1. お決まり――なの? これ
「あ~よかった~! ホント困ってたんです。なかなか――っていうか、全然やってくれる人がいなくて!」
往来だっていうのにうるさい女の人がいるな。
「ホント助かりました! ただでさえ宝くじに当たったようなものなのに、みなさんえり好みばかりして――冒険とか、バトルとか――男性的にかっこいい職業がいいってそればっかり。あっちはすっごい順番待ちなのに、こっちの希望者は女性ばっかりで男性って本当にスカスカで――そのつもりで設定はしてあるんですけど、本当にいなくて」
もうちょっと静かに話せばいいのに。
「設定は終わってますからすぐに行けますよ! じゃ、説明しますね。行先は――あれ? な~んだ、あなたプレイしたばっかりじゃないですか――じゃ、説明はいりませんね。そのまま攻略されて大団円のハッピーエンドでもいいし、サイドストーリーを進めてもいいですよ。独自ルートの開発も自由ですっ」
本当、元気な人だな、月曜の朝だってのに――。
「ホント助かります! せっかくなので何かオプションとか――どうですか? ご協力いただいたお礼にオプションを弾んじゃいます! 何がいいですか?」
朝からキャッチか? 誰か捕まってんのか、気の毒に。
「あれ? もしかして聞こえてない? そこの読書しながら歩いてるつもりのお兄さんですよ、あなた。あ~な~た!」
へ?
俺が足を止めて顔を上げたのは、自分が読書中だったからだ。
で、顔を上げたら――。
「どこだ? ここ」
真っ白い空間。
どこまでも真っ白い――雪山とかじゃなくて、無機質で真っ白い――なに、これ。
きょろきょろと見回しても、真っ白いだけで、就職の面接会場に向かっているはずの道路がない(・・)。っていうか道路だけじゃなくて街路樹も建物も――空までない。マジなんもない。
「あ、よかった、聞こえてた――じゃ、そういうことでいいですね? ええっと、人気のオプションは魔力マックスとか魔法や物理の攻撃力マックスとか防御力マックスとか――所持金マックスとかも人気ですよ? ちなみに減らないタイプ。他には収納魔法とか死なないとか――自動回復とかも。中には料理スキルマックスとかテイマーとか選ぶ人もいますけど、そういう特殊スキルは体力がないと持ち腐れってこともあるので要注意です――あ、でも、あなたの行先だといらないか――この攻撃力は……違うやつだし。使えそうなやつは――ええっと、一応魔力マックスを付与しておこうかな。それなら使える場面もあるかも」
「……」
「他に何か希望はありますか? 何がいい?」
「……俺、に言ってます?」
「はい! そうですよ?」
元気いっぱいの女性の声が、どこからか返事をした。
「どこで喋ってる? あんた誰?」
「え? あなたもそこからですか? え~……と。いろいろ面倒なので、簡単にいきますね。私は転生先を決める人――あなたの感覚で言えば神様、に近いです。喋ってる場所は特に決まってなくて――」
その段階で会話を諦めた。夢か。夢だな。
うん。それなら、しかたない――。
ちゃんと起きて飯食って就職活動に出たはずが、まだ寝てるとかって……まあ、そういう夢を見る時ってたまにある。
学校行く夢を見て、実際起きたら九時とか。はっはっは――はあ。
「起きよ。ほら目を覚ませ俺~。今日は面接だぞ~。飯とシャワーだ。絶対遅刻はできないぞ~」
念仏のように呟く。大抵はこれで起きられる。
けど。
目は覚めないらしい。
「オプション。何にしますか?」
また話しかけられた。……しかたない、会話につきあうか。
「……何個付けられるんですか?」
「えっ!? オプションはええっと――普通は一個か二個……あ、でも今一個付けちゃったから――ですがお助けいただきましたし――一個オマケで全部で三個でどうですか?」
「……しょぼ」
「えっ!? しょ、しょぼい、ですか? じゃ、じゃあ、う~ん、五個!! それだけあればどこ行ったってほぼ最強ですから……って、あなたの行先ではいらないと思いますけど。でも、ちょこっとですけどバトルイベントとかもできないことは――魔法も使えますし――」
一生懸命説明してるっぽいけど、一体なんだ?
