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3. そういうことってどういうこと

「そういうことでよろしいのですね」


 再び女性の声が響いた。

 なかなか落ちついていて立派な振る舞いだ――これがゲーム通りの夢なら、彼女は弾劾されている最中だろうに。視線も姿勢も揺るぎもしない。

 表情はあくまでも冷静で、内面の動揺を表しているのは――微かに震える唇だけ。


 ゲームのシナリオ通りなら、この美人が悪役令嬢だよな。で、主人公は――って、ちょっと待て。


 主人公。シンデレラポジ。

 あのヒロイン。ふわふわのピンクの髪で、つぶらな瞳が特徴の……つまり。


 引き気味で見下ろす。

 間違いない。


 俺の左腕にひっついてるこいつ――!?


「……」


 衝撃で顎が落ちた。


 つまり、今の俺のポジションって……うわ。最悪。

 断罪する側の最高位、王子ってやつだ。

 そう思って改めて自分を見おろせば、濃紺に銀糸をふんだんに使ったゴテゴテしたジャケット。

 ピカピカに磨かれた曇りのない靴は履き慣れたスニーカーとは程遠いし、就職活動用に買った革靴だって及びもしない高級品。


 だけど、俺の感想はシンプルで。


 イタい……。

 鏡とか絶対見たくない。なんか今すぐ消えたい。

 七五三以来の……黒歴史、トラウマになりそう。


 あとで落ち着いて考えれば、俺はここに来た時点で既にそれらが似合う王子様の外見になっていたのだが、この時の俺の頭ではそんなことは全く思いつかず、ゴテゴテキラキラした衣装を着せられた『本来の自分』の姿しか思い浮かばなかった。


 涙目になったところで、頭の中に元気のいい女性の声がリピートされた。


「宝くじに当たったようなものなのに」

「全然やってくれる人がいない」


 たしかそう言っていた。


「転生先なんですけど、不人気で困ってたんです」

「冒険とか、バトルとか――男性的にかっこいい職業がいいって」


 そりゃそうだろうよ――。


「一番最近やったゲームの世界ですよ。覚えてますよね?」


 俺が嫌だって言った、『一番最近やったゲームの世界』――まさにこれだ。


 は~~~~~~~~。


 死後の転生先に、よりによって乙女ゲーを選ぶ男がどこにいる。

 しかもポジションはアホ王子。長々とため息を吐いた。


 鉄骨が落ちて死んだ――そう言われたんだよな。

 ……これって夢じゃなくてマジ転生したのかな。


 俺の頭の中がそんな方向に回転する中、目の前の令嬢がさっきの自分なみの長いため息を吐いた。


「……エドワード様。わたくしは先程から質問しているのですけれど。いい加減にお答えいただきたいのですが」


 あ~、やっぱり。『エドワード』ね。あの美形の王子サマ。

 俺、それか……。


 ガックリ。

 乙女ゲーだってことは我慢したとして――どうせなら参謀役のウェインとか魔術師系のアンガスとかにして欲しかった……いや、それよりもどうせ夢なら体育会系のザッカリーとかでもいけたかも。今からポジションチェンジ出来ねーかな。


 夢かもしれないし、急かされたからって急いで答える必要はないだろう――そんなことを考えていたらまた左腕が引かれて、見おろせばいまや俺の腕はほぼヒロインの胸の一部と化しそうな勢いで――。


