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12. 味方のいない転生者

 表情を失ったプリシラの顔から血の気が引いて、それが徐々に復活する様子を俺はじっと見つめた。


 ビンゴ。ミチカの予想通りだな。


 じっと目を細めて観察すれば、唇と指先も小さく震えている。

 口は閉じているけれど、ミチカの時同様、お化けでも見たかのような顔だ。


「そんなわけで、これ、いい?」


 ゆっくりと時間を取った後で魔術具を指さすと、プリシラは小さく頷いた。


「キャリー、後ろを向いていて――話せることは後で話すから」


 そう言った後で俺の方に向き合って、


「そういうわけだから――話す内容には気をつけたほうがいいわ。キャリーに話さないとは約束できない」


 嘘のない顔で言った。

 侍女がくるりと背を向けて、俺が魔術具を起動させる。


「じゃあ――」


 と、始めようとした時。


「どういうことなの!? なんでエドワード様がその名前を知っているのよ!? どこで聞いた――あの子が喋ったの? 何でバレた――何が起こってるの!?」


 いきなり詰め寄られた。

 あ~、こっちの子もこれがもとの性格か。

 ポリポリと顎をかいて、俺は息を吐いた。


「とりま、座ったら? 俺も座らせてもらうし。そのお茶、もらってもいい?」


 俺の言葉にはっとして軽くまわりを見回してから、自分の行動に気がついたようで、口元を押さえた。


「どうぞお座りになって――って、え!? 『とりま』っ!? 今あなた、『とりま』って言った? 言ったわよね!? 聞いたわよっ!?」


 賑やかというかうるさい……外見の美女と行動が違う。


「言ったよ。……座ったら?」


 ぼふんと音がしそうな勢いでソファに座った令嬢の隣で、適当にお茶を淹れる俺――って、本来ならここは来客の俺ではなく、誰かが淹れてくれるところだと思うけど、ま、いいか。

 美味しく淹れられたかどうかはともかく、お茶が入ったティーカップを渡す。まずは落ち着いてもらいたい。


 プリシラは呆然とした顔で俺を見上げた。


「エドワード様が……自分でお茶を淹れた……嘘……」


 つまり、エドワードはお茶も入れられないアホだってことで、今度はそこに驚いているのか。あの着替えに群がるメイドさんの様子だと、そんなこともありそうだよな。このお坊ちゃんめ。


「やり方はともかく茶くらい淹れるでしょ――中身が別人なんだから」

「別人……別人、なの?」


 ぼんやりと俺を見上げてる。


「『同じ立場』だって言ったよ?」

「でもだって、ここに来てるのは二人だって――名前からしても絶対あの子だと思ったのに――!?」


 やっぱり。


「ああ、それ? うん。君が来た段階で二人。俺は最新の三人目。昨日来たばっかり。よろしくね?」


 自分の分のティーカップを持って向かい側に座る。


「昨日……昨日っ!? まさか、あの広間の途中から? それでエドワード様の反応が途中から全然違ったの? あそこで断罪イベントが途切れたのも――冤罪じゃないかって流れになったのも――?」


 よくできました――その通り。

 そんな気持ちでティーカップをテーブルに戻してから小さく拍手を送ったら、それを見たプリシラの眉が下がった。


 あ。何かヤバい――。


 と思ったらその通りで、紺色の瞳に一気に涙が盛りあがって溢れだした。


 あ~、これマズイ。


 女の子に泣かれるのは苦手だ。しかも嘘泣きならともかく、これは本気泣き。

 慌ててポケットを探ってハンカチを出し、プリシラが手にしていたティーカップと交換で渡してはみたけれど、これでいいのか? マジで困る。


 ええっと、だってこれは俺が転生してきたせいで泣いているわけで。

 でも俺が転生したのは俺にもどうしようもない出来事だったわけで。

 泣いてるのが妹だったら落ち着くまで放置するんだけど――この場合もそれでいいのか? ってそんなことはないだろう。


 どうしていいかわからなくてしばらくそのままおろおろしていると、プリシラは公爵家令嬢にあるまじき大音量で(しかも俺の渡したハンカチで)鼻をかんだ。

 ……まあ、いいけど。ハンカチくらい城にはきっと山のようにあるんだろうし(現に俺のポケットには予備のハンカチがあと二枚ある。手袋も二セット。紳士のたしなみなんだとか)。だからそのハンカチはそのまま差し上げましょう。


