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29. アホ王子をやめられない その二

「俺の希望はその『まったく違うストーリー』に行くことなんだよっ!」

「バカ言わないで! 昇天前の魂なのに勝手にあっちこっち行っちゃったら困ります! 確認する方だって大変なのよ! この世界にどれだけのストーリーが詰まってると思ってるんですか!! あなた生きている時に図書館、行ったことないの!? 世界には何億冊っていうストーリーが溢れてるんですよ。ここには乙女ゲーってやつを集結させてるからどうにか私一人でも監視できてるけど、境界の向こうにはラノベがわんさか――冒険系なんてそれこそ無限に続いてるんです。あそこを管理できるのはもっとずっと上の……って、なんで神様の裏事情を説明させてるんですかあなたはっ!!」


 またガンガン突く――マジ痛い。


「いや、そっちが勝手に喋っただけだろ!」


 しかも勝手に怒ってるし。絶対俺のせいじゃない。


「だけどお前は知ってるだろ!? 俺が生きたいのは恋愛系じゃないストーリーなんだよ! 俺にハッピーエンドを求めるならそっちに行かせてくれ! その方が絶対早い。俺はここでの恋愛を求めてないから!!」


 乙女ゲーのハッピーエンドとかって、絶対ガラじゃない。ヒラヒラフリフリの服も、ややこしいテーブルマナーもエスコートも、なにより蕁麻疹が出そうな激甘のセリフを決め顔で吐く男どもも――。


 訴えたら鳩ポッポが動きを止めてゆっくりこっちを見た。

 それがなんか、疑いの目? みたいな。


「……は? その顔で恋愛系じゃないなんて誰が言う――ああ、そういえばあなたは言ってましたよね――だけど私はそこは(・・・)ちゃんと説明しましたよ? 『ストーリーを終わらせてからならいいですよ』って。その後なら私の監視もほぼ外れますし、好きな国で楽しく生きてくださってかまいません。宇宙からやって来た未知の生物と戦おうが、微生物世界の王になろうが、地底や深海に悪の帝国を築こうが――底なしのダンジョンの主として君臨することだってやりようによっては可能ですし、どうぞご自由に! ただし、それには今の世界でのハッピーエンドが絶対条件です! まったく……何を言い出すかと思えば。第一、あなたの転生理由はそれなんですよ?」


 へ?


 意味が分からないままに動きを止めた俺を見て、鳩ポッポは大きく息を吐いた。


「いいですか、あなたがここに来たのは――『お兄ちゃんがステキな世界で伴侶を得て幸せになれますように』って――礼人さんはあんな兄思いの妹さんがいて本当に幸せですよね。本人の現実だけだと転生させるには恨みや後悔の気持ちが弱くて――まあ、あなたが外見のことでいろいろ苦労したのはそうかもしれませんが、ここに来れたのはほぼ妹さんのおかげなんです。彼女、ものすごく悔やんでいたんですよ? あなたの人生の最後の時間に何をさせてしまったんだ、ってそれこそ生霊を飛ばしかねないくらいで、御両親もそれはそれは心配なさってて――とにかく、あなたは妹さんの希望通りこの世界ではトップクラスの美青年になったんだし、ちゃんと人生を楽しんでください! いいですね!?」


 鳩ポッポがものすごくいろいろ暴露する。その内容が衝撃すぎて頭に入らずに呆然となる――そんな俺に、鳩ポッポが怒鳴った。


「ああ、もう! とにかく、オプションが決まったんじゃないなら離してください! 今週は婚約破棄イベントが三件もあって、家出少女が五人もいて、誘拐される子が二人、転生して人生を始める新規の子もあと二人いるんです。特に新規で入ってくる子はどっちも虐待死なんですよ? もう一度生きることに怯えてるから、『新しい人生は楽しいですよ、イケメンいっぱいいますよ、ウハウハですよ』ってちゃんと説得してあげないと――つまり私、すごく忙しいのよ!」


 またいろいろ神様サイドの裏事情が満載だ――とりあえず前半は聞き流した。

 だけど、最後のとこだけ。……どうしても突っ込みたい。


 俺はゆっくり息を吸って、まだ怒っているらしい鳩ポッポと目を合わせた。


「あのさ、最後の『イケメンいっぱいのウハウハ』だけど……それって男サイドからしたら『美女いっぱいのウハウハ』ってことで、もろエロゲーな感じだぞ? ……虐待された子がそんな説明でもう一度生きようだなんて説得されるのか?」

「……」


 白鳩が黙った。


「…………」


 沈黙が長い。


「……まあ、乙女ゲーってそういうもんだよな」


 俺は下手くそなりにとりあえず取り成したつもり――だったんだけど、なぜかギロリと音がしそうな感じで睨まれた。


「いくらなんでも私だってそこまで露骨じゃ……ちゃんと『優しいイケメンに囲まれて幸せに暮らせます』って言ってますよ」


 ほう、そうかい。だけど、それって。


「……お前、ミチカにもそう言ったんじゃないか? あいつが転生して逆ハー選んでドツボに嵌ってたの、お前のせいじゃないのか?」

「……」


 わかりやすく目をそらされたな。心当たりはあるらしい。

 そのまま責める感じで見ていたら、鳩ぽっぽは肩を落として長々と溜息を吐いた。そしてなぜかバカにしたような目でこっちを見た。


「……あなた、男性だから現実的なのかと思ったらここに来る女の子たち以上に純なロマンチスト――本当にアホなのね。妹さんが落ち込むわけだわ」


 は!? 


 ものすごく納得のいかない言葉を、しかも心底呆れたように言われた。

 さらに、顔が鬼瓦で現実に悲観的な俺が『ロマンチスト』だと!?


