11. 三人目の転生者
ヒロインポジに並んで人気の転生先なんだとか――悪役令嬢ポジが。
だけど断罪されて捨てられる令嬢のどこに転生したいポイントがあるんだ。
病死、戦犯としての死、一番穏やかでも幽閉の上に修道院行き――釈放までは。
どういうことか全然わからない俺に、ミチカが説明した。
「身分の高い悪役令嬢に転生して、断罪イベント終了後に前世の知識を活かしてのし上がり、断罪した王子やヒロインを見返して生きるのも楽しいんですよ! デスルートを回避して幽閉されて、解放されてからの人生を楽しむとか、幽閉先を実家の領地にしてのびのびと本領発揮とか、煩わしい国政からも解放されて――そうなった時はもう高笑いじゃないですか!」
つまり、シンデレラカタルシスの逆を行こうということだろうか? アホ王子のことはほっといて『自分の幸せは自分でつかみ取れ』みたいな。
……それ、前向きでいいな。
「じゃあつまり、プリシラが俺と別れたそうだったのは気のせいじゃなくて――」
「そうです! あの人、断罪して欲しそうにしていたでしょう? エドワード様を改心させることができないと踏んで、そっち方向に切り替えたんです! くっそー! そうとわかっていたらもっと初期の頃から厳しく追及ポイントを厳選して証拠集めもしておいたのに! 国内追放コースにしてやればよかった――」
ミチカが拳を硬くして怒る様は、広間で見せた『プンスカ』というよりは『憤怒』って感じで、言ってる内容はともかくはるかに好感が持てた。
「だいたい、あの人からの直接的ないじめがなくなったのがその頃なんです――正統派の注意が増えて、実力行使をするのは取り巻きたちばっかりになって。ウェイン様からは『プリシラ嬢の言うことにも一理ありますよ』なんて言われるようになって、すごく攻略が大変に――全部あの人が転生者だったせいだったのね――もう!」
そう言いながら奥の椅子に向かい、上に乗っていたクッションを掴むとおもいっきり蹴り上げた。三回。ちなみにその後でドスッといい音をさせて踏んづけた……トドメか?
ミチカは本来そういう性格か――確かに攻撃系の方が得意そうだ。
鼻息も荒く格子のところまで戻って来ると、ドス、って感じで椅子に座る様子はなんだか微笑ましくて、本人がここに来たばかりの中三のころもこんな感じじゃなかったのかな~、なんて思った。
「そういうわけです。よろしくお願いします、アヤトさん。わたしが行くと絶対にモメるから」
「……へ~い」
「エドワード様の顔でそういう返事しないでください! もっと、かっこよく!」
そんなことを言われても、中身は俺だし。コンビニに行ってプリン買ってきて~みたいな感じで言われたら返事もそんな感じになる。
は~。
ため息を吐くと、ミチカは「ここから出たら冒険の旅に出るんですよね?」と聞いてきた。
「ああ、そうできたらいいなって思ってる――」
「じゃ、その時は料理スキルマックスの腕を振るいますから! がんばって下さい!」
ああ……そういうところは妹とは違うな。
カップラーメンに入れるお湯をどっちが沸かすかで争うような――そんな関係の妹も、俺が死んだときはきっと泣いたんだろうな――ちょっとしんみりしてしまった。
******
翌日、俺が向かったのは当然ながらプリシラ嬢のところだったんだけど、城を出た時は既にげんなりしていた――原因は王室のエドワード付きのメイドさんたち。
さすがの美人揃いだってことはいいんだけど、やたらと世話焼きで――昨晩も、着替えはもとより風呂場の中の世話までしたがる人たちばかり。
あのアホ王子どんだけ甘やかされていたんだ。
当然だけれど、異性の前で裸になる習慣などない俺としては、たとえ外見が完全に自分ではない美形の王子様だとしてもとうてい受け入れられるものではなかった。
薄布を纏った美女たちにどうにか出て行ってもらうまでのやり取りは、いっそそのまま流されてしまいたくなる程楽し……いや、かなり大変だった。
今朝も今朝とて「お着換えのお手伝いを……」って、朝から。和装でもあるまいし、手伝いなんているはずがない。ピカピカひらひらごてごてした衣服は嫌いだし。
ショックを受けた顔で「そんな……とってもお似合いですのに」とか言われても。やたらと飾りたがるのはやめて欲しい。
エドワードの顔なら着こなせるのかもしれないけれど、俺の感覚では外見も俺で――そう簡単には慣れない。ひらひらした飾りの付いたシャツやぴったりしすぎのズボンは好きじゃないんだと何度も何度も説明して(それは昨日もやった)、シンプル目のシャツとズボンを揃えてもらうまでが長かった。ちなみに昨日は埒が明かなくて自分で衣裳部屋に乗り込んだのだけれど、その豪華絢爛ぶりに衣裳部屋の床にorzしそうになった。
昨夜は遅い時間に国王のところを訪ねて、「ミチカのことは今後悪さをしないよう説得した上で俺が出て行く時に連れて行くことにした」と至極冷静に説明――しようとしたら、「お前、この期に及んでまだあのバカ娘にうつつをぬかしよるのか」って言われたし。
ちげーっつーの。
だけど甘やかされたアホ王子だけに信用がなあ……。
