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41. 拒否りたい世界 その二

 五つの選択肢はどれも大いに楽しんでもらえたようで――フードを引き下ろしたままの俺を前に、メアリは何度も笑いをこらえる様子で目をそらした。

 まったく、他人事だと思って。

 まあ笑えるだけマシか――そんなことを考えながらすっかり冷えたお茶を飲み干してお代わりを頼んだ。


「いいじゃない――国王陛下に継ぐ最高位、でしょ? さすがの転生者……ぷくく」

「位はともかく、『外見だけで中身はゼロ』だって明言してあるんだぞ? 誰が見せたいと思うんだよ」


 俺のその言葉には気の毒な顔だ(でもちょっとだけ)。


「だけど、これだけはっきり指定してあるからには『王子』なのは確実なのね~。ちなみに、どこの国?」

「……」


 あきらかに言いたくない顔になった俺に、メアリは『しかたないじゃない』って顔をした。


「いまさら、でしょ? どのゲームなの?」

「…………ローズ・ドゥ・グランヴィルだよ」


 メアリの目が思いっきり丸くなった。

 で、ぐっと吹き出すのをこらえた。顔が真っ赤になってる――ってことはつまり知ってるってことだ。

 もう一度ため息――。

 今まで自分では一度も口にしたことのなかった母国の名前、それはそのままあの乙女ゲーの主題だったりもする。


 『グランヴィルの薔薇~煌めく恋、極上の愛、咲かせます~』


 ああもう、コンチクショウなあのタイトル。ふざけてんじゃねーよバカ野郎、誰だよあのこっぱずかしいタイトル考えたやつ、会えないのはわかってるけど会えたら絶対ぶんなぐってやる!

 ミチカはサブタイを略して『キラ☆恋』って言ってたし、そう呼ばれることが多いらしいけど、マジ恥ずかしい。


 妹情報によれば、このタイトルにもあるローズ・ドゥ・グランヴィル=うっすらとピンクがかった白いバラの花、は実在するらしい。

 モチーフになった貴婦人がいて、ゲームの背景は彼女が生きていた近世フランスのブルボン朝。きらびやかなヴェルサイユ文化が発展する反面、戦争も多かった――だから騎士団も豪華。政治は絶対王政で王族の権力が強いからこそ、身分に胡坐をかいて婚約者を断罪しようだなんてアホ王子も誕生するってモノ。

 乙女ゲーにピッタリの背景。

 魔法なんていうファンタジー要素も入ってるし、どこまで史実を取り入れてあるのかは知らない。

 だけど、とにかく美意識の設定がそのままだったりしたら恐怖だった。――男性であっても塗りまくりの化粧や付けぼくろとか、衣服はタイツとか――そこが現代仕様なのだけは助かった……マジ勘弁。あんなのだったらこの世界を全力で拒否したと思う。


「……エド、ってことは、エドワード王太子、なのよね? あなた……ここにいるってことは、あれ、やったの……?」


 タイツじゃないことに安堵していたらメアリが震えながら聞いた。

 はいはい。またか。


「やったよ――待て! 次の質問はするな!!」


 聞かれる前に止めた。


「俺に乙女ゲーを楽しむ趣味はないし、やったのはゲームクリエイター志望の妹に大人気王道乙女ゲーとやらをプレイした男性サイドの意見を聞きたいって頼まれたからで、正直な感想は当然『いくら画像がきれいでストーリー性も高くても男を落としてもまったく楽しくないし、男に口説かれるとゾッとする。やるならたとえクソゲーでもエロゲーの方がはるかにまし』だった。それに俺がプレイしたのはR15の正規ルートを一回のみだ。いいか、俺の心を抉る非常識で不愉快な妄想は一切するな――いや、妄想したいならするのは止めないが、心の中のみに留めておけ。口に出すな。顔にも出すな。ちなみに俺の本体はエドワードとは似ても似つかない超ブ男だから、たとえなにか妄想されたとしても痛くも痒くも――今はこの見た目だからまったくないわけじゃないけど、とにかくメアリの妄想には登場しないから気にしない!!」


 ずっぱり言い切って、「この世界に来たのも俺の希望じゃない。俺の本体は事故で即死。直前にやってたってだけであのゲーム世界に放り込まれた被害者だ」と追加させてもらった。


