最初の魔剣を持つ剣士~金貨100枚で何でも買える男がいきなり魔剣を買ったら最強になりました~
この物語は自著【経済掌握の記録】のスピンオフとなっております。どちらを先に読んでいただいても楽しめるかと思いますが、この物語でよくわからなかった部分はそちらの方を読めば分かるかと思います!
「はぁ~、もっと酒が飲みてー。」
ある酒場のテーブルに座り、一人でつぶやく青年がいた。
この男の名前はガンダという。職業はいわゆる冒険者だ。
この世界にはダンジョンと呼ばれる奥深い迷宮が世界各地にあり、そのダンジョンの奥には貴族が喉から手が出るほど欲しがる宝物が多く隠されている。
しかし、ダンジョンの中には当然その宝を守るべく、多数の魔物が潜んでいる。
その魔物を倒しながら、時には魔物から取れる素材を、時には宝箱の中に眠る宝をダンジョンから獲得して生計を建てているのが冒険者という職業だ。
ときに冒険者は一週間で平均的な農民の1年分のお金を稼ぐ。しかし、常に命を落とすリスクが付きまとう。
まだ株式会社というものが存在せず、多くの者が金融取引を知らなかったこの時代、冒険者はハイリスク・ハイリターンの代名詞であった。
ガンダは小さい頃、村にいた一人の冒険者に憧れて剣の練習を必死になってやっていた。彼の才能のおかげもあってか、15歳を超えるころには村の誰も彼に剣で叶うものはいなかった。
ガンダのいる国での成人は18歳であった。ガンダは成人すると同時に村を飛び出し、すぐさま冒険者ギルドで冒険者登録をするに至った。
ガンダは小さいときから、特定の集団の中で行動することを嫌った。一定の期間であれば仲間ともやっていけるのだが、暫く経つとどうもうまくいかなくなってしまう。
それは冒険者になってからも同じだった。
ガンダは剣士であるから、当然後衛の人を含むパーティーに属したほうが有利になる。しかし同じパーティーの中に長く居続けることは出来なかった上、ガンダ自身それが自分に向いていないであろうことは分かっていた。
冒険者になってから一年ほど経つと、一匹狼の剣士としてある程度やっていけるようになっていた。
ダンジョンには多くの危険が潜んでいる。そのため、特に前衛は腕や足に骨折などの大きな怪我を追うことも多い。
そうなるとパーティーからは前衛が欠けることになってしまう。そこで代わりの前衛として一人者を雇うのだ。
多くても3回ほどダンジョンに潜ればそのパーティーのメンバーとは別れることになるし、剣の腕はかなり良かったガンダはいつの間にか中級の剣士としてある程度立場が確立してきた。
ガンダはいつも決まって冒険者ギルドと同じ建物に付属している酒場に座っており、何かあったらすぐに仕事を依頼できる。態度も大きくはなく、割高な取り分は求めない。しかし、主戦力として頼れるほど強くはない。あくまで繋ぎ。
多くの冒険者からの評判はこのようなものだった。
剣の腕のいいガンダが、なぜ半端な実力でしかないのか。それは簡単な話である。
彼は手に入れたお金を、実家への仕送りと、食費と酒代に全て費やしてしまうのだ。
つまり、装備が極端に弱い。
ガンダの収入は冒険者の中でも平均より少し上を行くくらいだ。しかしダンジョンから帰って取り分をもらった後、銀行で実家に仕送りして残った分は必ずいまガンダが座っている酒場で一緒にダンジョンに潜った仲間達と豪勢にお金を使ってしまう。
つい調子に乗って奢ってしまうことが大半だ。
農家も同様であるが一般的な冒険者は手に入れた資金のいくらかは貯金し、ある程度溜まったところで新しい装備を買う。
装備はダンジョンから得られた素材で作るものがほとんどだが、ダンジョンでドロップしたそのままの形というわけには行かない。
職人が一つ一つ丁寧に作っているからどうしてもお金はかかる。
ガンダが今着用している装備や剣は、ダンジョンで捨てられた装備や一緒に組んだパーティーメンバーの使わなくなった装備を安く買い取ったものだ。
