エイプリルフール あり得る(かも知れない)未来
七つの階層に分かれた世界。その第四階層にある夕闇学園の中等部。
下校時間を報せる鐘の音が響いてから数分後。
鐘に勝るとも劣らない歓声が上がった。黄色い悲鳴と言い換えても良い。
処女雪のような白い肌。煌めく金髪はハーフアップのツインテールにして、髪と同じ色の弓形の眉と長い睫毛がアーモンドのような形の良い、ややつり目がちな赤い瞳を彩る。華奢なその身体の背には純白の翼。
制服はオフホワイトブレザーのシャツ、あとはズボンやスカートが標準的だが、あくまでデフォルト的な意味でだ。各々好きにして良いので極論を言うと端末の生徒手帳さえ持っていれば良い。
斜め前を行くそのキラキラしい人物……幼なじみの親友も、翼の邪魔にならないようにアレンジされた制服を身に付けている。
ブレザーとシャツにはスリットが入っていて、さらにホルターネックの後ろがばっくり空いたタイプの黒ベストをブレザーとシャツの間に着ていた。下は紺地に白と金のチェックが入ったキュロット、白いニーハイに飴色のローファーだ。
幼なじみが一歩進む毎に、どこぞの世界の聖人伝説の割れる海の如く人が進行方向の左右の割れて、幼なじみの名を呼んでいる。
まあ、これ日常的風景なんだけど……。
校門を出てから、俺は幼なじみに声を掛ける。
「なあ、あれいつまでやんの?」
「さあ? ボクがやってる訳じゃないからわかんない。まあ、でも仕方ないんじゃない? だってボク、可愛くて美しいから」
口を開かなきゃ確かに。しかし中身はコレ。
先程の光景は、いつの間にか出来ていた幼なじみの親衛隊が自主的に行っているものらしく、気がついた時には常習化していた。恐ろしい。
ちなみに俺は初回はショック過ぎて記憶がないし、現在では校舎から校門を渡りきるまで現実逃避してやり過ごしている。
本当は別々に下校すれば良いのだが、幼なじみの両親とうちの両親からくれぐれもよろしく……つまり手綱を握っておいてくれと頼まれている。かくして今日も拷問のような一時を終え、転移石で家のある第一階層まで戻ろうと。
「あ。今日、ちょっと寄り道するから」
「は?」
「あのねー。ボクの家の領地に住んでる下僕が困ってるんだって。だから、家畜のお世話は飼い主の務めかなって」
うん。待て。
「お前……その呼び方は怒られるぞ」
「えー? だって母様が下僕も従僕も奴隷もダメだって言うから」
「ペットと豚が良いとは思えない」
「ボクのペットになれるなんて光栄の極みなのに?」
「…………」
やめよう。深入りするべきじゃない。よその家の事だ。
「そう言えば、お兄さんと妹さんは最近元気か?」
「んー。兄様はいつも通り。あの子もいつも通りって言えばいつも通りかな。この間、手首切って世を儚んで母様にお説教されてたよ」
「さらっといつも通りじゃいけないものをいつも通り言ったな」
「だってぇー……。いつも通りだし。ボク達の妹がなんでそんなに自分に自信がないのか、ボク理解できないもん。ボクの妹だよ?」
「あの子もお前くらい過剰な自信持ってればなぁ」
半分その自信分けてあげれば丁度良いんだろうな。
言うても、妹さんだって幼なじみに劣らないと思うんだけど。
翼と同じく白い髪と大きな赤い瞳に白い肌。儚げな、硝子細工みたいな雰囲気の幼なじみとは別方向の美しさがある。ちょっとウサギみたいな印象で可愛い。
ちなみにお兄さんは会ったのが昔過ぎてぼんやりとしか思い出せない。
「ともかく、寄り道ついでにおやつ食べるから!」
「うわ。ちょっと待て。うちに連絡入れる!」
夕飯の前に何か食べるなら連絡入れておかないと母さんに怒られる。
携帯端末でメッセージを送って、俺達は家のある第一階層へ移動した。
転移石の転移先に指定できるのは一応条件がつけられている。
街中へ転移するならそこに住居があること。その場合、家中には転移できない。また、転移先に何か障害物があれば転移不可。
街中に住居が無い場合、街門の外にしか転移できない。