 そのパステルカラーのドレスの胸もとには澄んだ青い宝石をあしらったネックレスが光っているのに気づいた――って、これ、アレだ。

 女子向けのゲームならではの設定。王子の瞳と同じ色の宝石――それを身につけることを許された=王子の意中の人って証、だったはず。


「……エドワード様?」


 小動物を思わせるつぶらな瞳が不安に揺れる。

 声まで高くて細くてかわいらしい。流石ヒロイン。


 とりあえず搦めとられた腕をなんとか――ヒロインの腕をポンポンと叩いてから引き抜いた。


 そんなにぎゅうぎゅうとしがみつかれたら思考がそっちにいっちゃう――っていうか、周囲受けだってよくないだろうし。


 それにしても……これがゲームの話なら、もう積んでるよな。


 俺は周囲を見渡した。

 これって、どう見ても俺の出番ももう終わりってところだと思う。

 そこの御令嬢を追放して大団円。


 そういえば「ストーリー攻略をできるだけ短期間にする」って言ってたっけ。


「そのまま攻略されて大団円のハッピーエンドでもいいし、サイドストーリーを進めてもいいですよ」


 とも言っていた。はいはい。

 じゃ、そのまま攻略されて大団円やりましょうか――それが一番速そう。


 あ。でも、それってどうなのかな。

 行動する前に理性が働いてしまうのは、やっぱ俺がゲームキャラそのものじゃないからだよね。


 だってさ、たしかこのヒロインの親は男爵位で、方や婚約者の彼女はこの国の重鎮、公爵家の娘だ。

 シンデレラストーリーは構わないけど、ヒロインが王家に嫁入りするラストなら、『公爵家の娘を蹴落とした』ってやつよりは『公爵家の娘は自分の行いを恥じて身を引いた』と、なった後で穏やかに受け入れた方がずっといいと思うんだよね。


 つい冷静にそんなことを考えてしまう……なんであのゲームの王子サマはそーゆーのをまったく考えずに断罪したのか。よっぽど腹が立ってたのかな。

 ま、そういうところがゲームなんだろうけど。


 ノリノリになり切れない俺はやっぱり常識的な思考で対処することにする――「そんなのシンデレラストーリーのカタルシスに思いっきり反するじゃないの。アヤ兄のバカ! さっさと断罪しちゃってよ!!」って亜季の声が頭の中に響いたような気がした。


 妹よ、スマンが俺はシンデレラに頭の中身を抜かれた王子サマじゃないんだ。と心の中で返しておく。


「あのさ、『そういうこと』、ってどういうこと?」


 とりあえず公爵家の令嬢は断罪済みなのかそれともこれからか。

 確認したくて聞いてみたら、驚きの顔で見返された。


 口調が砕けすぎていたか。


「それはどういう意味だ?」


 言い直す。


 そしてこの子――名前、なんだっけ?

 ……ダメだ。わからん。


 なんかキラキラした名前だったんだよな――なんか白っぽい名前の公爵家のお嬢さん――エドワード王子サマとは小さい頃に親が決めた許嫁同士、つまりは婚約者だ。




 設定では、最初は二人の仲はそんなに悪くなかった。それこそ婚約が決まったばかりの幼い頃から頻繁に行き来をして一緒に過ごす時間を作って来た。

 王太子としての重圧に愚痴をこぼした時もあったはずだけど、彼女はいつも励ましてくれていた。支えようとしてくれていた。難を言えば、ちょっと……いやけっこう、上から目線で。


 時には叱りつけられることもあったし、かわいげがなくて、理解がない女だと思えたのは確か。


 だけど彼女の方だって――こうやってゆっくり考えれば、見せないようにはしていたけれど、本当は将来の王妃としての教育は大変だったに違いない。それなのに彼女は一度も愚痴をこぼさなかった。簡単に自分の境遇に対する文句を口にするエドワードを叱りたくなるのも当然ではなかろうか。


 第三者視点で考えれば、かりにも一国の王と王妃になろうって人間なんだから――努力を怠るわけにはいかないのは普通だと思う。まあ、エドワードがその立場を自分で選んだわけじゃないってところには同情するけど。


 ちょっとため息。


 高校時代、どうしても某有名国立大学に入れって周りから言われてる友人がいた。三浪して結局受かったけど、辛そうだった――そういう押し付けってホント余計なお世話だよな。


 まあ、それはそれとして、エドワードの場合はもともとの能力はそんなに低くない。婚約者である公爵家のお嬢様ほどではないにしろ、がんばればそれなりにできるやつ――だからこその励ましや叱咤でもあったんだと思う。

 だけど本人はどんどん卑屈になっていった――こいつが婚約者に劣るのは確かだしね?