これのせいでいくら剣のスキルが良くても全く強くならなかった。
もちろん本人もこのことは自覚しているし、直さなければならないと思っている。しかしどうしても目先のことにお金を使ってしまうのだ。
「暇だ。そろそろ誰か雇ってくれね―かな―」
激しい喧騒の中で彼の独り言を聞いているものは一人もいない。
しかし、そのときガンダの見慣れない黒ずくめの男が近づいてこう口にした。
「お前が、ガンダか」
「ああ、そうだ。」
ガンダは訝しげに男を見上げた。このあたりでは全く見ない黒髪だ。そしてベージュのコートのようなものを着て立っている。冒険者にしては細いから、もしダンジョンに潜るなら魔法使いか治癒師といったところか、とガンダは推察していた。
「私はこのあたりで魔道具を売り歩いている商人の者だ。君に頼みたいことがある。」
「お金さえくれれば。あとは内容次第だ」
少し上から目線な態度にイラッとしながらもガンダはそういった。この界隈では自分の詳細なステータスは言わないものも多い。
今の時代、多くの商人は世界的な不景気とやらに苦しんでいると聞いたが、この男はどうやら身なりからして全くそんな様子はなさそうであり、そうなればかなり報酬が高い可能性があるとガンダは踏んだ。
男は懐から一枚のコインを取り出した。
「なっ」
ガンダは目を見開いて驚く。硬貨はただの銅貨でも、銀貨でも、金貨でもなく最上等のミスリル硬貨だった。
ミスリル金貨という名前だが実際には中心にオリハルコンが埋まっており、それをミスリルでめっきしてある。
「報酬はこれだ。見たことはなくても、これが何かは分かるだろう?」
ガンダのいる国での通貨の数え方としては、1000枚の銅貨と1枚の銀貨、1000枚の銀貨と一枚の金貨、というふうに上がっていく。
通貨価値としてはおおよそ日本円と同じだから、ミスリル硬貨はおよそ10億円相当ということになる。
ガンダは目を疑った。そもそもこんな男がこれだけのお金を持っていることに驚いたが、それ以上になぜこんなことをするのかが分からない。
「どうして、という顔をしているようだが話は単純だ。君しか依頼を達成できそうな者がいない。それだけのことだ。
いまから依頼内容の話をしよう。
依頼内容はズバリ、いつも君が潜っているダンジョンの最深まで一人で行ってもらいたい。」
先程からまるで別世界の人と話しているような気分のガンダからしてみればもはや訳がわからない。訳がわからないがミスリル硬貨は欲しいので話を続けた。
「さささ最深って! そんなの無理っすよ。40階層のボスから気が狂ったかのように敵が強くなるのは知っているでしょう! あんなのAランク冒険者が30人いたって無理ですよ!」
「だがやるんだ。君なら出来る。君には前金としてこいつの一割、つまり金貨100枚を渡そう。それでそのボロっちい装備を全て最強の装備に変えなさい。
俺は国外の知り合いに素晴らしい薬を作っている人を知っている。今回その人からいくつかの異常な性能を誇るポーションを買ってきたから、お前が欲しいだけそれも売ってやる。それでどうだ?」
「あんなあ、いくら装備が良くっても、それを使いこなすにも時間がかかるんだよ。そういえば期限の話を聞いていなかったが、いつまでに達成すればいいんだ?」
「一年後だ。一年後の今日までにダンジョン最深部にあると言われている『不老の石』を取ってくるんだ。」
やはりそれが狙いだったか、とガンダは納得した。ガンダも小さい頃のおとぎ話でよく「不老の石」についての話を聞いていた。
世界各地のダンジョンの最奥にはとても美しい球が置いてあって、それに魔力を込め、不老になった勇者の話が出てくる。
その勇者は不老になった後も世界各地で活躍し、永遠に民から厚い尊敬を受けたという話だ。
しかしそもそもダンジョンは最奥というものがあるのかどうかも分かっていない。ましてやそんな石があるかどうかなんて誰も知るはずはない。
この謎の男はそれをガンダに要求したのだ。
