43. オレステ侯爵邸 女性陣
メアリから、この館にいるのは女性ばかりだと聞いていた。
男性たちは『かよわい女性たちには避暑が必要だ』と労わる体で妻や娘たちを裕福なオレステ侯爵家に押し付け、オレステ領で過ごさせて、その間『秋から始まる議会の準備がある』から、という名目で王都で羽を伸ばしているのだそうだ。
……サロンになだれ込んできた女性たちを見れば、そうしたい理由はわかった。
女性たちの年齢は様々だけど、華やかな格好からして全員貴族。化粧も濃いし、香水のにおいもきついし、何よりものすごくうるさそう。
俺は相手を呆けさせたまま――つまりにこやかな笑みを保ったままで紹介を促した。
「レディ・メアリ、こちらの方たちは?」
一人は見知った顔だし、あらかじめメアリに聞かされていた話からだいたい予想はつくけど、一応聞くのが礼儀。
メアリは小さく礼をしてから順に、どうにか魂を取り戻した女性たちを紹介してくれた。
曰く。
「アッシュ卿――ご紹介させていただきます。こちらは母のマーガレット・モニーク・オレステ。隣が姉のルイーズ・サラ・オレステ。こちらが叔母のジョイス・ソーニャ・キンバリー。キンバリー家はうちと同じく侯爵家ですの。毎年避暑はここで過ごしているのです――で、そちらが従妹のマリアン・レーン・キンバリー。それから、こちらは同じく我が家に滞在中のキャスリーン・アンナ・ショーレ様。ショーレ伯爵家の奥様です。ショーレ家は隣領ですの。で、そちらがお嬢様のアリシア・ダイアン・ショーレ嬢と妹の――」
メアリの言葉をそこから引き取った。
「ああ、マリエラ嬢――だね? 先日はこちらの常識に疎い自分の不手際でとんだ失礼をしてしまったようだ――申し訳ないことをした。かわいらしいお嬢さんに声をかけてもらって嬉しかったことは否定しないが、二度とあのようなふるまいはしないから安心して欲しい。君も気を付けるんだよ? 相手が私のように無害とは限らない。見知らぬ男性に声をかけるのは――危険なこともあるのだから」
さっきも見かけた、先日脱兎のごとく逃げた少女は顔を真っ赤にして――泣くのか怒るのか――まあとりあえず自分にはそういう意図はゼロだという意思表示はした。身体の向きを変えて母親だという女性にも謝罪する。
「マダム・ショーレ、先日の私のお嬢様に対する失礼なふるまいを謝罪いたします。一言だけ弁明させていただけますなら、私は幼い少女を誘惑するような人間ではないと――それだけはお解りいただきたく存じます」
エドワードになりきったつもりで手を取って、手の甲にキスをするフリ(・・)つきで頭を下げる。女性ってなんでかこういうの、好きだよね。やりたいわけじゃないけど事前打ち合わせでメアリにもやれって言われたし、ここは我慢だ。
そういえばプリシラも俺がへりくだってみせるのを喜んだなあ……。
「――後ほど伯爵にも正式に謝罪をさせていただきたく、奥様からもその旨お口添えいただけると助かるのですが――」
そこで顔の向きだけ変えて下から真剣な顔でじっと見上げて頼めば、はい。こんな感じで。
ぽやん、と目元を染めた奥様が、
「ま、ま、まま、ま、まあ、ご丁寧に――あ、りがとうございます。謝罪などと――そんな――そんな、が、外国からいらした方がこちらの常識に疎いのは、当然で、ございますもの、小さな思い違いが生じただけでございますし、夫には誤解だと話しておきますので――む、娘もそのくらいはきちんとわきまえられますわ、ね、マリエラ? そうでしょう?」
って、どうにか先日のちょっとした(ともすれば牢屋に入れられかねない)事故を小さな思い違いに訂正する発言をはっきりと口にしてくださいました。ありがとうございます。
娘さんの方も、あきらかな子ども扱いにまだ泣きそうな顔はしているものの、母親にそう言われれば同意するしかないわけで。あとは父親がどう出るかだけど、とりあえず身の潔白はすでに証明されているわけだし(さっき魔術具でステータスは確認済みだから)一安心、でいいかな。
「寛大なお言葉痛み入ります」
ダメ押しにきゅっと奥様の手を握ってから離す。こんなもんでいいか。
元の姿勢に戻ってからメアリを促せば、ちゃんと心得た感じで俺のことも紹介してくれた。