で、幼なじみの住む街ではあるものの、俺は別の所に住んでいるので一緒に転移した先は街門。学園のある第四階層は夕闇の時間が一番長い階層なので学校を出た段階で黄昏だったが、この第一階層ではまだ黄昏に変わるかどうかだ。
「えーと、農場方面だからあっち」
「おい、待て。おいてくな」
階層から階層への縦移動は転移石。そして同一階層内での移動は陣が使用される。転移石と違うのは、陣の場合、対応している陣にのみ移動する所。座標を指定する転移石の方が便利だが、高いし石の魔力をそこそこ消費する。
陣は転移石ほど融通が利かないものの、低コストで人間も良く利用している。
と言うか、ほぼ人間のために開発されたようなものだろう。他の世界で魔族と呼ばれる事の多い俺達には、基本自前の移動力がある。翼とか獣以上の脚力とか色々。それこそ瞬時に移動する術もある。
街門の外に複数ある大きめの東屋はまとめて駅とも呼ばれる。
文字通り、同一階層内の様々な場所に対応した陣がそれぞれ配置され、人や物が移動する拠点だ。
俺達は賑わう露店や屋台を楽しむ暇もなく、街から西に位置する農場地帯へ移動する陣へと足を乗せた。
「とうちゃーく!」
「流石に春だとまだ畑は緑が少ないな」
「ね。でも、ほらあっち! 花畑は今が見頃だよ!」
幼なじみの示す方向には、極彩色の花束みたいに鮮やかな花畑が見える。
農場地帯と言うだけあり、酪農の牧草地から果樹園、小麦や稲、野菜、花畑とほぼほぼ全てのものが地帯の名に恥じぬ規模で広がっていた。
俺の実家は湖水が多く、また種族としても水棲のものが多いので、こういう風景は珍しい。俺のイチオシは秋の小麦と稲穂が金色に実る頃。まるで海のように風で穂が波打つ光景を初めて見た感動は忘れられない。規模が規模だけに圧巻だし、本物の海のように感じた。
山菜や川魚に獣の肉も採れる慈味に富んだ山々が横たわり、今は全体的に薄紅や白の樹花に彩られているのでこれも悪くない。秋には赤や黄色とまた違った様相を魅せてくれるのも気に入っている。
「あとで母様とあの子にお花摘んでいってあげよーっと。お土産に」
「そうだな。俺もそうする。母さん喜びそうだ」
何だかんだ言いつつ、幼なじみは両親と兄妹が好きだ。あとは言動をどうにか整えれば、大分ちゃんとした貴族になるのに。
まあ、他人のご家庭事情に首を突っ込んで良い事無いし、別に俺は今のこいつが嫌いじゃないから良いけど。
「そ・の・ま・え・にぃ、可愛い家畜を困らせる害獣を駆除しなきゃね!」
「そうだな」
一応、自分ちの領の治安維持も貴族の務め。
それで言うと俺は他領だけど、まあ気にしない。友人の手伝いだ。
何でも幼なじみの親衛隊員の親はこの農場で働いているらしいのだが、数日前から恐らく迷い人と思われる集団に畑を荒らされたり襲撃される事件が起こっているのだとか。
迷い人とは、この世界に迷い込んだ異世界の人間。そのまんまな意味だ。
本当に偶然や事故で迷い込むものもいれば、意図して侵略に来るものもいる。
そういった者達はまずこの世界の住人の害意があるかを確かめた後、害意があり話し合いも拒否するなら害獣として駆逐するのが規則。
話合っても、「お前を殺ーす!」または「ヒャッハー! 皆殺しだZeeee!」って言ってる人物を野放しに出来るわけがない。住人の安全を守るのが俺達の義務だ。
「えーと、まず管理小屋は、と」
広大な土地は幾つかのエリアに分かれ、それぞれに管理室と休憩所を兼ねたロッジが建てられている。そのエリアへの放送などもここから行われるのだ。
「おっじさーん! 元気ー?」
「お邪魔します」
「おお、領主家のお子さま方」
苺狩りやら何やらで幼なじみも俺も結構この農場地帯の人にはお世話になってるから顔馴染みの域だ。
「今日はどうしました。この時期だとまだ花以外は」
「そっちは後で行くー。今日はね、今から害獣駆除やるから、そのお知らせ」
「ああ、なるほど。いや、助かります。先日も山菜チームが襲われましてな。山から降りてきたかと思えば畑を荒らしますし、幸い命は取られなんだが、怪我人も出ておりますので」
熊とか鹿かの野生動物かな?