「もし最奥にその球が無かったらどうするんだ?」
「その時はその時でいい。俺は最奥に何があるのか、俺はそれが知りたいだけだ。」
そんなことのために信じられない大金を叩くのか、とガンダは思ったが、あまり細かいことを深入りする性格でもないガンダは放っておくことにした。
「分かった、引き受けよう。」
「話が早くてたすかるよ。いまから俺が運営している魔道具店に案内してやる。この辺にある武器屋と防具屋よりはよっぽどマシだろうから、ぜひともその中で見繕ってくれ。
あ、前金の一割の金貨100枚は俺の店以外では使えないからな。」
「おいまじかよ、結局自分の利益に還元されてるんじゃね―か! ちっ、この機会に昔から買いたかったジュラ……なんとかいう軽くて丈夫な金属を使った盾とか買おうと思ったのによ」
「ははっ、ジュラルミンのことかい? うちじゃそんなの比較にならんよ」
まあぽん、とミスリル硬貨を出せる商人ならそんなもんかと納得しつつ、ガンダは酒場兼ギルドの建物を出て謎の男に付いていった。
15分ほど歩くと小さい小屋のようなところに着いた。土地はそこそこ広いのに建物がやたら小さい。まるで物置小屋だ。
「こんなところで売っても誰もこねえ……ってか、そもそも店だってわからねえだろ」
「普通の店と違って私がこうして案内するだけだから問題ないのさ」
そう言いながらきしめく木のドアを開けて中に入り、謎の男が中にはいると何やら変な呪文を唱えた。この国でよく使われている魔法とは少し違うようだとガンダは感じた。
「うおっ」
急に倒れそうになった。どうやら床が動き出したようだ。全く音を立てずに、地面が結構な速さで沈んでいく。ガンダが上を見上げると土の壁が筒状に天井まで届いている。まるで落とし穴に落ちたようである。
「さあ着いた。ここが俺の店だ」
「もう何も言わねえ」
ガンダは今日何度目かわからない驚きの声を上げた。
地下に相当広いスペースがあったのだ。商品はすべてキレイなガラスケースのなかに飾られていた。
「さあ、好きなものを選びたまえ。この隣の部屋に藁とか丸太とか岩とか鉄鋼とかおいてあるから剣なんかを試したかったら使うといい。」
ガンダにとっては目移りするほど豪華そうな商品が多く並べられていた。剣だけで30本以上ある。しかもどれもガラスケースには「説明」と書いてあって長々と文章が綴られていた。
職人から装備を買うとよくなんの金属を使って何時間叩いて何々を塗ったから丈夫だとかいう話を聞かされる、とガンダはパーティーメンバーから聞いていた。
どうせそんなことがわざわざ文字で書いてあるのだろうと見てみると、またまた驚く。
ガンダが剣の先の方から柄に向かって紅から銀にグラデーションのかかっているかっこいい剣の説明を見ると
「使用者の任意のタイミングで剣が火を纏います。特殊な魔剣で使用者が火傷をすることなどはありません。森林でのご使用は後控えください。火事を起こしたときの責任は取りかねます。またこの剣は水につけた状態でも……」
ガンダは魔剣という物を見たことも聞いたこともなかった。半信半疑で謎の男に試させろと言ったらどうやってか一瞬ガラスを消し去ってから剣を取り、何も言わずにガラスをもとに戻した。
「ほらよ。壊したら弁償な。ちなみにそれ金貨40枚するぞ?」
「ふんっ」
もう何も言わないと決めたガンダは隣の部屋で剣を振るった。
ガンダが思っていたよりも軽く、振りやすい剣だった。無心に振っている分にはただの剣である。丸太が一瞬で真っ二つに別れたことを除けば。
ガンダが燃えろと念じて高く剣を振りかざすと本当に火が出てきた。揺らめくような炎ではなく、激しく燃えているような、そんな炎だ。
その炎の色は剣先の紅の色とほとんど同じだった。つまり傍から見ると炎を出した状態の剣は一回り大きくなった大剣に見える。
ガンダはこの剣に完全に惚れた。一度丸太に振ってみたものの剣が触れる前に炭化してしまった。