「どういう意味だよ?」


 不満で眉を寄せた俺に鳩が何度も頷くようなしぐさをする。バカにされているような感じが半端ない。

 だけど、続けた言葉の音はそれまでとは比べ物にならないくらい穏やかだった。


「あなたはここにピッタリの人ですよ。一つだけ助言をしてあげます――困ったら一つの国に少し長めに滞在してみるといいですよ――素敵な出会いを見つけてくださいね、ステキな王子様」


 突然予想外に優しい言葉をかけられて、つい緩めてしまった俺の手から抜けだすと、白鳩はあっという間に飛び去ってしまった。


 俺は言葉もなくその姿を見送り、青空を見上げたままその後どれだけ時間が過ぎたのか――納得がいかないまま立ち尽くしていたわけなんだけど。

 動けるようになった後で気を取り直して深呼吸したら、同じく動きを止めていたらしい頭も少し動き出した。


「亜季……あいつのせいだったのか」


 あいつのせい(・・・・・・)とは言ったものの、別に転生させられたことに文句があるわけではなかった。

 妹が俺のことでものすごく――よりによって無理やりやらせた乙女ゲーの直後に俺が死んだことを――かなり苦に思ったことくらい簡単に理解できる。


 どんなに外見が酷くても俺は――中身は普通の兄だったし、妹は生まれた時から一緒に育ったのだから俺の顔つきがどうかなんて、はなから気にしていなかった。歳が離れていたこともあったし性別も違うしで、ケンカすることも殆どなかったし、いじめたことはないし、もちろん暴力もないし。つまり仲は良いほうだったと思う。


「……即死だったみたいだし、そんなに気にしなくてよかったのに」


 空を見上げてつい苦笑――だけど、いろいろわかった以上、言いたいことならある。たとえ本人に面と向かっては言えなくとも。


「亜季――お前にとっての『ステキな世界』ってここなのか? 兄ちゃんはそれはどうかと思うぞ?」


 一人呟く。


「そしてお前の好みの男はエドワード(こいつ)なのか? それもどうかと思うぞ?」


 今度はため息。

 『余計なお世話だよっ!』って声が聞こえそうだ。だけど、現実世界にいる妹が『顔だけで中身のない男』ではなく、『顔はともかく中身のしっかりした男』を選びますように、と俺は心から祈った。


 ……のはまあ、いいとして。


 もう一度大きく息を吐いてから、とりあえず街に戻ることにした。

 山の中にいたって何ができるわけでもないし、とりあえず今日の宿泊場所を決めてから今後のことについてゆっくり考えたい。

 そう。大事なのはこれからだ――そう思って一歩踏み出して。

 ……ちょっと待って?


 重大なことに気づいた。

 最後の俺がロマンチストだとかいうのは間違いだとして、あいつ、あの鳩ポッポなんて言った? 『極上でラブラブのハッピーエンドになってないのに終了とかってありえない』って言わなかったか?

 ……言った気がする。

 『ハッピーエンド』はいい。だけど『極上でラブラブ』のって言わなかったか?

 記憶を巻き戻す。


 『極上でラブラブ』の『ハッピーエンド』


 ……やっぱり言ったと思う。

 『極上でラブラブ』の『ハッピーエンド』っていうのが、『極上でラブラブ』の『ハッピーエンド』ってことで、『極上でラブラブ』の『ハッピーエンド』ってことなら。


「俺にどうしろってこと……?」


 いや、わかるぞ。鳩ポッポも言っていた。

 必要になるのは『相思相愛の彼女』だ。


「つまり俺は……この世界で彼女になってくれそうな子を探さないと? いや、ちょっと待て、それってどうやって探すんだ? 俺に彼女なんて――いや、今は外見はエドワードなんだし、顔を活かして誘えば彼女の一人二人――いや、もしかしたら三人四人――いやいや、五人六人? ……それもハッピーエンド、だよな?」


 気がついちゃったらちょっとドキドキして落ちつかなくなったので、うろうろしながら独り言。


「それってハーレム……鬼瓦にはありえない展開ですごく嬉し……いやいや。思い上がるな、俺」


 それにたとえ今はエドワードである俺にハーレムが作れたとしてもそれは『極上でラブラブ』のハッピーエンドじゃない、よな?


「うん。彼女は一人――相思相愛で一人――元鬼瓦としては、それはもうそれだけで身に余るほどの光栄だし。ってことはこれからすることは――可愛い彼女を作って――結婚して家庭を? って俺、そういう年齢じゃないような気がするけど。中身も二十二歳だし、エドワードは十八歳だし。んんん? それに待って? 結婚して家庭なんか築いちゃったら冒険の旅はどうなんの? 家庭に納まっておとなしくパパをやるとかって、異世界転生してそれって……ものすごく違くない? いや、それも幸せの形ではあるんだろうけど?」


 今度は近くにあった石に座って独り言。


「じゃ、どうする? だってこの国から出られないのは困る――だけどラブラブで相思相愛の彼女なんかできたらますます出て行けなくなるんじゃ……ついて来てもらうのか? 乙女ゲーから引き離して冒険系に? ダメだろ? それに彼女ができた後で俺がここを出たら――別れたりしたらその時点で『ハッピーエンド』どころか『バッドエンド』だろ? え? 俺、こっから出られなくない?」


 つまりどうしろってこと――?


 ステータス・ウィンドウを開いてみても何も変わらない。

 忌々しい『アホ王子』の文字が目に入る。

 どうしたらいいのかわからないまま時間だけが過ぎる――これ、ホントに俺が『アホ』だってことだろうか。

 俺は仕方なく立ち上がってまた歩きだし、その日は国境の街に宿を求めることにした。


 のだが。


 今まで王子としていろんな人たちに囲まれて過ごしていた俺は、俺が(エドワード)のままで一人になるということを正しくは理解していなかった。

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