★課題4:開園しちゃったからさっさとテーマパークを作ろう★
「レオパっていうか……同じ会社が作っていたダンジョンナントカみたいな声だなあ。
女神様、この大きな声は一体どこから聞こえてきているんですか? 面白い仕掛けですよね。スピーカーがどこかに仕込まれているんですか?」
と、僕が洞穴の中をキョロキョロと見回すと、女神が僕の頭をペシっと叩く『マネ』をした。
「考えちゃダメですよ。
……私も、最初はそういった細々(こまごま)としたツッコみどころについて考えていました。
ですが、結局何も分からずじまいのまま、気が付いたらこんな体になってしまいました。
ボーっと考えていたらあなたもあっという間にこちら側の世界の住民になってしまいます。
そんなことより、何の準備も出来ていないのに侵入者たちを迎え撃つ羽目になるなんて想定外ですよ。今はまだ洞穴に入ってきていないようですが、この『声』が聞こえて来たということは間もなく侵入者がやってきます。ダンジョンの中はまだ何も整備できていないのに……どうしよう、こんなの初めてだわ……」
と、女神は焦りを隠せない様子で目を伏せ考え込んでいる。
──低い男の声は相変わらず何を言っているのか分からないので何が何やらサッパリだ。
だが、女神の話から推測するに、「敵が沢山来るぞ気をつけろ」みたいなことを言っているのだろう。
僕は手元のハエ&ヒアリ達と人差し指で戯れながら、女神の言葉に頷きを返し、
「なるほど、とにかくとんでもないピンチなんですね。
えーっと、侵入者と言うのはレオパでいうところのお客様のようなものでしたっけ。
……あ。あの、女神様。
この巨大な『手』を使って、お客様達を握りしめてみるというのはどうでしょう?
お客様といえども強めに握りしめてしまえばどうどいうこともないのでは??」
と言って、自分の頭上にある巨大な白い手袋をはめた『手』をぶんぶんと動かして見せた。
──先程『手』の試運転をして気が付いたことなのだが、この手はどうやら先ほど女神からもらった聖なる制御盤を持っていると、文字通り『自分の思う通りに動かせる』ようなのだ。
今は制御盤を小脇に挟んだ格好だが、それでもちゃんと動いている。
……本当に凄い技術だと思う。きっと脳波スキャンとかAIとかが関係しているに違いない。
大きな男くらいの大きさがあるこの手なら、お客様の無力化も楽勝だろう。
「いえ、無理です」
と、女神は浮かない顔をして首を振った。
「その手は神域に属する手なので、人間に触れることはできません。『声』の報告によるとざっと十五人はやってくるようなので仮に手が使えたとしても数に押されて殺されてしまう可能性が高いです。
ていうか本当に邪悪な発想をしますね、あなたって人は……」
「それ、周りからもよく言われます。
僕は生まれながらのダメ人間のゴミなので、まっとうな発想というものが出来ないのです」
「……いくらなんでも自分を卑下し過ぎじゃないですか?」
と、女神は苦笑交じりに言ったかと思うと、僕の頬に触れようとした。
……いや、正確に言うと女神は僕の頬に触れようとして出来なかった。手が貫通したのだ。触られたという感覚もない。
「……この通り、この世界では人間と神が直接触れ合うことは出来ないのです」
「ふーむ、不思議ですねえ」
「不思議でも考えちゃダメですよ。
……貴方や侵入者たちは人間です。
人間は同族同士で殺し合うことができますが、神が人間に直接干渉することは非常に難しいのです。
そして、それはこの巨大な白い手も同じ……手が触れられるのは、湖から発生したモンスターと、このダンジョン内の土や岩といった無機物だけです」
「なるほど、この白い手ではお客様に触れられないのか……ではこの聖なる制御盤とかいうのは? これにはさっき女神さまも触っていましたよね?」
僕はそう言って虫たちを遊ぶのをやめて地面に降ろし、先ほど女神からもらった板をひょいっと両手で掲げて見せた。
女神はそれを見てふっと笑って、
「……その制御盤は数少ない例外ですね。神も人間も触れることができます」
「へー。そうなんだ」
僕は何度も頷きながら、今までの話を頭の中で整理した。
まず、僕の目の前には土地 (ダンジョンとかいう洞窟の中だけど……)がある。
この洞窟が一体どこまであるかは知らないけれど、ゲームのように俯瞰して全体図を見ることは出来ないようだから、目の届く範囲を整備していくしかない。
僕はこれからこの場所を整備して、湖から湧いて出た従業員を雇って開園する。
そして、アトラクションやショップの開発を進めながらパークを経営。
パークの価値を高め、お客様からお金を集めて借金を返済する。
……なるほどなるほど。
やっぱりほぼレオパじゃないか。
(ちょっと先走ったお客様が早めに来てしまっただけだ。
女神さまは「こんなの初めて」と言っているが、レオパでもこういう事故が起こってしまう時はたまにあるし……まだ何とかなる感じがするな)
僕は『手』と制御盤をいじり回して洞穴内の壁や地面をほじくりながら、そんなことを考える。