岩も簡単に切ることが出来た。切った断面はグツグツと音がしている。
鉄鋼も同じようなものだ。少し抵抗が大きかったがそれでも簡単に切れたた。
「すげえ!すげえよこれ!」
「俺の作った甲斐……俺が仕入れた甲斐があるよ。さあ他のも試してみたまえ」
ガンダはそれから無心に様々な剣を振ってみたが、結局最初の紅色の剣よりしっくり来るものは見つからなかった。
剣を極めた後もガンダは防具、盾、アクセサリーなどを見繕った。
家を何件か建てられるほどの買い物をして、残った金貨は全て謎の男の売るポーションに使った。
これもまた凄かった。
男が自演すると言って自分から腕を剣で切り裂いたかと思えば、怪しい液体を数滴垂らすだけで血が止まり、すごそうな包帯を巻いて1時間ほどしたら傷が消えた。
「こいつらは最上等のものだ。自分でランクを考えて買うんだな。」
こうしてガンダは今までで縁のなかった信じられない買い物をした。
自分の店で全部の金貨を使えといったときにはどんなボッタクリ商品を売りつけられるのかと思ったが実際中身は大変なものだった。
「よーし! この依頼を成功させたらミスリル硬貨使って、変えなかったヤバそうなネックレスも買うぞー!」
ガンダは次こそは手に入れたお金を装備につぎ込むと決心してダンジョンに向かった。
ガンダの着ている防具は性能こそ桁違いに上がったものの、見た目は少しきれいになったくらいでそこまで変わっていない。
しかしパーティーではなく一人でダンジョンに入るとなるとどうしてもダンジョンの門番に呼び止められてしまう。
「おいガンダ、おまえいくら仲間が見つからないからって一人でいくのは流石にヤバいだろ」
この日はたまたま知り合いの門番だった。たまにオフの日に一緒に酒を飲みつつダンジョンの情報を交換する仲間でもある。
「いや、詳しくは言えないんだがオレ一人でもある程度すすめる気がするんだ。それに、危なくなったらいつもみたいに全力で逃げるから大丈夫だって。」
「いや、たしかにパーティーメンバーすら置いて逃げ帰ってくるほど足の早いお前でも、一人だと逃げている最中に罠にでもかかったら………」
「あんまり見せたくなかったけど仕方なく見せてやるよ。」
ガンダは背中にかかっている鞘から買ったばかりの剣を取り出し、高く掲げる。
「なっ何だその剣は!?」
薄笑いしながらガンダは力を込めた。
「それはまさか噂に聞く魔剣……?」
門番も唖然とその剣を見つめていた。すると門に近づく別の冒険者の足音が聞こえたためすぐに火を消し剣を鞘に収めた。
「ま、こんな感じでつよーい魔道具とやらをいくつか手に入れたのさ。罠を見つけるやつもあるから安心しろって。あ、あと、これは人には絶対言うなよ。どうやって手に入れたかの説明に困る」
「俺にも言えないのか」
「1年くらい経ったら言えるかもな。じゃ」
そう言ってガンダはダンジョンの中に入っていった。
ガンダは逃げるのがとにかくうまい。パーティーに雇われるときに契約としてピンチになったら逃げ道の先頭を走れということはよくある。
前衛の人は例え逃げ道にトラップなどがあったとしても力ずくで回避、破壊できることもあるし足が速いから最悪状態異常系の魔法に掛かっても後からくる治癒師に遠距離から回復してもらえればそれでことは足りる。
しかし、ガンダは常軌を逸して早かった。ある時ガンダはパーティーメンバーが見失いほど先まで走って逃げてしまったのだ。
このときは幸い他のメンバーも特に難なく逃げ切れたが、こっぴどく叱られダンジョンの取り分もかなり減らされてしまった。
それ以来ガンダは速さ以外に正確に、効率よく逃げる方法を確立し、いつの間にか逃げるのだけは誰よりもうまくなっていた。
魔剣を持ってモンスターと戦ったが、信じられないほど強かった。というかどんな相手でも一発で倒れるためいまいち強さがわからない。
しかしガンダは油断せず、剣に振り回されぬよう一ヶ月は浅い層で一人こそこそと鍛錬を続けた。