魔石を原動力とする各種道具で、作業自体は随分効率化そして自動化が進んでいる。しかし、やはり手作業でやるべき事も多い。山菜採りなんかはどこまで採って良いのかの判断も必要だし、丁寧にやらないと以降の年に響く。どうしても人の手が最良の箇所はあるのだ。
「ふむふむ。りょーかい。話聞く限り対話無理そう?」
「どうでしょうなぁ……。職業として山賊夜盗を自ら選んでいそうな者達だとは思いましたが」
遠回しではあるが、それはつまり無理なのでは。
「ま、一応はね。話もしてみるけど。そこに子供いた?」
「いえ。大人だけですね」
そうしている間にも俺達を出迎えてくれたおじさんが放送機材の準備を整えてくれた。
『あー。てすてす! うん、OK。じゃ、お知らせでーす!』
幼なじみがこれから駆除作業を行うこと、その為、今日はそろそろ上がって避難して欲しい旨を伝えている。
農場と山から放送を聴いた働く人々がロッジへ帰って来て、彼らに挨拶しつつ、おじさん達職員が点呼をして無事を確かめた。
「このエリアの者は全員おります。両隣のエリアも問題ないそうでさぁ」
「ありがと。じゃ、サクッと狩ってくるね!」
そして俺達は野生化した迷い人の群れがいる山へと足を踏み入れた。
「ふんふんふーん。そろそろかなー」
「おい。ヨダレ」
「おっと」
さっきから「おやつ、おやつ~」とウキウキしている幼なじみ。貴族にあるまじき……というか、マジでただの子供。
「あ。そろそろって事は、着替えとかないと」
そう言っておもむろにブレザーを脱ぎ、そのポケットからどう見てもそのポケットに入らないだろうってポーチを取り出す。うん。物量法則無視してるな。
「えへへー。良いでしょ、コレ。この間、伯父様にもらったんだー♪」
「道理で……」
なら何も驚かない。幼なじみの伯父はそういう物をよく作ってホイホイ与えている。
ポーチにブレザーを仕舞い、代わりに取り出すのは可愛らしい花柄のエプロンだ。当然、気持ち悪いくらい似合っている。可憐だ。
「あとはねー、これかなー」
そう言って取り出したのはそれなりの長紐。それを肩甲骨の下から翼の付け根に軽く結ぶと、翼が消えた。
「これでよし! 飛べないけど、それくらいのハンデあげないとね」
「とか言って、汚れつけたくないだけだろ」
「てへっ!」
何でも母方では翼の良し悪しは美人の条件でもあるとか。その為、幼なじみは翼の手入れを欠かさない。今回で言うなら、万が一にも汚れをつけなくないのだろう。
あの紐は結ぶと翼が異相……まあ実際は無くなったわけではないけど、存在する場所がズレて紐を解くまで無くなるというアイテム。これも勿論幼なじみの伯父作。人混みとか雨天で重宝しているらしい。
「あ。エプロンの予備と三角巾もあるよ。あと、入れとく?」
「……ありがたく借りる。そしてブレザーは俺も頼む」
ちなみにうちの父方だと髪、母方だと肌の色艶が良い男女の条件だ。髪は確かに俺も気を遣ってるかもな。
「…………」
「んー? どうしたの?」
いやーだってさ、このエプロンと三角巾、俺のエプロンは白と爽やかなブルーのストラップなんだけどさ、ちょっと目を凝らすと見えるんだよ。魔力のオーラみたいなのとか、織り込まれた術式とか。
防塵、防刃、防汚、防水、防炎、抗菌、物理攻撃軽減、魔法攻撃軽減、衝撃軽減、幻惑無効、体力補助……。
うん。なに。これ戦闘前提なの? エプロンにこの効果って馬鹿じゃねーの?
しかも、これエプロンで覆われた部分だけじゃなく、『着用』した人物の効果が出るようになってんだけど? は? マジで何で。エプロンだぞ?
「なあ、これも?」
「うん。伯父様が学校で家庭科の授業で使う新しいエプロン欲しいっていったらくれたー」
もう気にしたら負けだな。
「あのねー、このポケットを」
俺のエプロンにもついているが、幼なじみはエプロンのポケットを叩く。そして何故か右ポケットからメリケンサック、左ポケットから解体用の包丁が出てきた。
…………考えるな。
「こっちはまだ後でかな」
幼なじみは解体用の包丁を再びポケットに戻す。考え以下略。
「ねえ、やってみなよ」
幼なじみの言葉に俺も両方のポケットを叩く。
右ポケットに手を入れ、指先に触れたものを掴んで引き出すと、細剣だった。
何か嘘みたいにポケットから引き抜けたんだが。
「左は?」
若干自分でも虚ろな目をしてるなって自覚しつつ、今度は左ポケットに手を入れる。
柔らかいものが指先に触れて引き出してみると、縄だった。
いや、うん。これはあり得る、か?
