★課題3:操作に慣れよう★
ため息をついた女性がふと顔を上げ、真面目な表情になったかと思うと洞穴の闇の奥へと顔を向けて目を凝らした。
「……モンスターが湧いてきました」
「えっ?」
「ダンジョンハートが召喚されると、その近くにモンスターが無限に湧き出る『湖』が発生するのですよ。モンスターはあなたとダンジョンを守るための忠実なしもべとなります。
……魔力の流れからして、どうやら湖が出来たのはあちらのようですね。行ってみましょう」
女性はそう言うなり、スタスタと洞穴の奥に向かって歩きだした。
僕はおっかなびっくり周囲を見ながら、彼女の後を小走りについて行く。
当たり前だが、僕は裸足だった。死ぬ直前まで自宅でレオパで遊び倒していたのだから当然だ。土っぽくて不快だし、なにより足の裏を鋭いものでケガしてしまいそうで気が気ではない。
無事に元の世界に戻ることが出来たら、今度は絶対に靴を履きながらレオパをしようと心に決める。
どうでもいいが女性も裸足だった。
(この異世界とやらの文明レベルは弥生時代の日本くらいなのかな?)
なんてことを考えているうちに目的地にたどり着いた。
見慣れない異文化チックな屋根が付いた祠の下に、小さな水たまりがあるのが見えた。
あれがどうやら『モンスターが無限に湧き出る湖』のようだ。
「わー凄い! なんだかちょろちょろ湧いてきていますよ!」
と、僕はタッと湖に駆け寄った。そして『湖』をのぞき込み、
「……ハエだ! 10匹くらい泳いでいますよ! ベルゼブブかな!?」
「いえ、それはただのハエですね」
女性が僕の後ろから湖をのぞき込んでそう言った。
「『湖』は時間がたつごとに大きくなって、強大なモンスターを召喚することが出来るようになっていくんです。今はまだハエくらいしか出てきていませんが、いずれはインプやゴブリン、ドラゴンなんかも出てきますよ」
「へえー。すごいなあ」
湖とは言うが、直径1メートルほどの水たまりはあまり『湖』と呼べるような見た目に見えない。
ここからハエ以外のものが湧き出てくるようになるのかと思うと、なんだか不思議な気持ちになってきた。ハエは湖からヨタヨタと這い出ると、羽を振って水気を落とし、僕のまわりをぶんぶん飛び始める。なんだか健気でかわいく見えてきた。
「うーん、ハエかあ。日本にいた頃はあんまり好きな虫ではなかったのだけれど、自分の身を守ってくれるのだと思うとなんだか親しみが持ててきますね。
ハハッ、こいつめ!」
「親しめます? こんなにあっさりハエになじんだ人はあなたが初めてですよ……」
「そうなんですか? クズでノロマな僕にお似合いの生き物だと思いま……アッ! 別の種類の羽虫が出てきましたよ! 今度こそベルゼブブだ!」
「いえ、それはただのヒアリですね」
女性の様子は淡々としている。……というか、彼女は顔色が真っ青で、なんとなく立っているのも苦しそうだ。
「大丈夫ですか? 少し体調が悪そうに見えますが」
「……最近はとにかく魔力が足りなくて疲労気味なのです。少し休んでもいいですか」
そう言いつつも、女性は僕の答えを待つことなくへたりと座り込んでしまった。
かなり疲れているようだ。
「それは構いませんが……あの、僕のマリョク? を使ってもいいですよ??」
「駄目です。あなたの魔力はダンジョンの取り壊しに使ってほしいんです。
……それでは私は横になるので、分からないことがあったら聞いてください。聖なる操作盤と空飛ぶ手を使えば大抵のことは出来るはずですが」
「分かりました。洞穴に従業員を配置していけばいいんですよね?」
「ダンジョンに、モンスターを配置してください」
女性はキッパリ言い切ると、硬そうな地面にぐったりと身を横たえた。僕はそんな彼女を横目に見つつ、操作盤と手の操作テストを始める。……本当にレオパそっくりの操作感だ。
「凄い、凄いぞ! 夢にまで見たあの『手』がヌルヌル動いてる!!」
「凄いですね。今までに来た人間の誰よりも『手』の習得が早いです」
「レオパで死ぬほどやり込みましたからね。これくらい朝飯前です……ところで、なんで僕は20000ゴールドを稼ぐ必要があるんですか?」
「ダンジョンを取り壊す費用がそれくらいなのです。
ダンジョンにせよ異世界人にせよ、この世界を乱す要因でしかありません。
ですので、我々神サイドとしても早く取り壊したいのですが、最近は無宗教化が進んでいて、お布施もなかなか集まらなくて……」
「大変ですね。なんでお金が集まるとダンジョンを壊すことができるのかってあたりはよくわかりませんが……ってちょっと待ってください。神サイド?」
僕は思わず女性を見る。
体の内側から自然発光している女の人なんだから、間違いなく普通の人間ではないとわかり切っていたけれど……。
「……つまりあなたは、本当に神様かなにかなんですか?」
「はい。この森一帯の女神をやっています。
今回は結構大きいダンジョンが出来てしまったのでさっさと取り壊したいし、あなたにも帰ってもらいたいのですが、いかんせんお金が足りなくて」
「お金かあ。僕もお金が足りないから今の時代にレトロゲーをやるくらいしか楽しみがなかったんだよなあ……あ、300日経つと僕はどうなるんです? やっぱり死ぬんですか?」
「違います」
女性は横になったままゆるゆると首を振る。そしてうっすらと目を開けて、何とも言えない表情で僕を見ながら、
「……ダンジョンを取り壊すミッションに失敗した場合、元の世界に帰れなくなって、こちらの世界に完全に体が馴染んでしまって、見た目も変わってしまうんです。……私みたいにね」
「え? 私みたいにって、あなたはもしかして僕と同じように」
と、僕が更に言葉をつづける前に、低い男の声がダンジョン内に響き渡った。
「……思っていた以上に早かったですね……」
女性、いや女神はそう言って、だるそうな様子で体を起こした。男の声は洞穴内をわんわんと反響しているせいで何を言っているのかよく分からないが、どうやら日本語でさえないようだ。だが声の調子からして、警報のような雰囲気がある。女神は声を聴き終わった後、静かな決意を秘めた様子でこういった。
「侵入者がやってきてしまいました。早く退治しないと、あなたが死にます」
「ええー、もうお客さんが来てしまったんですか。まだハエとヒアリしかいないのに」
「ハエとヒアリしかいませんが、ハエとヒアリで何とかするしかありません」
「そんな……ハエとヒアリで……」
僕は思わず自分の広げた両手を見つめる。
そこにはまだ産まれたばかりのモンスター・ハエとヒアリが、合計15匹ほど這っているだけだった……。