たまに強敵が現れ、不意を突かれたとしても逃げ足の早いガンダはすぐに立ち直れた。
罠は全て魔道具が教えてくれるし、大量に買った低級のポーション――これでもかなり回復するし、庶民に手の届く代物ではない――が治癒師なしのガンダの戦闘効率をかなり上げていった。
浅い層で人にガンダが魔剣を使っているとバレるとまずいため常に仮面を被っている。といってもこの仮面も謎の男から買ったものであり盲目や暗視などに対する耐性がつくすぐれものだ。
数ヶ月経ってある程度深くまで潜るようになったある日、ガンダは獲物に追われているパーティーを見つけた。
敵は大きな虎の魔物だ。あいつは攻撃が強くてかなり厄介だ。
ガンダはいい練習になるとわざとその魔物の後ろから大声で叫んだ。
「虎~、まだ追いつけないの~?弱え~」
魔物に言葉は通じないが、ある程度感情は伝わる。虎の魔物も煽られているのがよく分かったようで、もとのパーティーを追いかけるのをやめてガンダの方を見た。
そして無言で襲いかかる。
ガンダは相手の初撃をいなした後、横から相手に飛び込み魔剣で切りつけた。
流石に一撃では倒れないものの、大きく傷ついた相手は行動が遅くなり、何度かガンダに切りつけられた後あっけなく倒れる。
あまりに一瞬の出来事に虎に追われていたパーティーは状況が読めていない。
暫く経った後、このパーティーにいた若い女性の魔法使いが言った。
「カッコいい! 何あの剣、そして剣裁き!」
そう言ってその女はガンダに近づいて尋ねた。
「あの! お名前はなんていうんですか?? あとあなたは勇者様ですか? 貴族の方ですか??」
「名乗るほどのものではない、失礼」
その一言だけ言ってガンダはいつもの素早い逃げ足で去っていった。
「人生で一回は言ってみたかったんだよな~」と逃げながらガンダは独り言をつぶやく。
「しかし、妬まれるとまずいからあの人のことも言えないし、オレがガンダだって言うのもバレちゃいけないからあまり喋れねえし、なにかと不便だな……」
この日以来、このダンジョンではある噂が広まった。
曰く「謎の勇者がダンジョンで狩りをしている」、と。
もちろんこれはガンダのことで、実際複数回に渡って他のパーティーを救っていたから勝手にそういう噂が広まった。
しかしダンジョンに入るときと出るときは普通のガンダだ。全く誰もその正体には気が付かなかった。
徐々に徐々に深く潜ること数ヶ月、ガンダは誰も潜ったことのない階層に至るようになっていた。
ここまで来ると他の人に見られる心配もないためどんな敵でも思う存分戦えて更にガンダは実力を伸ばしていく。
そして謎の男に会って十ヶ月が過ぎた頃、ついにガンダは最深部に向かうための探索を実行した。
ポーションの類はすべて持っていき、重力軽減とやらで中身が軽く感じるかばんの中に詰め込んだ。
途中一度だけ謎の男に会い、そのときにそれまで必死にためたお金を使って光属性の剣も買っている。どうしても火の魔剣だと物理攻撃に強い敵には効きにくく、火と光は少し性質が近いので使い勝手も良かった。
その二本の剣も持ち、炎青龍とかいう龍の鱗を使ったという盾も持った。
ガンダは強く意気込んでダンジョンに望む。
ダンジョンの入口にはいつもの門番がいた。
「詳しくは言えないが、俺はもしかしたら戻ってこられないかもしれん。今までありがとな、じゃ。」
「おっ、おい待てよっ、くそっ、あいつ足本当に速いな……」
ガンダは浅い階層は全力で走り抜けた。お守り型の疲労回復の魔道具のおかげでそこまで疲れは感じない。
果たしてどこまで長い道のりなのか、想像もつかない。
もしかしたら無限に続くダンジョンなのではないかとも噂されているダンジョンだ。一応10ヶ月前に男に会ったときに懐中時計なる携帯できる超小型の時計を安く売ってくれたためこれで謎の男との約束の時間までには帰るつもりだ。
いつもの倍くらいまで潜ると、ダンジョンの壁の色が変わった。