 それにまあ、青春の時だ。学院を卒業したら王太子としての重圧のかかる仕事ばかりだろうから、学生の間だけでも、もっとのびのびと過ごしたい、っていう気持ちはわからないでもない。


 そんな時期に彗星の如くあわられたヒロインは、エドワードが毎日どんなにがんばっているか、すごいかを手放しで褒めたたえてくれた。その言葉や視線はとても心地よかった。

 そのままの自分を受け入れられていると感じて、気持ちが安らいだ。


 で、ヒロインと過ごす時間が増えるにつれて、エドワードは婚約者と疎遠になっていく。

 公爵家の彼女の方も、笑顔の一つも見せればいいものを――顔を会わせれば文句。そしてヒロインを諫める言葉――そんなことでうまくいくわけがない。


 エドワードが求めていたのは母親のように口うるさく自分を管理したがる女性ではない。必然的に婚約者を避けるようになる――。


 当然だよなあ。


 自分の支えとなってくれて、癒しを与えてくれる女性。そんな相手だからこそ男側だって『守りたい』とか『がんばらないと』って思うってものだ。

 エドワードの目に映る婚約者は次第に『妻としたい女性』ではなくなっていった。彼女の自分に対する気持ちが何なのかさえわからなくなって、心がすれ違っていく。


 ヒロインがわかりやすく『好きだ』という感情を向けてくるのに対して、彼女はエドワードに甘えようとはしなかった――エドワードのことを嫌っていたわけではない。季節の贈り物を送れば嬉しそうに感謝の言葉を述べていたし、アクセサリーであればきちんと身に着けていた。それに、お返しに贈られる品物にも間違いはなかった。エドワードが喜ぶもの、必要なものをきちんと考えてふさわしいものを贈ってくる。


 ……『好意』はあったと思う。だけどそれは『当然』って感じでもあって――その完璧さが、エドワードにとって息苦しいものになっていった。


 ヒロインは小さな贈り物も大喜びで――声をあげてはしゃいだ。贈り物を返されることは殆どなかったけれど、それは当然だ。


 ヒロインの実家は(お決まりの設定だけど)あまり裕福ではない。父親の後妻の連れ子である姉が二人。確か確執もあった。ホント、シンデレラみたい――そして弟が一人――姉たちが嫁ぐ際に必要な持参金もろくに準備できないのではないかと思えた。しかも身分は男爵位。弟のところに嫁いできてくれるような裕福な娘が見つかるかどうかもあやしい。


 エドワードにとっては価値が低くて他愛のない小さな贈り物。それがヒロインにとってはどれほど価値のあるものだったかなど、想像に難くない。最初はアクセサリーなどは売り払って家族の生活の足しにしてもいいと思っていた。

 いわば施しだ。


 それがいつの間にか、その手放しで喜ぶ笑顔が見たいというだけで贈り物をするようになった――贈り物を贈っている方が絆されているんだからものすごくチョロいっちゃチョロい。

 国のことを考えたら絶対にヒロインを選んだりしないはずだけど、エドワードは『自分はこの人にこそ必要なのではないか』そう考えるようになった。


 どんどんヒロインの方に傾いていくエドワードの心。それと同時に育つ、婚約者である公爵家の令嬢に対する不信感――彼女の粗探しもするようになる。

 公爵家の令嬢なのだから当然なのかもしれないが、ヒロインとは違う取り澄ました態度、身分が下の者に対する冷たさ――エドワードの目にそれは、もはや美点とは映らなかった。


 エドワードは婚約者である彼女の前でヒロインに優しくするようになる――最初はただ、彼女は自分に対してどのくらい『好意』を抱いているのかと、それを知りたいがためだったと思う。


 ヒロインなら簡単に見せる、『嫉妬』の感情。

 それが見たかったのだ。自分を想っている、その気持ちを見たかった。


 けれど彼女の行動は――眉をしかめて穏やかにヒロインに注意を与え、エドワードを諫めただけだった。エドワードは自分に対する『好き』という感情を見つけられなかった。

 彼女がヒロインを諫めると、まるで自分の欠点を指摘されているように感じられて辛くなった。

 所詮は親の決めた政略結婚――国のための駒。あきらめに似た気持ちが胸の中に芽生え、育つとともにエドワードはますますヒロインに傾倒していった。


 ――っていうのはあくまでもエドワード側からの視点で、その陰ではヒロインへのいじめが悪化していくんだけど。

 

 ヒロインは――いじめられるのはかわいそうだったけど、まあ、そんな過程を経て行くうちにちょっと図に乗ってきた感じも――あったよな。


 かわいいものだけれど。


 諫めればわずかに肩をすくめ、小さく舌を出して非を認めたり、唇を尖らせたりして怒る――いわゆる「女の子」らしい反応をする。

 それをかわいいと思うのは――妹が『あざとい』というそれを『かわいい』と思ってしまうのは、男のさがか? そうなのか?