遊園地を一切作っていないのに『開園』ボタンを押してしまうと、自動的にどこからともなくバスがやってきて、お客様が園内に入場してしまうのだ。(もちろん、この場合お客様は遊園地に入ったとたんに大激怒して園から出て行ってしまうことになる)
勿論僕はそういったシチュエーションもプレイ済みだ。だからこそ言える。まだ本格的に慌てるような時じゃない、と……。
「現在の従業員は、ひいふうみい……やっぱり十五匹ですね。十五匹のヒアリとハエで何とかなるといいなあ」
「これは非常に言いにくいことなのですが、無理だと思います」
女神はため息をついた。
先ほどから明らかに顔色が悪さが悪化している。疲れているというのは本当なのだろう。
ふらつきながらもどこか諦めたような表情で女神が言う。
「残念ですが、あなたの命はここまでのようです。
せめて湖から小悪魔でも出てきてくれれば、ほんの少しでも勝ち目があったかもしれませんが……」
「インプ? それってあの湖から今浮かんできてる黒いピンポン玉みたいなやつのことですか?」
「……。……あれはインプの頭部ですね」
女神が湖の黒い水面に浮かぶ黒いピンポン玉をチラリとみてそう言った。
「あの分だと、出てくるまでまだ少し時間がかかりそうです」
「今無理矢理引き出すことって出来ないんですか?」
「あなた鬼ですか。体が未完成のままなんだから、そんなことしたら死んじゃいますよ」
「そういうものなんですね。なるほどー」
と、言いながらも僕は操作盤を構えなおして、周囲をザッと見回した。
「まあ、出てこないものを気に病んでも仕方ありません。
とりあえず、レオパやりましょう!!」
「ダンジョンを作って下さい」
「嫌です! 僕はレオパをやるために生まれてきたんですから。
さあやりますよー。まずは歩道、それから整列歩道、アトラクション……は、ないっ! 売店も制御盤に表示されていないからつくれない!
なんてことだ、客にしょっぱいポテトを山ほど食べさせて喉を乾かせて、水っぽいアイスクリームをバカ売れさせる戦略が取れないじゃないか!!」
「そんな鬼みたいなことやってたんですか……」
呆れる女神をしりめにして、僕は制御盤と『手』を操って手早くテーマパークを作り上げる作業に入る。
今のところ、制御盤と手を使って設置することができるのは歩道用らしきタイル、神殿風の柱、悪魔像、それから篝火ってところみたいだ。
(今後増えるとありがたいんだけど……)
僕は『手』をぐりぐりうごかしながら考える。
設置できるものはあまり多くないが、その代わり『手』を使って洞穴の土をほじくり返したり、大きな穴をあけて落とし穴を作ることが出来ることに気が付いた。
「……うん?」
僕は目を瞬いた。
──落とし穴を作ることができるのなら、お客様が出てこられないほど深い穴を掘ればいいのではないか……?
(良いアイデア……のような気がする。
でもそんなものをつくっちゃったら、自分が穴にハマった時に困るな。でもこの『手』を使えば……)
そう思いながら、僕は『手』を使って自分に触れてみた。……触れられない。僕はスカスカ自分をすり抜ける『手』を見ながら頷いた。
(なるほど……僕は人間だものな。
人間とシンイキに属するものは触れあうことが出来ないってさっき女神さまが言ってたし、つまり自分で自分を持ち上げることは不可能ということか。
でも落とし穴を作ることが出来るのなら大分話が早いぞ)
そんなことを考えながら、あっというまに落とし穴だらけの悪路迷路を完成させていく僕をみて、飽きれた様子だったはずの女神が驚きの声を上げた。
「え……? な、なんでそんなに制御盤の習得が早いの……え? え? なんで!? 普通操作に慣れるだけでも数日はかかるのに……!」
「それはね、僕がクズでゴミカスのジャパニーズオスだからですよ」
「……はあっ? ジャパニーズオス……蔑称!?」
僕は女神の言葉には答えず、洞穴内の様子を小走りに確認していき、『手』と制御盤で目の届く範囲の場所をさっさと整備していった。女神はへたり込んだまま僕のことを呆然と見ていた。
この場所は薄暗い上に、湖を囲んでいる場所以外は細い通路で構成された迷路状になっているから全貌が分かりにくい。
だけど、多分この場所はあまり広くはないような印象を受けた。ひょっとしたら小学校のクラス四個分くらいしかないんじゃないだろうか。
(出入口は……あった。あの細い道の向こうに日の光がさしているな……)
僕は久しぶりに見る日の光を見て目を細めた。
──僕は母親こだわりの自然派育児に付き合わされてきた人間なので、あまり日の光が好きではない。
本当は日光アレルギーだったのに「不健康だ」「自然の力が体に悪いことをするわけがない」「沢山おひさまの光を浴びれば治る」と散々外に連れ出され、今でも日の光を見ているだけでなんとなく顔がヒリヒリしてくるのだ。
「……目障りな光ですね。入り口をふさいでしまいましょう。
あまり効果はないかもしれませんが、制御盤を使ってありったけの柱を出現させてバリケードを作ったりできれば足止めに……」