これまでは灰色の石畳のかべに石のレンガ造りだったり、土壁だったりしたがあるところからは壁全体が一様に赤く光っている。
地面は黒い。
まるで地獄といった感じだ。
このあたりからダンジョンの攻略がかなり難しくなってきた。
もはや通路に分岐はなく、道なりに進めば次の階層にすすめる。しかし通路はどこもだだっ広く、敵も巨大なのだ。
おまけに火属性の敵が多いせいか炎の魔剣が効きづらかった。
それでもガンダは光の魔剣と使い分けながら更に奥へ進んでいった。
また壁の色が変わった。今度は青色だ。
全体的にジメジメとしていて、水属性の敵が多い。
しかしガンダの持つ魔剣の火は単なる炎ではなく魔力が込められた炎だ。おかげで水属性の敵には難なく攻撃が通った。
そのあと、木属性、土属性、雷属性、光属性と次々にフロアの壁の色と敵の属性が変わっていった。
闇属性の、漆黒のフロアを突破した後、見たことのない空間に出た。
色がなかった。
壁も、地面も、完全に透明だったのだ。
ガラスより硬そうな、謎の地面。
透明な壁の奥は、空なのだろうか、水なのだろうか、はたまた別の何かなのか。
なんとも不思議な空間だった。
幸い壁も地面もガラスのように反射して存在は見えるので、ただ一直線に進む道を歩いていく。
あるところまで歩くと、突然ガンダの眼の前に魔法陣が出現し、続いて石の台座が現れた。
更にその台座の上にも魔法陣が光っている。
一分ほど待っていると台座の上が突然強烈な光を発した。
思わずガンダは手で目を覆った。
光が収まって台座を見るとそこには球があった。
直径は20cm程だ。
見た目は単なる球なのに、色は常々変わっていく。
赤から黄色へ、黄色から緑へ、緑から青へ。
使わなくてもガンダには分かった。これは絶対に不老の石だ。
ガンダだって不老になれるならなりたい。しかしここまでこれたのはあの男のおかげだ。第一俺はこの石の使い方を知らない。絶対に届けなければならないと強く確信する。
ガンダは来た道を帰ることを思うとかなり落ち込むが、ダンジョンの特徴が分かっているだけマシだと思いこむ。
そして不老の石をかばんにしまって透明なフロアを逆戻りしようとした瞬間、あることに気がついた。
もともとあった階段がない。
これにはガンダも焦った。自分はこの透明な空間に閉じ込められたのかと、そう思った。
しかしもともと階段の会った場所で暫くつったっていたら足元に魔法陣が現れた。
ガンダは安心してその上に乗った。
結果から言えばガンダはこのダンジョンの一番浅いフロアに転移した。しっかり不老の石もかばんの中にある。
しかし、ガンダは強く後悔していた。できればもう一度最深部に潜りたいくらいに。
なぜならガンダは最深部で見たからだ。次のフロアに進む階段を。
それはガンダが帰還する転移魔法陣に乗ったときだった。
石の台座のはるか向こう側に魔法陣の中から石の階段が現れたのだ。
それを視認した次の瞬間にはもう転移し終えていた。
石の階段の先に何があったのか、もしくは何もなかったのかはわからなかった。
ひとまずガンダは依頼を達成するために男に会うことにした。
しかし、ここでガンダは困惑した。どこに行けばあの男に会えるのだろうか、と。半年前に会ったときも、一年前にあったときもあの男から声をかけてきた。
半年前は宿屋の部屋の中にいたにもかかわらず、突然ノックしてきたのだ。
実は謎の男はガンダに渡した懐中時計の中に特定の魔力波を発信する装置を組み込んでいるがガンダはそれを知らない。
ガンダは悩みつつ酒場に向かったらあの男が待っていた。
「その顔だと、どうやら手に入れたみたいだね。」
「はい!」
そう言ってガンダはバッグの中から不老の石を取り出そうとする。
「おい待て待て、こんなところで出すんじゃない。ここは場所が悪いから例の俺の店舗にでも行こう。」
そう言ってガンダは男に不老の石を渡し、ミスリル硬貨を受け取った。
その晩、ガンダはついに酒場で知り合いの門番やよく見知ったダンジョン探検者と飲み交わし、事の全容を話した。