 ま、第三者として正直な意見を言えば、ヒロインのポジションからはどの男でも攻略できるってところは、ものすごくいただけない。それってはっきり言っちゃうと、ヒロインって見た目のかわいらしい小動物系とは真逆の肉食系『あばずれ』じゃん? 


 妹に押し付けられた時は、自分が美少女ゲームをやるような感覚を適用し、そこには目をつむってプレイした。まあ、できないことはない。


 ――だけどあのゲーム、やっぱり受け付けられないのは、そんなヒロインの行動に対してこう――照れたりドキッとさせられちゃう顔だけハンサムな男たちを見せられること。あいつらが頬を染める様子とかを画面にどーんとアップで見せられても、引くだけだ。


 スポーツや戦いのシーンの、下から見上げる構図の肉体美? 妹はお勧めしてたけど、いらんわ、そんなもん。

 他人の腹筋なんぞ、それがかわいい女の子のお腹じゃないなら、わざわざ見たいわけがない。


 それに、ついうっかりヒロインをかわいいな、とか思っちゃうと、ヒロインの罠にまんまと引っ掛かっている自分のチョロさアホさにちょっと凹むんだよ。


 妹には勧められたけど、二回戦は断った。誰を新たに攻略できるとか、隠れキャラが出るとか、いろいろあるとしても、もういっぱいです――。


 妹にそう言ったら「やっぱ性別の違いか」との返答……そりゃそうだろうよ。

 ……それにしても、そろそろ目、覚めないかな。


 ダメみたい。


 マジ転生したのかな。


 ため息。


 せっかくの転生だと思って我慢するしかないか。


 まあこの状況なら、今回のヒロインの攻略対象は王子サマである俺だった、ってことなんだろうし――それならやっぱりおとなしくハッピーエンドされてやりましょう。ただし穏やかに、相手から身を引く感じでね。


 あの声は「うまく終了できたら次のストーリーに移れますから! 是非そっちを目指してがんばってください」って――あの自称神様がそう言ってたし――いい感じで終わらせて、次を目指そう。

 それまでなら付き合うのも悪くない。





 俺が長~い回想を終えて最初とあんまり変わらない結論を出した時、


「殿下の問いに答えよ、プリシラ・ヴィオレッタ」


 参謀役のウェインが威圧的に問い質した。


 そうそう、そうだった。彼女は『プリシラ』だ。プリシラ・ヴィオレッタ・ウィッティントン――ウィッティントン公爵家の娘だ。弟が一人いて――俺の斜め後ろに立ってたはず。つまり、弟はこっちサイド。ヒロイン側だね。お気の毒に。


 聞かれたプリシラがウェインを睨んだ――なかなかの迫力。


「『そういうこと』というのは、エドワード様がこの卒業パーティーでわたくしのエスコートをすることを断って、そこにいるリンドレイ嬢を同伴なさったことです。そして彼女が身に着けているそのネックレス――それは『わたくしとの婚約を白紙にする』とそういう意味でよろしいのですね、と聞いております」


 なるほど、やっぱりね――つまり断罪はまだか。

 ふむふむ、と頷いて俺は二歩前に出た。


「プリシラ。君は、どうしたい?」


 ま、自主的に身を引いてもらうためには意見は聞かないとね。当事者だし。

 新たな問いかけに背後の人々が息を飲んだ。目の前の公爵令嬢も。


「エドワード様!?」


 後ろから聞こえた小さな声はヒロインだ。

 でも心配しなくても君の立場は安心だと思うよ? だってこれ断罪イベントでしょ?

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