 メアリはしばらく目を白黒させていたけれど、


「それは……大変だったのね」


 と、無理やり(・・・・)作ったらしい気の毒そうな顔で頷いた。

 まったくだ。


 その後どうにか話を続けられるだけの気力を取り戻した俺は、同じくどうにか笑いと葛藤をひっこめたメアリに説得されるままに――とにかく『犯罪者』ではないことだけは絶対に証明しておくべきだということになって、噂がちゃんと否定されて周囲が安全になるまではメアリのお世話になることになった。

 密入国のこともあるし、とにかく一度魔術具を通したステータスを確認してから――で、妙な記述が現れてもごまかせるように『身内』の、つまり侯爵家に連れて行って確認すれば、法務部に届け出をするにも楽だし犯罪者ではないことも証明できて一石二鳥。


 ということでおとなしく連れて行かれる――うん。遠巻きにではあるけれど、再び俺たちを発見した侯爵家の騎士さんたちがしっかり張り付いていて、気分はまさに連行・・って感じ。

 ちょっと情けない感じで誘われるままに通用門近くのカフェに入った。

 騎士さんたちは俺たちがカフェに入るなり姿を消した。

 つまり、ここは侯爵家の息がかかった場所なんだな――。

 周囲を窺えば、そんなに高級って感じではなくて、だけど貴族が入ってもおかしくはない――そんな店構え。

 メニューの下に隠すように、鍵を渡された。


「エド、そっちから奥に行って階段を使って上に行って――そこで本来の恰好に着替えてくれる? わたしもちゃんとした格好に戻らないと邸には帰れないし。着替えたらこっちには戻らないで西側の階段を降りてから裏に出て、その先の通路を進んで藍色のシェードがついているドアから奥の喫茶店に入って――座って待ってて――何?」


 慣れているらしいメアリは何でもないことのように言ってくれたけど。


「……本来の恰好って」


 収納魔法アイテムボックス持ちだってことも話したから、俺が着替えに困らないってわかってるメアリは容赦ない。

 だけど、着替えを持っているのは確かにそうだけど、アレには『着替えたくない』って俺の意思は。


「ひらひらキラキラした七五三みたいなヤツは嫌だ」


 七五三、でメアリはまた笑いそうになって、それでもぐっとこらえた。


「我慢我慢。それなり(・・・・)に見えないと困るもの。――キラキラしたのが嫌なら軍服的なのはどう? 絶対あるでしょ?」

「……あるけど、着るのが面倒くさい。重いし、首回りが窮屈で嫌いだ」


 制服萌えってやつ――軍服系は外せないそうで、それなりにある。


 まあ、俺も自衛官の正装とかを見るとかっこいいなって思うからわかるけど――だけど実際着るとなれば別だ。慣れていないと詰襟は結構苦しい。しかもここのやつは着心地より見た目重視だからかなり襟が高いし。

 まあ、エドワードは首も長いんだけど。


「……選んであげようか? 貴族だっていう第一印象は重要よ?」


 楽しそうにそう言われて、苦虫をかみつぶしたような顔でかぶりを振って二階に向かう。

 しかたない。

 アイテムボックスの中から適当に一着ひっぱりだして溜息。

 選ぶのも面倒だからこれでいいか。


 シンプル系なのにどう見ても飾りの多過ぎる(しかもけっこう重い)衣服は、ミチカに「エドワード様との出会いスチルのっ……これだけはっ……!! これだけはどうしても持って行ってくださいっ!! 他の人がこれに袖を通すなんてっ!!!」って泣きつかれて、俺自身もまあ、困ったら売ればいいか、なんて考えのもとに詰め込まれた数十着(なにが『これだけは』だ)の中のひとつだ。

 アイテムボックスがなかったら絶対持ってこなかったし処分してた。っていうか、もっと早く手放しておくんだった。もちろん二度と着るつもりはなかったし、ついでにそんなものが入っていることも記憶のかなた――だったのがまずかったのか。


 はあ。


 白シャツの襟も高いのはクラバットって呼ばれてるスカーフみたいなものを結んで宝石のついたピンで留めるためだけど……省略してもいいかな。銀灰の上着の肩と胸部にはぶっとい金糸で作られた飾り尾がついてるし、袖口の折り返しにも金糸で刺繡が――自衛隊のお偉いさんの式典だって絶対こんなの着ない――これらは縫い付けてあるから外せないけど、まあ、十分に偉そうで貴族的では……ある。


 でもさ、結婚式の新郎だって着ないよ? 一生笑われるよ?