誰も立ち入ったことのないダンジョンの話や、道中で人を助けた話。
確固たる成果があれば人は羨望こそすれ妬むことは少ない。
誰もが驚き、そしてガンダを称えた。しかし不老の石を手に入れたという話だけは誰も信じなかった。
その時、ある男がこんなことを言った。
「そんなにガンダが強いなら、その商人とか言うやつを脅して石も奪えばいいんじゃねーの?それを俺らに見せろよー」
この男はただの酒の勢いで言っただけであり、周りもそれを見て笑っていた。
しかしガンダは笑っていなかった。今まで全く考えていなかったのだ、その選択肢を。
思えばあの商人に戦闘力はおそらくない。
仮に店においてあった魔剣を使ったとしてもあの体じゃ俺ほどには戦えない。
そう考え、仲間と飲み交わしながら密かに謎の男から不老の石を奪うことを決めた。
ガンダは少しお酒が残っていたが、本人にその自覚はなく、謎の男の店の上に立つ小屋に来ていた。
謎の魔法陣を出現させる方法はわからなかったが、ダンジョンのときと同じで少し待ったら勝手に下に動いた。
「おや、どうされましたか、こんな時間に。何か買い物でも?」
朝の六時というのは一般的に店は開いていない。しかしガンダはそんなことはすっかり頭の中には無かった。
「ええ、新しいアクセサリーを買おうと思いまして。」
「ならご案内しますよ」
次の瞬間、ガンダは背中の鞘から火の魔剣を取り出し背後から男の首筋に剣の刃をあてた。男の首筋から血が滲む。
「不老の石を俺に渡して、使い方を教えろ! さもなくばお前を切るぞ!」
いくらかの間の後に男は答えた。
「切りたいなら切ればいい。不老の石の使い方なら調べればすぐ分かるさ。だが、お前に俺が切れるのか?」
「黙れ商人風情がぁぁぁ!」
そう言ってガンダは刃を男の首に食い込ませようとしたが、それより早く男は後ろに飛んで避けた。
「何!? だが……」
ガンダはモンスターと戦うときと同じように剣に炎を纏わせ、男に切りかかった。
しかし、何度切りつけようとしても刃が男に届くことはなかった。
毎回同じように強い衝撃とともに跳ね返される。
そのたびに空中に、エメラルド色に光る魔法陣が一瞬描かれていた。
「何、だ、これは………」
「防御魔法だ。ああ、この世界にそんなものはないんだっけ。まあいいや。ほら、剣をどかしなさい」
そう言って男は剣に纏う炎を物ともせず剣を素手で掴み、ガンダから奪い取ってガンダの首筋に刃をあてた。
ガンダはもう何もする気も起きなくなったが、最後に一言話した。
「おい、知っているか、不老の石のあったフロアは最深部なんかじゃねえ。ダンジョンにはまだ続きがあるんだ。」
「ああ、知ってるさ」
「そうか」
そう言ってガンダは目をつぶった。
しかしガンダの首は落ちない。恐る恐る目を開けると火の魔剣は男が地面に置いていた。
そしてまた何やら知らない言語で魔法を唱えた。
すると火の魔剣の美しい紅色がスっと消えた。
「あ……」
「これはお前にはまだ早い。地のミスリルで十分だな。お前にやる気があるのなら、これからこの剣でもう一度最深部に潜るんだな。」
「俺を殺さないのか?」
「俺は血を見たくないんでな。さあ、立て。ここから出るんだ。」
ガンダはひどく暗い顔をしながら店をでる。
出る寸前、謎の男に呼び止められる。
「おっと、迷惑料としてミスリル硬貨は置いてけ。またお前の力で稼げ。」
ガンダはミスリル硬貨を後ろに投げ出した。
そして石のエレベーターに乗って地上に出た。
「やれやれ、どうしてもいきなり強大な力を手に入れたら、何でも手に入ると思ってしまうのかねえ。さて、と。」
男はガラスケースの中で、一番端っこ似合った黒く、禍々しい光を放つ剣を取り……
その剣で不老の石を砕いた。
「この世で不老な人間は俺と師匠だけで十分ですよっと。」
この男は既に不死身であった。しかし、この男の計画を達成するためには、長期に渡って世界を観察できる人間がいては困る。
