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30. 極振り、の罠

「どうしたもんかな~」


 そう呟きながらこの世界ではごくありふれた宿屋(とはいってもテーブルや椅子の形がしゃれているし、テーブルには小ぎれいなメニューも置いてあってウエイターやウエイトレスたちにもモノトーンの制服がある――つまり俺の希望するアドベンチャー系とはやっぱり違う)の一階にある食堂のカウンターに座り、一夜の宿ととりあえずの夕食を頼む。

 注文を取りに来たウエイトレスの女の子が俺の顔を見て呆けて立ち尽くしたので「頼んだよ?」と追加で声をかけた。


 ハッとして店の奥に駆けて行った女の子はわかりやすく赤面していた。

 そういう反応はかわいいと思う。


 あの子、声をかけたら彼女になってくれるかな。ずいぶん若そうだったからダメかな。


 そんな不届きな(でもないのかな?)ことを考えながら首を振る。


「それにしても、『極上でラブラブ』の『ハッピーエンド』って、どうしたらいいんだろうな……」


 つぶやいてあたりを見回す。

 恋愛って、その辺りにいる女の子に適当に声をかけるような始まりでいいのだろうか……って、え、ちょっと待て、声をかけるのか!? 誰が? 俺が!? え? どうやって?

 自慢じゃないけど、そういうつもりで女性に声をかけたことなんてこれまで一度もない俺は、カウンターの椅子の上で一人、内心で大いに慌てた。


 だって顔が鬼瓦だったし。

 いや、それ以前にそういう出会いじゃダメっぽい気がする。でもだからってどうする? 偶然による運命の出会い的なやつを期待する? でもそれっていつになるか――。

 そんなことを考えつつ、夕食が出て来るのを待つ――その注文した品物が届かないうちに、両隣に……お姉さんたちが座った。


「はあい? お兄さん一人?」

「ねえ、今夜は暇?」


 艶っぽい声にどきっとする。

 もう、男と生まれたからにはそこはデフォだし。


 だけど。


 確かに一人だし、暇っちゃ暇なのかもしれないけど今の俺はそういう感じじゃなかった。だって『極上でラブラブ』の『ハッピーエンド』を迎えてくれる恋人を見つけないとダメだから。

 なんでここで難易度の高い設定がくるんだよ。どうやったら見つかるか皆目見当がつかない。あなたたちのどっちかが俺の運命の恋人だなんてことは――。


 うん、なさそう。


 困ったまま両隣に目を向けてぎくりとした。赤毛と黒髪のなかなか美人なお姉さんたちなんだけど、なんか目が怖い――ような。

 これは俺、たぶん狙われてるってやつだ。

 これまでの人生にない展開に戸惑いつつ、昨日までとは違うんだってことを実感した。


 ミチカとプリシラと護衛の兵士たちがいないとどうなるかって、こうなるんだな……。

 ナイスバディのお姉さんに声をかけられて嬉しい気持ちは確かにあるけど、ため息が出た。

 この二人は『極上でラブラブ』の『ハッピーエンド』の相手じゃないよなぁ。


「すみませんが今日は一人でいたいので」


 頭を下げて断った。

 一人は「気が変わったら声をかけて?」と俺の右腕から肩までをゆっくりと撫であげてから離れてくれた。ちょっとドキドキ。

 もう一人は「あら、じゃあ明日はどう?」と話を続ける模様――。


「明日のことはわからないので。すみません」


 もう一度断ると今度はこっちの人も離れてくれた。

 しつこくない人たちでよかった。

 胸をなでおろしてもう一度正面に向き直る。


 どうしたもんかなあ。


 異性とのそういう出会いなんて全くなかった鬼瓦時代を思い出しつつ、頬杖。

 そういえば鳩ポッポは『転生は本来の人生で不条理な苦しみを味わった人や、本来なら楽しめたはずの人生を失ってしまった人たちへの救済措置』だって言ってた。つまり、あのまま生きていたら俺にも楽しい人生があったのかもしれない。顔は鬼瓦でも。……それとも鬼瓦の顔に生まれたことが俺サイドの『不条理な苦しみ』とやらだったのか? とりあえず成績も悪くないのに就職の面接試験に落ち続けたことだけは、間違いなく不条理だったと思うけど。あと、性格も悪くないはずなのに彼女ができたことがないのも。