僕はそう言って制御盤に指を滑らせて、柱を洞穴内に出現させようとした。
……が、出来ない。
制御盤に表示された『設置できるもの一覧表』の柱の絵をタップしても何も出てこない。
「あれ? 何も出ないぞ」
「当たり前です。今は一文無しなんですから、新しい設備を出現させることはできませんよ。設備を増強するにはお金が必要です」
「そんなあ」
「制御盤を使ってすぐに大量の落とし穴を作ることが出来たのです。これだけでも上出来ですよ。確実に侵入者の足止めにはなるでしょう。ただ、これだけでは……」
「そうですね。落とし穴を沢山作ったせいで、お客様に見つかった時には僕も逃げられなくなりましたし、このままでは僕が殺されるのは時間の問題かもしれません」
僕はそう言いながらも、巨大な『手』を使ってヒアリとハエを自分の肩に全部載せた。
「……なんでわざわざ『手』を使うんです?」
女神が不思議そうな顔をする。それもそうだろう、巨大な手で虫を掴むなんて、あまりに無駄が大きすぎる。自分自身の手を使ったほうがよほど効率的だろう。
だが、僕はこの『手』を使って従業員たち(今の所は虫だけだが……)を操るための準備運動をしたかったのだ。
女神はしばらくの間不思議そうな顔をして僕を見ていたが、やがてハッとした表情になり、苦々しい様子で入口がある方向を見た。
「……侵入者が」
「ああー、入ってきてしまいましたか。向こうがざわざわしていますね。とりあえず、一番入り口から離れた場所の落とし穴の中に隠れておきましょう」
自分自身がハマってしまった時のことを考えて、あまり深い穴を作ることが出来なかったので、落とし穴の深さはせいぜい1メートルほどしかない。広さは大体縦横二メートルという程度だ。身を隠すことくらいはできるが、こんな場所に隠れ続けていれば発見されるのは時間の問題だろう。
女神も穴に入って来た。彼女は別に隠れる必要はないと思うのだが、なんとなく一緒にいることにしてくれたらしい。女神は少し戸惑った様子を見せた後、思い切った様子で僕に声をかけた。
「……あの」
「はい?」
「今のままでは勝ち目、無いと思うんですけど」
「大丈夫、ヒアリとハエがいます。頑張って時間を稼げばインプ? も出てきます。最終的にはベルゼブブとかもでてくるかもしれないし」
「やけにベルゼブブにこだわりますね……ていうかその自信は一体どこから湧いてくるんですか」
「それは僕がジャパニーズオスだからです。ジャパニーズオスはこういうゲームのようなものに慣れて使いこなすのは得意中の得意なんですよ」
「あの、さっきから一体何なんですか、その変な言葉」
女神が戸惑った様子で僕に問う。僕は入り口のある方向に目を凝らしながら、
「……昔、母が僕に何度も言い聞かせていた言葉です。
日本人の男はジャパニーズオスで、クズでノロマで幼稚で根暗で陰湿で、絵に描かれた女にしか興奮できず、現実の女を見ると犯罪を犯したくなる異常者予備軍なのだと」
「……は?」
「日本人の男は一度ゲームに触ると離れられなくなって、ゲームに病みつきになって、チェックのシャツとケミカルウォッシュのジーパンを履いたサイコパス気質の邪悪なゲームお化けになってしまうのです。
それを懼れた母は、僕がゲームの才能に目覚めないように、一切のゲームアニメ漫画から僕を隔離して育てました」
「……一体どれだけ不思議な教育を受けてきたんですか貴方は……」
女神がガクっと穴の中に座り込み、物凄く嫌な顔をしている。大学の友人たちと反応がおんなじだ。
「うーん、そんなに変な話なんですかね、これって。
レオパ、僕の身の上話を聞いて気の毒がった友達が貸してくれたんですけど、本当に最高のゲームだと思います。
……でも僕はあっという間にルールを習得し、ゲームの中のお客様を使って、あらゆる邪悪な発想を試すようになってしまった……やはり僕は、母の言ったとおりの邪悪なゲームお化けの異常者になる素質があったのです。
だから僕は一刻も早くゲームを遊び倒して、飽きて、ゲームという遊びから卒業しなければならないと思っていました。
飽きるより先に死んでしまったのは予想外でしたが……。
話がそれました。
とにかく、僕は母も恐れた生まれながらの日本人男性なので、こういうゲームのような何かは得意中の得意なのです」
そう言って、僕は制御盤を軽くポンと叩いた。僕らがこんな会話をしている間にも、入り口から人の声が聞こえてきはじめた。何語を喋っているのかは分からないが、慌てている様子からして誰かが落とし穴にハマったのだろう。すぐに出られる程度の深さだが。
「さあ、遊びましょう。お客様を良い感じにさばかなくては」
「……こんな穴だらけの場所で、遊ぶも何もないでしょう……」
と、洞穴の中を見回す女神が、飽きれた様子で呟いている。
その言葉を聞いて、僕はにこりと笑った。
「いいえ、遊べますよ。なんてったって遊園地は、僕がお客様で遊ぶための場所ですからね。ここがどんなに酷い場所であっても、僕が楽しめたら僕の勝ちです」