そこで世界各地のダンジョンに埋まる「不老の石」を砕くことにしたのだ。
これを砕くためにわざわざ人にお金を渡して取ってこさせるのには理由があった。
ガンダは謎の男と別れた後、一流と言われていたパーティーに加わった。初めは一時的なものであったが、思いの外意気投合したのと、もうお金を手に入れてから無駄遣いする癖はなくなっていたからだ。
「はぁ~、前に使ってた火の魔剣が使えればなあ」
「ガンダまたその話かよ。本当にそんな剣あったのか?そんなもの全く見たこともないし、聞いたこともないぞ。何かの間違いじゃねえのか」
「いや! あったんだ、絶対に! 俺は今でもこの手であの剣を振るった感触を覚えている!」
「でも結局その剣を買ったとかいう店なんてどこにもないじゃないか」
そう、謎の男はガンダが店を出た後、すべての商品を片付け、地下を埋めて街から出た。
「ってか、その商人とやらの名前すら聞いていないとはな………」
結局、ガンダは名前を全く聞かず、最後まで「謎の男」として接していた。
あれから何度か謎の男の所在を探そうとしたが、全くつかめないどころか、あの男を知っている人がどこを探しても一人も見つからなかった。
ガンダは自分の持っている懐中時計と炎の出せないミスリルの剣を見ながら、あれは幻だったのだろうかという思いにふける。
それから五年後のことだった。国外で超人気の魔剣なる商品がその国に入ってきたのは。
ガンダは一目散にそれを売っているという店に向かった。店の人もまた謎の男については一切知らなかったが、店の中央には一本の、鮮やかな紅色のグラデーションがかかる剣が売られていた。
「俺、これ買います!」
この言葉を発したとき、ガンダは嬉しさのあまりか、懐かしさのあまりか、はたまた嘗て謎の男を切ろうとした自分に対する悔しさのせいか、涙が溢れてきた。
「お客さん、これ、金貨40枚じゃ買えませんよ。金貨120枚です。」
「は? くそおおおおおおおおおおお、値段上げやがったなあああああああああああああああ」
そうガンダは叫びながらも更に頑張ってダンジョンで稼ぎ、その国で最初の魔剣を持つ剣士として名を馳せたという。
あるところで、謎の男とその師匠である人物とが話をしている。
「さて、これでなんとか世界各地に魔道具を普及させられたか。見たことも聞いたこともない魔剣なる商品を普及させるためだけにわざわざダンジョンに潜らせるとはのう………。しかもわざわざ世界各地に散らばる不老の石を目の前にちらつかせて。」
「ま、その結果魔剣を使った若者は一度力に溺れ、そして魔剣を失ってもなお魔剣を求めて夢を追い続けるんです。その間に魔剣の凄さを周りに広めてもらえばかなり信用度の高い状態で魔剣が売れますからね。ついでにダンジョンに潜って不老の石を回収する手間も省けますし。」
「どうしてわざわざお主自身で冒険者に会いに行ってまでそんなことをやったんじゃ?」
「それはただの気まぐれです。私が前に居た世界で、夢を見る青年たちがいろんな要因で急にチート並みの力を手に入れて、無双するみたいな物語がありまして。実際それを再現させられるのか、少し気になったんでこの目で見てみたかったんです。」
「無双する冒険者とか言うのは再現できたのかの?」
「各地の冒険者に、複数人のパーティーだったり一人だったり、男女や年齢様々な条件でやってみましたけど、どうも若い青年で一匹狼っていうのが一番成功するみたいですね。まあそれも紆余曲折ありますが。」
炎青龍の鱗は、倒して剥いだのではなくただ生え変わりで落ちたやつをもらっただけです。ちなみに時系列としては【経済掌握の記録】で国を作る寸前あたりです。
ガンダのその後やダンジョンの続きが気になると思っていただいた方、この作品を読んで面白いと思っていただいた方は是非高評価をしてくださると満足げに喜びます。
ブックマークは短編だと意味ないような気がしますが、していただければ声に出して喜びます。