とにかく、ミチカのことがどうにかなりそうだとわかった今、俺が次に成すべきはプリシラとの円満な婚約解消。それが成されないことには国政上問題が残る。国王にもそう言われたし、そのために今日は(ちょっとだけ改まった格好をして)ウィッティントン公爵家を訪問――通常なら登城させるところなのだけれど、目的が目的だし昨日の騒ぎのこともあるので王太子の俺自ら赴いた。
さてさて、ミチカの予想が当たりなら、プリシラは半年前にヒロインいじめの首謀者であった公爵令嬢に転生した『ユウナ』さんということになる。そして少なくとも三カ月前の状態ではエドワードのことを諦めてはいなかったらしい。昨日はそれがいよいよどうにもならなそうだとわかってエドワード王子を見限り、幽閉ルートを目指したが頓挫中――そんな彼女はどうしてるかな。
ミチカよりは冷静でおとなっぽい印象だった。
ちょっと楽しみ。
エドワードのことを見限ったのなら、きっとゲームのエンドにも協力的なはずだし。
一応王太子なので、護衛に囲まれた状態で公爵家に到着。
訪問する旨は伝えてあったため、待ち構えていたらしいウィッティントン公爵(さすがというかなんというか、こちらも鼻筋の通った彫りの深い顔つきの立派なイケオジだった)に昨日の騒ぎについて詫びた。
エドワードが娘のプリシラではなくミチカをエスコートして会場入りした上、彼女が俺の瞳の色をしたネックレスをつけていたことも聞いているだろうに、そんなことには一切触れず、表面はにこやかなままでの挨拶。
きっとかなり仕事もできる人なんだろうな、なんてあくまでも他人事な感想を抱く俺。
プリシラと話したいと申し出ると、すぐに日当たりのいいサロンに通された。
硬い表情のプリシラが既に中にいて、侍女が一人後ろに控えている。俺が連れてきた護衛は扉の外で待機させた。
うん――さすがの公爵家令嬢。朝の光の中で見てもやっぱり美人。
たっぷりした銀の髪は今日はハーフアップにしてある。濃紺の瞳はサファイアみたい――ちょっときつい目もととサクランボみたいにつややかな唇。豊かな胸と細いウエストからの優美な曲線。つまりスタイル抜群。
さり気なくパールの入った薄い紫色のドレスも、落ち着いた感じで似合ってる。
「完璧だよな……」
つい呟いた。身分は王家に継ぐ公爵家。これで頭もいいんだから、彼女に目をつけられていじめられていたのなら、ミチカはかなりきつかっただろう。
転生から一晩経って、昨日よりはずっと落ち着いた頭でそんなことを考えながらもにこやかに会釈をする。
「おはよう、プリシラ――昨日の騒ぎについてと私がミチカをエスコートしたことについては済まなかった――彼女は過去のいじめのせいで酷く怯えていたものだから」
ここはまず対立するつもりがないことを示し、穏やかに婚約破棄に持ち込む算段だ。幽閉も追放もナシなんだからいい取引だと思う。
プリシラは硬い表情を崩さないまま、俺と同じように会釈をした。
「おはようございます。エドワード様。このように早い時間にこちらを訪問されることがあるなんて――驚きましたわ」
うん? 口調がなんかちょっと皮肉ってる感じ……? さてはこのアホ王子、朝は惰眠を貪るタイプか? ……ゲームにそんなシーンあったっけ? まあいいか。
「ちょっと確認したいことができたので――そんなわけでその後ろの彼女、外してもらってもいいかな?」
石像の如く直立姿勢の侍女のことなんだけど、俺がそう言った途端にその次女は俯き加減だった顔をはっと上げた。
一瞬で消えたけれど、そこに見えたのは挑戦的な表情。
退室するのが嫌らしい――なんで?
「エドワード様――ご存知とは思いますがそれはできかねます」
プリシラがちょっと頬をひきつらせた感じで断った。
「なん――いや、なぜだ?」
「婚約中とはいえわたくしたちは婚姻前なのですから、シャペロンのいない所で二人きりになるのは不適切ですわ」
あ、そういう理由か。
納得して頷く俺にプリシラが言葉を続ける。呆れた顔だ。どうやら俺はアホの上塗りをしたらしい。
「まして昨日のことがあったのですから――お父様は否定なさいましたが、殿下はわたくしとの婚約解消は『保留』なさっただけです。正式なものにするおつもりがあるのでしょう? その時にわたくしの立場が悪くなるのは困りますもの」
うん、説明されてみればその通りだね。
「じゃ、話が済むまで彼女には後ろを向いていてもらってもいいかな?」
ポケットに入れておいた盗聴防止の魔術具を取り出しながら聞く。後ろを向いていてもらいたいのは口の動きを読まれないためだ。
魔術具を見たプリシラは、はっきりと眉を寄せた。
「ここにいるキャリーとわたくしの間に秘密などございません――このままお話しください」
きっぱり言われたけど、そうはいかない。
「私にも事情があってね? その侍女が君の腹心なのはわかるけど、私の腹心ではない。それにちょっと私自身のことを話さなくてはならないんだ――それは他の人には聞かせられない」
「わたくし、殿下がお帰りになった後でキャリーに話しますわよ?」
「それは私の話を聞いてから判断して欲しい」
ティーテーブルに茶器はあるものの、茶を振る舞うでもなく放置されているそれらの横にことりと音を立てて魔術具を乗せる。
明らかに胡散くさいモノを見る顔でこっちを睨んでいるプリシラをじっと見つめて、俺は言葉を重ねた。
「同じ立場の者として協力して欲しいんだよ――『ユウナ』」