に折れるわけにもいかない、そんな立場の侯爵が黙ったまま待っていたのはこいつのこの声だろうから。


 どうしてもメアリが欲しいのだと主張する声。

 この状況で侯爵自身が折れずとも済み、全てを丸く収める方法――それはこの第二王子が、この茶番の非は自分にあると認めて謝罪し、そのうえで改めてメアリを望んでいるのだと皆の前でオレステ侯爵に懇願することだ。

 そうなれば侯爵は二度と娘をないがしろにするなと忠告したうえで第二王子を許すことができる。大事なメアリを遠くにやらずに済む。

 ついでにここで国王が口添えをすれば、婚約発表の仕切り直しにもなる。

 俺にだって、もとからメアリをかっさらうつもりなんかないんだし、モトサヤを祝福して去ればいいだけのことだ。


 さっさと謝れ、アホ王子。


 俺は余裕の表情を浮かべたまま、待つ。

 待つ――待つ――って、なに、この間。


 謝れよ! さっさと!


 けれど、謝罪の言葉が第二王子の口から出ることはなかった。

 そして代わりに出たのは。


「メアリ! そなたはなぜ黙っている――私を好いていると言ったではないか。そなたが私でなければ嫌だと一言口にすれば済む話を――まさかそなたその口で、私ではなくこの男のもとに行きたいとでも言うつもりか――」


 え? まさか謝る気はない、と? 嘘だろ。


 俺が内心で目を見張ったその時。


「この期に及んでまだ私の娘にいいがかりをつけるかぁっ!!! お前なんぞに娘はやらんっ!!!!!」


 中世ヨーロッパを背景とした乙女ゲーの侯爵が、一瞬で昭和のオヤジになった。


 黒の上下の上に身に着けているのはやはり黒に金糸の縁取りのある上品なフロックコートなのだけれど、なんか、漫画でしか見たことのないステテコ&腹巻が見える気がする。


 申し訳ないけれど、それがかなり鮮明に想像できてしまったものだから、斜め下を向いて笑いの波が収まるのを待たせてもらった。

 そしてさっきよりは穏やかな感情で侯爵を見ることができるようになった。


 俺としては納得がいかないやり方だけど、この人はこの人で精一杯メアリを愛してるんだな――。


「どうやらアーネスト殿下からはメアリ嬢へはおろかオレステ侯爵への謝罪の言葉も望めないようだ――」


 どうにか平静を取り戻した俺の声に、オレステ侯爵がはっと我に帰る。

 俺は静かに、けれど堂々とメアリの前に立った。


「メアリーローザ・マヌエ・ド・オレステ嬢――私は間違いなく阿呆だが、貴女の希望を無視して貴女を自分の所有物のように扱うことはないと約束できる」


 これはさっきからメアリを無視して話を進めようとする父親への言葉だ。侯爵の顔つきが変わる。


「そして自分の非を認めることさえできない愚か者ではないつもりだ」


 これは自分のことを棚上げしている第二王子への言葉。こっちには音がしそうな勢いで睨まれたけど、譲らない。お前は謝ることを学んだほうがいい。

 メアリを得ようっていうなら猶更だ。


「それは私への侮辱か――」

「好きにとればいい」

「王族は簡単に頭を下げたりしないものだ――特に婦女子に対しては」

「頭を下げることが難しいと知っているのなら、頭を下げずに済むように浅はかな行動は慎むべきだ。お前が賢いなら、当てつけに異性を侍らせるような真似ができるはずがない。間違いを認めないのは愚か者と癇癪持ちの幼児のみ――」

「貴様愚弄するか――! 私はメアリ以外の女性を望んだことなど一度もない!!」


 いや、たとえそうでもお前が愚かなのは事実だ。

 ふふん、と鼻で笑ってやった。


「決闘を申し込むなら受けるぞ。ただし後悔しないなら――さすがに騎士団長とは引き分けたが――副団長には勝ったからな。ちなみに僅差だったが魔術師団長とも引き分けたぞ。お前は負けたら何を差し出せる?」


 案の定相手は言葉に詰まった。アホだな。

 そして俺はアホ王子に用はない。


 そう、今の俺が用があるのはメアリだけ――この乙女ゲーの世界を捨てて、一緒に来てくれる可能性はどのくらいあるんだろう。


 ――ウェインのせいで生えた小さな希望の芽。


 流石にひざまづいたりはしないけど、精一杯誠実に聞いてみる。


「貴女が私といることを望むなら、私は貴女を連れて行く。たとえそれがかなわなくとも貴女がこの騒動の責任を取れというのなら誠実に向き合おう。賠償を求めるのなら支払おう。伏して謝罪せよと言うのなら今この場でそうしよう――だが、それが貴女の望みでない限り、私は貴女を連れ去りはしない。賠償も、謝罪も――だからよく考えて教えて欲しい――貴女は(・・・)どうしたいのか」


 これはメアリへの言葉。


 驚きに見開かれたメアリの目に訴える。

 メアリの望むことは、何? 俺に何ができる? 