「みなさま、こちらはアッシュ卿です。外国からのお客様で、争いが少なく文化の発展したこの国を視察中なのだそう――本来であれば身分と出自は一切伏せたままでとのことだったのですけれど、みなさま噂のことはご存じでしょう? そのような事態につき先ほど特別に身元を確認させていただいた次第ですの。危険な方ではありません。既に父には使いを出しましたが、この方の身分と出自につきましてはみなさまにお伝えすることはできません。けれど侯爵家が保証いたします。ということですのでみなさま、くれぐれも失礼のないようにお願いいたしますわ」
はっきりした身分を明かさないままでも、メアリが遜っていることから俺の身分は想像できるはずだ――少なくてもメアリと同等の侯爵家以上じゃないか――と。
俺もメアリの言葉に鷹揚に頷いて、今度は母親だという女性に向き合う。
「マダム・オレステ、領地内をお騒がせして大変申し訳なかった――市井の暮らしを知りたかったのだが、勝手が違うせいでこちらの国の方たちを困惑させてしまったようです。メアリ嬢に助けていただかなかったら今頃はどうなっていたか。心から感謝いたします」
さっきのマダム・ショーレ同様に手を取って頭を下げ、それなりに長く目を合わせてからメアリの方を向いてもう一度笑顔を作る。
「私が外国人であることとそれに端を発する心得違いに気づいてくださった――実に明敏なお嬢様ですね。また、噂が落ち着くまでこちらに滞在するように勧めていただきました――領地を騒がせたこの身に対して実に寛大な申し出でもある。けれど、」
笑顔を消して目を伏せる。
こんな感じでいいかな。
「公に身分を明かせない自分の様な者を抱え込むのは、ご迷惑では?」
遠慮がちな感じでもう一度視線を上げる――と、はい。こんな感じで。
ぽやん、と目元を染めた奥様(その二)が、
「ま、まま、ま、まままあ、そのようなこと、お気になさらず――あの、もちろん、お、お好きなだけ、滞在していただいて構いませんのよ。夫には、わたくしからも話しておきますので、遠慮なさらずに、ええ、ぜひ」
って、メアリの申し出を確約してくれた。
なんかさあ、全部メアリとの打ち合わせ通り、勧められたようにやっただけではあるけれど、エドワードの外見って、ホントダメだと思う。こういう人間を生かしておいたらダメだと思う。今すぐ抹殺した方が人類のためだと思う。ホント腹立つ――って、ダメだ。中身、俺だ。
だけどさっさとハッピーエンディングを迎えさせて新しい人間に転生させた方がいいと思う……絶対。
かくして、オレステ侯爵邸に軟禁状態で噂が沈静化するのを静かに待つ――はずが。
「なあ、メアリ? ……俺は人間のつもりでいたんだけど、本当は動物園のパンダだったっけ?」
うんざり感の漂う声。
「……そうみたいね。まあ、珍獣には違いないと思うわ」
答えるメアリの声は笑いを含んでいながらもどこか投げやり。
噂が全然沈静化していないからだ――噂の主旨は変わったけど。
「それにしても――メアリはずいぶん『お友達』が多いね? お姉さんも、お母さんも」
俺の声もからかう調子を残しつつ投げやりだ。
「……わたしも自分にこんなに友人がいただなんて知らなかったわ。一応言っておくけど、オリヴァーが追い帰している人の方が多いわよ」
メアリは首を振って目を閉じた。
これで滞在一週間。
本来ならそろそろお暇を、ってことになっていたはずなのだが、出て行けない。
そして連日のように押しかける自称:お友達、の女性たちの量が半端ない。
オレステ夫人とルイーズ嬢とその友人たちが、領地に滞在中の極上のイケメンの噂を盛大にまき散らした結果だ。
攻撃力が高すぎるらしい完全なエドワードモードはやめて、見苦しくない程度の恰好に戻したというのに――すでに手遅れ、迷惑千万。
この世界の人間は基本恋愛に『超』前向きだし、珍しいイケメンは侍らせるには最適の存在らしい。訪問客の行列ができるほどに大人気だ。
たまたま家人に会いに来て、「最近どう」って話のついでに噂の主に言及し、それなら本人が見たい、そうとなれば紹介を――って一応そういう体を取ってはいるけど、どう考えても最初からエドワードを見るのが目的だし、もう、すごく面倒。中にはわざわざ遠くの領地から来る人もいて、そういう人たちは『二、三日滞在したいわ~』なんて話にもなって、領地にある侯爵家の邸はてんやわんやだ。別邸まで開放し、それでも部屋数が足りなくて街の宿に泊まっている人間もいるらしい――。
……自分で怖い。エドワードの姿って実はやっぱり呪いじゃなかろうか。