「失礼しました――お見苦しいところを。改めてお話をしましょうか」


 鼻水と一緒に涙のもとも身体から出したのか? って感じですっきりと言われたけど、本当に大丈夫なのだろうか。

 その切り替えの早さと落ち着きに驚いている俺をしり目に、プリシラはふう、と息を吐いてから俺が淹れたお茶を飲んだ。

 ちょっと渋い顔になって、ミルクを追加する。……濃かったらしい。


「大丈夫?」


 とりあえず聞いてみたら、鼻の頭を赤くしたままでにっこりと笑われた。


「そんなことを聞くなんて、本当に別人なんですね」

「そうだけど――もう落ち着いたの?」

「ええ、はい。ごめんなさい、すごくほっとして――わたし、今まで本当の意味で自分の味方になってくれる人がいなくて――あ、キャリーは別ですけど。しかも断罪イベントが中途半端に終わってしまったから、これからどうなるのかなってすごく心配だったので」


 そういう理由だったのか。言われてみれば、その気持ちはよくわかるような気がした。


「……そっか。それは大変だったね。それにごめん――俺も昨日は何がどうなってるのかわかってなくて。で、自己紹介からでいいかな」

「はい、是非」


 頷くプリシラに名前と歳を告げて大学生だったと続けると、令嬢は驚きの顔になった。


「大学生――そんなに若くして亡くなったんですか!?」

「うん、そうみたい――って、俺は覚えてないんだけど。ちょっとした事故で即死だったって」

「それは――ご愁傷様です……」


 あ、ご愁傷様ってやつ、皮肉じゃなくてちゃんとした使い方する人なんだ。

 なんだか感心してしまった。


「わたしは秋山祐奈です。歳は――えっと――」

「別に言わなくてもいいですよ。今の年齢は俺と一緒ですよね? ため口はオッケですか?」


 自分よりは上なのだろう。ちょっと言い渋る様子だったので先手を取ってそう言うと、ユウナさんは小さく笑って頭を下げた。


「ブラック企業で会社員してました。たぶん過労死――だから転生先では思いっきり楽しみたくて乙女ゲーを選んだんです。でもなかなかうまくいかなくて――正直困ってたんですよ」


 ああやっぱり、この人も自分は死んだっていう自覚があるんだ。

 それに、ヒロインがハーレムを狙ってる乙女ゲーじゃ、どうにかしようったってうまくいかせるのは大変だろう。


「半年前に来たって聞いたけど――合ってる?」

「はい。あ、そうだ――あの、わたしは本当にあの子のことはいじめてないんです――って、つまりプリシラがわたしになってからは、ってことですけど……」


 尻すぼみに言葉が途切れた。

 つまりその前は、ミチカの言う通り、ってことなんだろう。

 だけど、そこはこの人のせいじゃない。

 わかってる、って意味を込めて頷いた。俺だって断罪イベント前半までのエドワードの行動に責任を持てって言われても困る。こいつ絶対アホだし。


「もっと早くに――ゲームのオープニングとかに来られたら違ったのかもしれないんですけど、もうすっかり悪役令嬢としての悪行を重ねた後で……。それでも自分としては精一杯正しく生きて、エドワード様のことも説得しようとしたんです。でもちっとも聞いてもらえなくて――ついに断罪の日を迎えてしまって。

 諦めるのはものすごく辛かったんですけど――もう後はデスルートだけ回避して、憎まれっ子世に憚るって感じで自分の道を生きるしかない、って考えたんです。この半年、わたしがあの子をいじめていないのは本当だし、ちゃんとした証拠がないのはわかってたから、追放されるほどじゃないはず。きっと幽閉コース。だから大丈夫なはずだ――って。

 それに、そういう転生ならそれも悪くないなって思って。半年間イケメンを拝めたし――とは言ってもみんなプリシラには冷たくて……なんでこんな立ち位置に転生したんだろう、って本当に挫けそうでした。あの子、すごく上手くて。お手製のお菓子とかをもらうとみんなぽやんとしちゃうの。チャームポーションって本当にチートだと思う」


 うんうん。

 苦労したんだな。

 前世で過労死、今世で悪役令嬢じゃねえ。まあ、「アホ王子」の俺もかなりひどいポジションだけど。

 頷きながら話を聞いていたら、プリシラが嬉しそうに笑った。


「でも、そういうことならもう大丈夫ですよね!」


 って、ソファから立ち上がって俺の手を取り、ぐっと握る。


 うん? 何が?


 斜め上、つまり俺の顔の方を見て――目をキラキラさせている。


 なんだ? 俺の頭の後ろに希望の星でも見えるのか?


「昨日のは一時の気の迷いで、やっぱり婚約を解消させてくれ、って言われるんだったらどうしようって思ったけど――エドワード様の中身がアヤトさんになって、あの子のチャームは全部解けた。あの子は反省室送りで、プリシラの代わりに罪人として幽閉になるんでしょう? そしてわたしとの婚約は続行で――これで国政は安泰だし、クリスの出る幕はない――大団円――ですよねっ!!」


 すごくいい感じで言い切ったけど。


 いやいや、違うよ?

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