「だが、あえて先に言わせてもらうが、私との暮らしは貴女の望むものとは大いに異なるものとなるだろう――先にも言ったとおり、私はこの世界に属す者ではない。そして他に誇れるのはこの――呪いにも似た外見のみだ」


 断ってもいいんだ、と。

 俺の申し出を蹴ってアーネスト第二王子を選んだ事実はこれからここで生きるメアリのプラスになる。きつめのしつけ直しは必要だろうけど、本来のハッピーエンドはすぐそこだ。

 父親だってこれからはきっと――自分の思うとおりに愛するだけじゃなくて、メアリの意見を聞いてくれるようになる。


「エド……わたし、わたし――」


 混乱した瞳に頷いた。


「悩むことはない。一人増えたところでたいして変わらないのだから」


 フラれるのは慣れてる。

 フラれたいわけじゃないけど、今の俺はエドワードなんだし、きっとそのうちステキな彼女が見つかるし――たぶん、きっと、いつかは。


 そんな感じで曖昧に笑った俺をメアリはキッと睨んだ。


「エドワード殿下、そのあいまいな笑みですべてを乗り切ろうとする生き方がわたくしにも通用するとは思わないでくださいませ」


 うん。


「そうか。やはりダメか」

「ええ。あなたとともに行くことはできません」


 やっぱりそうだよね。


「では、貴女を私の妻にと望むことはしない――その代わり友人でいてもらえるだろうか?」


 キョトンとした顔――その後ですごくいい顔になった。

 うん。そんな顔が見れたなら、フラれるのもいいか。


「友人としてならばもちろん――いつでも歓迎いたしますわ」

「それは重畳――そうだ、婚約祝いにこれを贈らせてくれ」


 左腕からプリシラにもらった腕輪を外す。


「防毒、防幻惑、防呪――他にもいろいろと効果があると聞いている。この腕輪が反応した時は十分に気を付けてもらいたい。それに、絶対に外さないように」


 濃い青い石の嵌ったそれを、パチリと音を立ててメアリの手首に嵌めた。


「え?」

「――メアリ、私の大切な友人。最後に言わせてくれ。この世界は君が思っているほど安全ではない――自分を大切にして欲しい。それに自分の望みを口に出すことを恐れないで欲しいんだ。どんな小さなことでも悪は悪だし、いじめはいじめだ。相手がそういう人なんだと考えて自分の心を殺し、嫌なことを我慢する必要はない」


 驚いた顔だけど、設定だからとか、悪役だからとか――そんな決まった物語の中で生きるんじゃなくて、もっと自由に、のびのびと生きて欲しい。


 「ああ、そうそう、その第二王子様の扱いに困ったらいつでも私の弟のクリストファーに知らせを――いや、早い方がいいな」


 え、俺? って顔になったクリスの方を振り向いて笑う。


「クリス、メアリをお前の婚約者に紹介してやってくれ。定期的に連絡するように――頼む」

「えっ!?」


 当惑顔のクリスのことは置いておいて、第二王子様にだけ小声で教えておく。


「彼女なら死体の処理もたやすいからな――これ以上私の友人にして恩人であるメアリ嬢を傷つけるようならどうなるか、肝に銘じておけよ。NPCだろうが王子だろうが、人間として必要なことは学べ。人は過ちを認めない人間について来はしない」


 驚きで目を見張った第二王子は――俺の「それともこの場で剣を交えて戦おうか? 面目は丸つぶれだろうがな」の一言で悔しそうに俯いた。

 だけど、「ふん。そんな顔をしたところで結局勝ったのはお前だ。メアリ嬢が選んだのは俺じゃないんだから」の一言でまた顔を上げて目を見張る――アホめ。


「俺なら――。俺なら彼女が俺を選んでくれたら、二度と他の女なんか見ない。大事にしろよ」


 大きく息をして、周囲を見渡す。


「騒がせてすまなかった。これ以上迷惑をかけるつもりはない。ウェイン、クリス――お前たちのことも――突然呼び出してすまなかった。もういいぞ。帰ろう」


 幾分すっきりした気持ちでそう言えた。



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