「……よくわかんないな――それ、今決めないとダメですか?」
「いいえ! もちろん後付けでもいいですよ?」
いいんだ? それにしても変な夢だな――まあ、付き合ってみるか。
「じゃ、とりまラーニングアビリティーだけマックスでお願い――つけられるなら収納魔法も」
「……え? 収納魔法はいいですけど、ラーニングアビリティーですか?」
「はい。この会話が夢じゃないとして――別に夢でもなんでもいいんですけど、どこ行ってもその土地や場所に固有の者や必要とされているものってあると思うんで――その場所でいろいろ教えてもらったり、本とか読んで必要なものを覚えた方がいいかなって」
「あ~、なるほど。なかなか堅実で便利な発想ですねえ!」
声が無駄に明るいな。
「俺、就職活動中なんで。……ある程度の体力はあると思っていいんですよね? 攻撃力も?」
「ありますよ。っていうかあなたの行先ではそういうのはいらない――あ、それに攻撃力は微妙かな――でも、そういうのもその場に合わせて覚えたらいいってことですよね――どうしましょうか。経験したやつは覚える――体験型取り込み式でいいですか?」
聞かれてちょっと考える。
それは自分がやったことや、誰かにやられたことはできるようになる、ってことだよな。
「それだと資料や本で読んだやつは覚えられないから――目で見たやつとかも再現できるようにできますか?」
「ああ、そうですね。いいですよ。視覚理解及び体験型取り込み式で――じゃ、そうしておきますので他のオプションが決まったら声をかけてくださいね! わたしは『ルーシア』です」
「ルーシアさん……」
「ではこれで。そうそう、最短滞在期間は二十年、永住可です」
「え? 最短二十年? それってどういうやつ――?」
「転送されるまでもう少し待ってくださいね――向こうに行った後はご自由にしていただいて構いませんから!」
「え~?」
……ま、いっか、夢だし。
目が覚めるまでどうしようか――読みかけの本の続きでも読むか?
そう思って本を持っていたはずの左手を見たら、持っていたはずの本がない。
あれ?
カバンも? え? 服も――!?
「俺の本――服とかカバンは?」
「当然本体と一緒ですよ! ……これ、夢じゃないですよ? あなたさっき面接会場に行く途中で亡くなったんですから――建設中のビルの鉄筋、強風で煽られてワイヤーが切れて落ちてきたの、覚えてます?」
「え?」
なんだか急にリアリティのある会話――それに背筋がゾッとしたような。
「あ~、覚えていないんですね。本なんか読んでるから~でも即死だったってことで、苦しくなくてよかったですね」
「え?」
「転生先なんですけど、不人気で困ってたんです。だからホント助かります。がんばってくださいね!」
「え? 不人気? って、俺どこに――」
「一番最近やったゲームの世界ですよ。覚えてますよね?」
……。
「一番最近……えええっ!!!」
記憶に甦って来た画面の記憶にドン引きした。
「ちょっと、待って、待って――俺そんなとこ行きたくない――」
「えええええっ! そんな! ちゃんと最後までプレイしてたじゃないですか! そういう人、少ないんですよ? それにもう設定しちゃったし――後は転生するだけです」
「そんな! どうせなら俺だってバトルとか冒険の世界に行きたいよ――!」
「えええええっ! 今さら――ただでさえそっちは男性の人気が高くてものすごい倍率だし、かなりの順番待ちなんですよ!!」
「そりゃそうだろうよ――俺だってそっちがいい!」
「そんな――やっと転生してくれそうな人を見つけたのに――それに今さらそんなこと言われても無理ですよ。設定は終わっちゃったんですから」
「そんな横暴な」
「だったら私が『いいですね?』って聞いた時に『ダメだ』って言ってくれたらよかったのに――! もう無理――あ、でも、できるだけ短時間にしてあげることくらいならできるかも――とにかくあなたに行ってもらわないことには困るんです。本当に希望者がいなくて。ええっと~今行ってるのは~」
急に慌て出して早口になった声がなにやら調べている感じ。
「あっちにいるのは、ええっとぉ。『ミチカ』さんと『ユウナ』さん……ストーリー攻略をできるだけ短期間にするとして……それなら『ミチカ』さんの方は行って三年……でいいか。とすると『ユウナ』さんの方は半年くらい前で、そこにあなたが入る感じで――よし。できた! 間に合った! あっちでは協力してもいいですし、別行動でもいいですよ! それに転生者の間で揉めずにうまくエンドできたら次のストーリーに移れますから! 是非そっちを目指してがんばってください――もう行きますよ。じゃあがんばって!」
「ちょっと、それってどういう意味――うわっ!?」
足もとの床だったものが急に消失した感じで、一気に落ちる。――フリーホールで落下するときの内臓がヒュイっと浮く感じがして、俺は手を拳にして目を閉じた。