 とりあえず着てみて――おそるおそる室内の全身鏡をのぞいて思った。


 ……くそ。

 …………似合う。

 これで中身が自分でさえなければ。


 久しぶりの正装ならぬ盛装とでもいえそうな恰好に、今すぐ脱ぎたい居心地の悪さを覚える。


 鏡にもう一度目をやって「これはエドワード、これはエドワード、あくまでもこれはエドワード」と繰り返すうちにちょっと落ち着いてきた。

 毎度のことだけど、こいつ脚長……腕も。そして無駄に超イケメン。

 このところの不摂生をものともしないつやつやの肌と輝く金髪、南の海の様な瞳。

 ちょっと不機嫌な表情がまた――誰が落とすか賭けが生じるのも納得の美男子ぶりだ。


 ふと思い立って鏡に向かってちょっと笑いかけてみたら背中がぞわっとした。

 ……まあ、最近鏡を見てなかったし(こいつ、ひげが生えない設定らしい)、自分のものとは思えない男の顔で笑いかけられたら、いくらイケメンでもぞっとするか。

 アホなことをしたな……orz。


 しっかし、なあ……。

 久しぶりに直視した自分エドワードの姿を見て思う。


 この格好で外に出て大丈夫だろうか。


 目立たない旅装状態でさえアレだ。王子の状態で護衛の騎士とか婚約者とかがいてくれないとどうなるかって――それはやったことがないけど、当然やりたいとも思わない。


 「ま、ダメだとなったらメアリが止めるだろ。いざとなったら転移魔法でとんずらしよう」 


 呟いて、言われた通りに外に出て、奥の喫茶店に入る。

 この格好でこそこそしているわけにもいかないので――でも、目立ちたいわけでもないので、少しだけ速足であまり目立たない奥のテーブルに席を取った。

 あっという間にやってきたウエイトレスさん(やっぱ目がハートだ)には「待ち合わせだから後でいい」と注文を断る。

 去りがたい様子でそれでも戻ってくれはしたけれど、店の奥から熱い視線が……はあ。


 彼女だけじゃない。店内の女性客の目――あからさまではなくとも、動物園のパンダより熱心に見られてる。

 どうもこの格好だとキラキラ度が倍増する気がするんだよな――。

 それでも寄ってこようとはしない。同じくこの格好のせいで簡単に声をかけていい相手じゃないってのがわかるからだろう。

 いいんだか悪いんだか。

 まあ、居心地が悪いことに変わりはないんだけど。

 また心の中で「今の俺はエドワードエドワードエドワード……」って繰り返しながら待つ。


 メアリが来たのはすぐに分かった。――だって本当に落ち着かなくて、すぐに席を立てるように気をつけていたから。

 急いで立ち上がって顔を向けたら、メアリもちゃんとした『ご令嬢』になっていた。

 豪華ではないけれど、落ち着きのある上品なドレスと結い上げた髪。メイクもさっきまでとは違うのがわかる。


「オレステ嬢――で、いいかな?」


 エスコートの手を差し出しながらそう聞いた。

 だってこの状態でいきなり『メアリ』はまずいってわかる。


「……」


 ? 返事がないな? なんだ?


「……『メアリーローザ』とお呼びください。『メアリ』でもかまいませんわ」


 メアリはかなり長い時間ためらった後で口調を改めてそう言った。

 いいの? いや、ダメだろ。


「ではレディ・メアリ、と呼ばせていただいても?」


 ここがメアリの転生先の乙女ゲーなら、あんまり馴れ馴れしくするわけにはいかないし――当然本来の攻略対象者がいるんだろうから。

 だけどメアリは友達だし、『愛に生きるレディ』らしいし、そのくらいならいいかな――そう思って『レディ』をつけてみたら、小さく睨まれた。

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