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亡国の鷲獅子騎兵  作者: いぬがさき
2/6

ウィリアム・グリガルド

今から12年前、当時15歳のウィリアム・グリガルドは、成人の儀と共に鷲獅子騎兵に叙任された。


これは前例のない事であった。



通常は騎士として実力のある者だけがウルルド高原へと立ち入る許可を得て、グリフォンとの友の契りに挑み、成功した者だけが鷲獅子騎兵に叙任されたのだ。



ところが、鷲獅子騎兵に叙任される前のウィリアムは、従騎士になったばかりであった。


そんな彼が何故、騎士の叙任を飛び越え、鷲獅子騎兵となったのか。


それは彼の出自が関係していた。



ウィリアムはウルルド高原一帯を治めるグリガルド領主の息子であった。


グリガルド家は代々、王家からウルルド高原の管理を任されており、その中にはウルルド高原の門番や王家とグリフォンとの連絡役も含まれている。


もちろん、それらの役はグリガルド家当主のみで、必然的に当主も鷲獅子騎兵であった。


逆にグリガルド家の者であっても、当主もしくは鷲獅子騎兵でなければ、ウルルド高原へ立ち入る事は許されておらず、もし侵入した場合は他の部外者と同じく罰せられる事となっていた。



しかし、ウィリアムは幼い頃、事件に巻き込まれたとはいえ、許可なくウルルド高原へと足を踏み入れてしまい、しかも、あろう事かグリフォンと友の契りを交わしてしまったのだ。



なお、この事件には王家も関わっており、ウルルド高原で結果的にウィリアムが王族を救った為、特例で彼は罰せられず、代わりに箝口令が敷かれた。


その為、その事件やウィリアムがグリフォンと友の契りを交わした事は、事件関係者以外には知られていない。


彼がグリフォンと契りを交わしてからほぼ毎日、父であるグリガルド領主から騎乗訓練と戦闘訓練を受けていた事も。



ウィリアムが鷲獅子騎兵に叙任された当初は異を唱える者も多くいたが、彼の騎乗技術を見せられた後は、みな納得せざるを得なかった。


また、彼自身が騎乗技術、騎乗戦闘技術の高さを鼻に掛けるような性格でなく、謙虚で穏やかながら、騎兵団の訓練はもちろん、通常の騎士訓練も基礎から怠る事なく熱心に取り組んでいた為、そのひた向きに努力する姿を見た者から順に、徐々に彼を非難する人数は減っていった。



更に、ウィリアムへのが批判的な意見が減少した要因として戦争も挙げられる。



彼が叙任されてから数ヶ月後、とある帝国が突如として他国へ侵攻を開始し戦争が勃発した。


戦火は瞬く間に拡がり、やがてエストランザ全土を巻き込んだ大規模な戦争へと発展したのだ。


アンデリア王国は当初、戦争へは消極的であったが、帝国及び帝国と同盟を結ぶ国から、肥沃な国土やグリフォンが棲まうウルルド高原を狙われ始めると、降りかかる火の粉を払う為に鷲獅子騎兵団や騎士団を迎撃に向かわせ国を守った。


もちろんウィリアムも出陣しており、幾多の実戦を潜り抜けて経験し、また、過酷な訓練を惜しみ無い努力でこなし続けた甲斐もあり、叙任から2年後には騎兵団最年少ながら、団長に肩を並べるほ程の実力者となっていた。



だが、帝国と同盟国の波状侵攻により、アンデリア王国戦力は徐々に削られていき、奮闘も空しく、戦局は悪化の一歩を辿っていった。



そして、ウィリアムの鷲獅子騎兵叙任から2年後、現在から10年前。運命の日が訪れた。

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