45. 夏の日々と一瞬の帰省
迷惑をかけているばかりではないということがわかったので、俺はメアリの夏季休暇の終わりが近づいてオレステ家の女性陣が王都に帰る直前までオレステ領にお世話になることにした(マーガレットとルイーズは小躍りせんばかりに喜んだ)。
そしてその間はできるだけメアリと一緒に過ごすことにした。
彼女を作りに街に出るとかはこの国ではもう無理だと思うし、連日、時にお世辞を言うハンサムな動くパンダに徹する。――妙なログが出る回数も激減して一安心だ。
もちろんマーガレットとルイーズの二人は短時間でも俺の傍からメアリを排除しようと画策したけど、エドワードのいる前でメアリをメイド代わりにして用事を押し付けるわけにはいかないし、用事ならいくらでも言いつけて下さいとばかりにエドワードの目に留まりたいメイドさんが控えているし、日中は常にお客様が――自分たちの自慢話のせいでやってきた他の御婦人やお嬢様たちが見ているしであからさまなことはできない。
笑顔でいながらも内心で腹を立てている様子は確かにちょっと面白かった。
何をするにもどこに行くにも誰かしら女性が一緒だけれど、別にメアリと二人にきりになりたいわけではないので、乗馬も散歩も、「ご一緒してもいいかしら?」の言葉は一切断らなかった。むしろ助かるのであまりにも大人数でない限り笑顔で歓迎する。
衣類につけるレースがどうとかラインがどうなんていうわからない好みを聞かれるショッピングも、きゃいきゃいとうるさいカフェでの休息も、ここにいる間だけのことだと開き直ってつきあった。
だって、彼女たちがいないと誰と一緒にいることになるかって――マーガレットとルイーズは、片方は既婚者だしもう一人は婚約者がいるというのに、エドワードを見る目はじっとりしている――一緒にいたくない。「お客様」である婦人たちに遠慮しておとなしくしてくれているけど、日々狙われてる感が強くなっているのは……気のせいじゃないと思う。
他の女性たちは、始終ご機嫌だ。――最初のうちは俺と一緒で本当にいいの? って聞きたくなったけど、じきに、相手の話ににこやかに頷いていれば(たまにまじめな顔や気の毒そうな顔を挟むとなおよしで、内容はあんまり聞いていなくても)いいのだということがわかった。
それだけで満足していただけるんだから……イケメンって世渡りが楽だ。
まあ、メアリにはあとから「キャサリン嬢の話、聞いてた?」とか「あなた顔だけで会話を乗り切る癖はつけない方がいいわよ」とかって言われるんだけど。
俺の返答はいつも同じで、「まあまあ、今だけのことだし」だ。
王都に帰ったあとは、じきに学校が始まる。そうなればメアリは学校付属の寮に入る。
あの二人と過ごす必要もなくなってオリヴァーの負担は減るし、パンダな護衛もお役御免だ――。
そんな感じで夏を過ごし、メアリたちの王都行きが一週間に迫った夜。いつものように夕食後の歓談をしていたら、メアリが言った。
「エド、あなたはここを出たら他の国に行くんでしょう? また変質者だと思われないように気を付けてよ?」
苦笑だ。
「ああ、次はへまをやらないように気を付けるよ」
俺も苦笑。
ロリコン疑惑は一度でたくさんだ。
「そうね。十分気を付けて頂戴。おかげでイベントを一つ逃しちゃったみたいだわ」
?
首を傾げた俺にメアリが笑う。
「この夏の間に姉とわたしの婚約者がお忍びで領地に遊びに来るイベントがあったハズなのよ。でも、忙しかったせいで――消えちゃったみたい」
「それは……ごめん」
素直に頭を下げる。この家が客人を迎えられない状態だったのは間違いなく俺のせいだ。
「いいの。、知っていたのはこの世界で次に何が起こるかを知ってるわたしだけなんだもの。身分を隠しての突然の訪問。サプラ~イズ! ってやつ。まあ、厳密にいえばわたしにはサプライズにはならないんだけど」
そう言ってはくれてたけど、ちょっと寂しそうだ。
「でもごめん――せっかくのイベントだったのに」
メアリはちゃんとこの世界で着々と自分の立ち位置を積み上げていたらしく、意地悪な姉ルイーズ(すでに卒業済み)の邪魔に屈せず、その他の悪役令嬢(はやっぱりいるけど、転生者ではないらしい)のいじめにも屈せず、ちゃんと意中の王子様を射止めていた。
確かに、サプライズイベントなのにイベントが起こることを知っているのは――それはおもしろいのか? って思うけど、メアリにとっては大切なワンシーンなんだってことはわかる。だから重ねて謝った。
「いいのよ。もっと楽しいサプライズがあったから。まさかこの国で『バラの国の王子様』が彷徨っているとは思わなかった」
楽しそうな声に俺の目が半眼になる。
「グランヴィル、だ。妙な呼び方をするな」
だけどメアリはまた笑う。俺も諦めて笑う――笑えるなら、笑った方がいいし。
「メアリには本当にお世話になったし、困ったときは助けになるから覚えといて――って、俺がここにいられるときになら、だけど」
あとちょっと、の気楽さで簡単に約束を口にした。
メアリも同じだったみたいですぐに頷く。
「ありがと。わたしたちは予定通り来週にはここを出るわ。あなたもそのつもりでいてちょうだいね。おやすみなさい」
ひらひらと手を振ってメアリが出て行く。
「おやすみ」
戸口で振り返った笑顔に同じように手を振り返して大きく息を吐いた。
あと一週間だ。がんばれ、俺。
自分がいることでメアリが狙われなくなるのなら――あと一週間、らしくないふるまいをしながらご婦人たちのパンダでいるくらい、できる。
穏やかな笑みを顔に乗せたまま、あたりさわりのない会話に付き合って、伸ばされる手を交わし、時には逆にその手を捕まえて害のない顔で――いやむしろが害がありすぎな顔で笑って見せるくらい――たとえ連日ベッドに入ってから妹に呵々大笑される悪夢にうなされ、「忘れろ、俺。ここに亜希はいないし、アレは俺じゃなくてエドワード、エドワード」って呟きを繰り返してそれでも眠れずに寝不足だったり、毎朝与えられている部屋から出る前に、「こっから俺はエドワード、エドワード、エドワード……」って呟いて、王子様モードを取り繕わなければならないとしても。
そんなこんなで、一週間――メアリたちが王都に帰る日、俺は自分も同じように荷物をまとめた。
って言ってもほぼアイテムボックスに収納して終わりなんだけど。
長々とお世話になったことに礼を言い、執事のオリヴァーにもしっかり頷いてオレステ侯爵家の領地を後にする。
そしてむかうのは――非常に不本意ながら、二度と帰ることはないと思っていた母国、ローズ・ドゥ・グランヴィルだ。
国王に会うと面倒なので王宮は避けて、転移でそのままサザーランド伯爵家に潜り込ませてもらう。
サザーランド伯爵家。そこはかつて俺を見限って弟に付こうとした友人、ウェイン・アーネスト・サザーランドの実家だ。
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