とりあえずロープは戻しておく。
「準備OKー! ゴーゴー!」
そしてまあ、ダイジェストでお送りしよう。
幼なじみが獲物集団にエンカウントと同時に文字通り殴り込み、殴る蹴るの暴こ……大活躍。こぼれたのとか、こっちに向かってきた奴を俺が細剣でつつく。
そんなこんなで捕縛した山賊達八人は現在、山間の沢その砂利が音を立てる岸辺に座らせられている。
見た目からして山賊の頭と思われる恰幅の良い禿頭の人間に一時的に言葉が通じる術をかけ、更正の意向や敵意を無くせるかを確かめる。大体無理だけどな。
案の定、罵詈雑言で敵意バリバリだし、更正は無理だ。
「他のも同じ感じだねー」
「そうだな」
そこからはミラーリで連絡を入れ、農場で働く管理職と騎士団から人員を回してもらい、一人を残して山賊達を引き渡す。
大人達が山賊を連行して姿を消した後、幼なじみと俺は残された一人を見た。
残された一人は大きく肩を、縛られた身体を震わせる。
うん。仕方ないよな。だって……。
「うふふ。あー。やっとだよー」
「そうだな」
「身体動かしたら、お腹って減るよねー」
俺達の服装は、さっきと変わらず三角巾と制服のブレザーを脱いでエプロンというものだ。
そして、武器はしまって、代わりに幼なじみは解体包丁。俺の手にはロープがある。
さて、小腹を満たそう。
「あ。血はどうする?」
俺はロープで木にぶら下げていた解体済みの肉塊を下ろす。
「えっとねー、少しブラッドソーセージ作るのに貰って、あとは下級吸血鬼の下僕にあげよっかなって」
「わかった。じゃ、瓶に詰めとく」
使った鍋やまな板をエプロンのポットへ片付け、幼なじみは転送用の陣が刺繍された風呂敷を広げて手際よく処理していく。
「おっわりー」
全部片付け、河原はもちろん綺麗にゴミも跡形も残さない。
ここで肉の解体があったとは誰も見ただけではわからないだろう。公共の場所を使ったら、来たときよりも綺麗に! じゃないと幼なじみと俺の家では叱られる。
程好く小腹を満たした俺達は、後片付けも終えて帰るだけ。
「はい。ブレザー」
「ありがと。じゃ、帰るか」
「もうっ。忘れたの?」
「え?」
餅みたいに頬を膨らませ、エプロンを取りブレザーを着て、翼を出した幼なじみが腰に手を当ててそう言ってくる。
「お花畑に寄って、母様達にプレゼントのお花摘んでくって言ったじゃない」
「あー。そういえばそうだった」
そんなわけで俺達は一路花畑へ。エリア内の移動なら陣を使うより、自前(脚とか翼とか)の方が早い。人気の無い山道なら人を跳ねたり轢く心配もないし。
夕焼けの色で翼を染め、幼なじみは気持ち良さそうに空を往く。
花畑に着くと、管理のロッジに顔を出す。
「あら? 若様方どうなさったんですか?」
一日の仕事も終わり、ゆったりお茶を飲んでいたドライアドの女性がこちらを見て椅子から立ち上がる。
「こんにちは。ちょっと近くに来たから、家にお土産でお花摘んで行きたいなーって」
「まあ。ふふ。良いですね。よろしければ花束に整えましょうか?」
「うん。お願いします」
幼なじみのついでに俺も花束をしてもらい、ロッジを後にする。
「言わないのか? 山賊捕まえたから安心してって」
「うん? 別に良いんじゃない。だってすぐ連絡回るでしょ。それに大事なのは安全になったって事実の方だし」
誰が安全にしたかじゃないでしょ?
そう笑う。あの女性の子供が親衛隊員で、その子が母親の働いている所に山賊が出ると困っていたから来たわけで。
普通なら人間などに大抵の種族は遅れは取らない。しかし、中には荒事が苦手なものもいる。今回が丁度それ。
同じ種族だとしても個体差もあるし。
「さって、じゃ帰ろう! えへへ。喜んでくれるかなー?」
花束を手に、俺達は家路につく。
これは何てことない俺達の日常。
了