 だけどあのまま生きてたら、苦労はしても、ちゃんと就職もできていたのかもな――今さらだけど。

 それにあらためて思うのは妹のことだ。

 ちょっとため息が出た。

 まあ、俺がこうやって死後に新しいイケメンの人生を歩んでるって知ったらあいつは喜んでくれるだろう。


 だけど『極上でラブラブ』はやめて欲しかった。ハードル高過ぎ。

 あいつは俺に何を望んでる――俺に何ができると思ってるんだ。


 いや、わかってる。求められているのは『伴侶を得て幸せに』なること、だ。

 俺だってそこには異論はない――ないんだけど。


「せめて『乙女ゲーの世界で』ってのはやめて欲しかった……」


 どうせならエロゲーにして欲しかった……ってのは心の底で呟いて、ため息をまた一つ。

 ――それはそうとご飯まだかな。そう思って周囲を見回したら――頼んだ食事が出て来ないのにまたしても。


「相席、いいかしら?」


 って艶っぽい声。

 丁重にお断りしてから、今さらかもしれないけどフードをかぶって顔を隠した。女性の方から声をかけてくれるんだからもったいないんだけど、新しい事実がいろいろわかったばかりだし今夜は落ちついてじっくり考えたい。

 まずは――自称神様の鳩ポッポに衝撃的な事実を告げられまくって呆然となっていたせいで自分の外見のことがほったらかしだったんだけど、これからは顔を隠しといた方がいいんだろうな。中身は俺でも『極振り』してあるんだし。

 そう考えたらちょっとため息が出た。

 今さらだけど、エドワードの見た目はかなり異性を惹きつける。ミチカもプリシラもいない以上「外見に極振り」してある俺は自分のことは自分で注意しないとダメ――ガチでモテたことのない自分にはまだまだ慣れない感覚。

 もう一つため息。

 そこに注文した夕食と部屋の番号が彫られた札の付いた鍵を持って、さっきのウエイトレスの子が戻ってきた。まだこの顔に当てられたままなのか、ちょっと挙動不審。

 心配しなくても年齢的に君を部屋にお持ち帰りとかしませんよ~? それとも期待してるのかな? まさかね。さっさと食べて部屋に引っ込も。


 と思ったんだけど。


 料理を前にしたら、今度はプリシラにもらった腕輪が反応した。

 つまりこの食べ物には、なんか入ってる――ってことだ。


 スプーンを持つ手が止まった俺を見てカウンターの奥の店主がゆっくりと動きを止める。

 呼び出したステータス・ウィンドウには『策謀』の文字。


 これはダメだ。


 食べずに引っ込もう。食べ物ならアイテムボックスにいくらかあるし。

 本心では納得がいかなかったけど、国境の町で騒ぎを起こしたいわけじゃないので黙って我慢することにした。だってステータスがステータスだから、役人とかを呼んで調べられたくないし。


 手つかずの夕食の代金をカウンターに置いて部屋に引っ込もうとして――。


「ねえ、一緒に部屋に連れてって?」


 腕を取られた。

 さっきとは違う人だ。


「ダメです」


 ステータスウィンドウなんか見るまでもない。疲れた。

 はっきりと断って、これ以上誘われたくなくて足早に階段を上り、部屋番号を確認して与えられた部屋に飛び込んだら――中に入った途端、まただ。


 腕輪がほんのり熱を帯びる。

 お香っぽい匂いがしている……つまりこっちにもなんか仕込まれたらしい。


 ミチカのスキルで大抵の毒や薬は無効化できるんだけど――その薬が効いた時にやって来る誰かを返り討ちにするのが面倒だし、本当に騒ぎは起こしたくない――。

 ため息をまた一つ。


「顔が(ものすごく)いいってのも困りものなんだな……」


 荷物を下ろすこともせず、そのまま外に出て階段を降りる。カウンターに直行して、気が変わったから泊まらない、と伝えたら明らかに店主の様相が変わった。

 薬で動けなくさせて、かどわかしてどっかに売っぱらうつもりだったかな。


 鍵を返して宿屋を出る――フードを深くかぶりはしたものの、今度はすぐに尾けてくる人間がいることに気がついた。

 プリシラのアビリティのおかげだ。

 感謝してからまた息を一つ吐いて、路地裏に引っ込んだところで転移魔法を使った。


 とりあえずこれで一安心。


 今度は最初からフードを深くかぶり、顔は出さない。人もそんなに多くない所にある小さな宿屋に一泊の部屋と食事を頼んで、今度こそ静かに食事を終えて部屋に引っ込んだ。

 ベッドに転がってステータス・ウィンドウを睨みつける。


「外見に極振りしたアホ王子(一応元)」


 こいつがマジで忌々しい。

 それが一日目だった。

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