18. アホ王子の策略
「じゃあ、そのオプション設定のせいなんですか」
多少は使えない人間のフリもしておこうかと思ったのだが、時間も惜しい。今日もあっという間に言語教師を追い出し(転生チートで言語補正をONにすると、三人とも言語教師いらずだ)、盗聴防止の魔術具を置いてから自分のユニークスキル『ラーニングアビリティ』についてだいたいのところを説明すると、プリシラが納得した顔になった。
話すことにした理由は簡単――これまでのこの二人と会話中のログに、嘘をついていたり誤魔化したりしようとしているところはなかったから――俺も単純だけど、この二人は信用に足る人間だ、と判断した。
「そういうことみたいだ」
「その学習促進効果的なスキルのせいでアヤトさんは他人の魔法やスキルを簡単に覚えられるってわけ――? それって無茶苦茶チートじゃない! そんなことができるならわたしも欲しかった~!」
怒ってるみたいだけど、ミチカは自分のオプションは設定済みなんだし、諦めてもらうしかない。
「そういうなよ。なんでもかんでも覚えられるわけじゃないみたいだしさ」
本当はほとんど覚えられるみたいだけど、とりあえずそこは黙ってとりなしておく。
「だからここを出ても仕事に困ることはなさそうだ。食いっぱぐれないってこと――それが二人の安心になればいいなって思う。それにほら、荷物持ち、やるし」
「それも~、いいな~収納魔法!!」
「それはいいわよね。わたしも羨ましいわ。必要なのは攻撃力と防御力だけじゃないのね~」
プリシラが自分のステータス・ウィンドウを見ながら呟く。
「職業を固定する代わりにスキルの上限を解放するとかっていうのも初めて聞きました! プリシラさんってゲーマーだったんですか?」
「わたしじゃなくて弟がね? 負荷をかけて不便になるとその分他を上げられるような――ほら、命中率が落ちる代わりに一撃の攻撃力が上がる技とか、普通にあるでしょ? だから聞いてみたのよ」
「ああ、詠唱が長いけどちゃんと言えればすごい効果がある魔法みたいな?」
「そうそう――それに、ベイシック・ジョブとカレント・ジョブを連動させてる人たちって、その職業しかできない代わりにそれを極めてるんですって。だからわたしもそうしてみたの」
にっこり笑うとミチカがちょっとたじろいだ。実は俺も。
「……でも、なんでそんな物騒な職業を選んだの? 公爵家のお嬢様なのに」
「そりゃ、自分と愛する人の身を守るためには敵を知らないと――やり返すにも役立つし?」
そこは黒い笑みで答えたプリシラのジョブは聞いた通りの「暗殺者」だった。
ゲーム本来のプリシラができる魔法に加えて、錬金術という特別なアビリティがオプション選択で可能になったそうだ。
「この職業なら毒薬麻薬、解毒剤も作れないとないと不便でしょう? もちろん普通の薬だって当然できるわ――材料さえあればだけど」
発想がちょっと怖いけど……これってなかなかのメンバー構成だと思う。
気持ちがぐんと上向いた。
「脱出までに物資を揃えておきたいんだ――何がどのくらい必要で、どこで調達するか考えよう」
「移動手段も大事です。転移魔法が使えないのがいたいですよね。アヤトさんに覚えてもらいたくても、実際に使える人がいないことには――」
「そうよね――あれを使える人ってそういないわ。城内には数名いるはずだし国境警備員の中には戦争の時の伝令役として配備されてるって聞いたことがあるけど、みんなすごく遠方よ。設置済の転移陣を使う前には必ず身分をチェックされるし、記録が残る――追われたら面倒。わたしたちの容姿は目立つし」
プリシラは眉を寄せたけど、俺ははっと顔を上げた。
「え? それって、つまり使えるやつが城内にいるってことだよね?」
会えることができれば――なんとかできる可能性はある。
「王様が国内を移動するときは? 使ってるんじゃないの? 見せてもらえないの?」
「使ってるでしょうけど、警備上王様とエドワード様を同じ場所に外出させたりしないでしょう?」
「お見送りするとか――」
「そんな大層なこと、戦争で出陣とかじゃない限りしないわよ」
それを聞いて俺の内面がさらに上向いた。
「それ! いけるかも――今朝、勉強が捗るようなら次の国内査察には俺も行けって国王が――国の南北では国民の生活様式が異なるから、知っておくといいって――つまり、もしかしてだけど転移魔法を使うやつに会えるかも? 見るだけだとわからないけど、一度転移させてもらえれば覚えられるはずだ」
異世界の旅に向けて、気が逸る。
そうと決まればできない子のフリはすっぱりやめて、役に立つ人間として振る舞うべきだ。カリキュラムの変更を検討した方がいい――言語学よりも政治経済の状態の方が知りたい。
そう言ったらミチカはげんなりした様子だったけれど、プリシラはすぐに頷いてくれた。
その日の勉強と鍛錬を終えた俺は、国王の執務室に向かった。
「では、その通りに進めておくように――くれぐれもぬかるなよ」
「は」
言葉尻だけしか聞き取れなかったけれど、
「スキル『密約』をラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」
「スキル『秘匿』を再ラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」
ってログが出た――どうも俺には聞かせたくない話題だったらしい。
そそくさと出て行く家臣の背中にちらりと目をやって――上機嫌で笑う国王は――やっぱりタヌキだ。
「今日もよく励んでいたと報告を受けておる――」
ニコニコ。
「ありがとうございます」
こっちもニコニコ。
スキルは、ラーニングしないと使えないわけではない。
ただ、ラーニングすることでパワーアップするものがあるようだ。
言語能力などはラーニングすることでパワーアップするやつで、教えてくれた言語教師の能力+俺が読んだ文法書等の能力が俺にラーニングされている。
国王の会話で出た『密約』や『秘匿』はラーニングしていないけれど、俺にだって当然隠し事はあるし内緒の約束もある。ラーニングしたら俺の嘘つき能力が上がるのかもしれない(笑)が、ログが出なくなると相手の嘘を見破りにくくなるかもしれないので放置することにした。
「お前の気が変わったのではないかと期待しておるのだが?」
上機嫌のままの国王が聞いた。
「そうですね――実は揺らいでいます。夢ではないようですし、プリシラ曰くここはなかなか穏やかでいい国のようです」
考える体で言っておく。
「スキル『虚言』をラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」
はいはい。嘘つきました――。
「そうだ。国も人も豊かで住みよい――このような国に生まれたことを感謝せねばな」
「スキル『誘導』を再ラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」
はいはい。この会話には先があるのね。そう思いながら口を開く。
「そうですね――私も先日はそういったことを深く知ることのないまま、自分の能力の至らなさを理由に己を卑下する言葉を口にしてしまいましたが、こうしてみると時期尚早だったのではないかと考えているところなのです」
「スキル『追従』をラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」
はいはい。心にもないこと言ってます――。
だけど、国王はますます上機嫌になった。
「教師たちからは人が変わったように勉学に励んでおると聞いた。国内視察の話だが、本当に行く気はないのか?」
ちょっと悩むように眉を寄せた。
「興味深いな、とは思うのですが――」
「が? なんだ?」
「離れがたくなるのではないかと。それは得策ではないのでは?」
中身、俺でも残すつもりある? と遠回しに聞く。残る気ないけど。
「選択肢は多い方がいいだろう。決断を急ぐ必要もあるまい」
鷹揚な笑み。
よし、どうやら使えそうな人物認定はされたみたいだ。
タヌキ親父に負けない作り顔で頷いておいた。そういう所だけは、親子って感じかも?