暗黙の領海
日本の領海内に国籍不明の船舶が出現したのは、深夜の一時頃の事であった。突如として太平洋に現れた巨大な黒い一隻の船。大きさはおよそ300メートル、あの戦艦大和をも上回る巨体だ。
船の甲板には巨大な砲台が並び、あからさまな『戦意』が見て取れる。もはや船舶というよりは、戦艦と呼ぶにふさわしいものだった。
多くの国民が寝静まったその時、海上保安庁には不安と警戒が広がった。
「どうかね」
長官がディスプレイをせわしなく見やる部下に声をかける。
「今のところ攻撃はありません。国籍については不明です」
「なるほど」
言って、長官は右手をアゴの方に持って行き、ふむふむと考える仕草をする。どうやらこれが癖らしかった。
「たしか、自衛隊法によると、領海内に侵入した他国の船舶は攻撃しても良いという決まりだったよね?」
長官が独り言のようにつぶやく。
「多分そんな感じだった気がします」
部下はそれに答えた。
「よし、攻撃しよう」
こうして、謎の戦艦の殲滅作戦が開始された。
◆◇
『自衛隊各員に伝達 自衛隊各員に伝達 これより日本領海内に侵入した戦艦を沈めます』
そんな放送が、自衛隊員の詰所に流れる。眠っていた自衛隊員はそれを聞き、なんだなんだと起き上がった。
「なんの放送ですか……?」
自衛隊に入ってまだ1年の新人、時雨沢が眠たい目をこすりながら同室の先輩に問いかける。先輩の赤城はすでに着替え、部屋を出る寸前だった。月明かりに照らされた黒髪がたなびきキラキラして見える。相変わらず赤城先輩は美人だなぁ。時雨沢は思った。
「今から作戦開始だと。ほら、着替えて広場に集合だぞ」
言って、赤城はさっさと部屋を後にした。相変わらず男みたいな性格だ。
「ふえぇ」
時雨沢は急いで迷彩服に着替えた。
◆◇
時雨沢が広場に出る頃には、もう何百人もの自衛隊員が整列していた。時雨沢も急いで後ろの方に整列する。時雨沢は不機嫌だった。寝起きは歯を磨かないとなんだか気持ちが悪いのだ。時雨沢は今、少しでもムカつく奴がいたら殴ってやるぞ、という気持ちだった。すると、そこに一台のリムジンがやってきた。
キキー。リムジンが止まる。中から現れたのは海上保安庁長官だった。
「こんばんわ」
海上保安庁長官が言った。
「「「こんばんわー」」」
自衛隊各員が返事をする。時雨沢もつられて返事をした。でも、リムジンに乗ってくるなんてムカツクー。すれ違うことがあれば殴ってやろう、時雨沢は決心した。
「みなさんには、今から日本の領海内にやってきた国籍不明の船を沈めてもらいます。海にイージス艦を用意してあるので、今から一時間後そこに集合しましょう」
言って、海上保安庁長官はリムジンへと帰っていった。殴れなかった。時雨沢はガッカリした。
><「ふええ」
「どうした時雨沢。さっさと海に向かうぞ」
先輩の赤城が言う。
「でも、今から一時間って間に合うんですか? 海遠くないですか?」
「高速使えば間に合うでしょ」
「なるほど」
二人は駐車場へと向かった。
◆◇
駐車場には戦車が停められていた。
「おっ、これに乗ろうぜ」
赤城が意気揚々と言う。時雨沢も特に反対しなかった。そのまま戦車のハッチから乗り込む二人。
「赤城さん、鍵はあるんですか?」
「おう、ちゃんと部屋から持ってきたわよ」
言って、赤城はエンジンキーを懐から取り出した。それを戦車に突き刺しそのままひねる。
ブルルルルルーン。エンジンがかかった。
「よし、行くぜ」
「はーい」
二人は駐車場を後にし、一般道へと出る。深夜だからか他に車は通っていなかった。
「高速道路はどこにあったっけ?」
「あっ、その道曲がればすぐに入れます」
時雨沢の言う通り、高速道路の入り口はすぐに見つかった。
「これってどうやってお金払うんですか?」
時雨沢が赤城に問う。
「公務中だし、後払いでいいんじゃない?」
言って、赤城は高速道路のお金を払う部分を突っ切ろうとする。
バキバキバキ。やはり戦車は大きすぎた。高速道路のお金を払う部分が戦車と接触。バリバリとぶっ壊れた。
「あちゃー。先輩ヤバいっすよー」
慌てふためく時雨沢。
「公務中だし防衛省がなんとかするでしょ」
「たしかに」
時雨沢は納得した。
二人はそのまま海へと向かった。
◆◇
浜辺にはすでに自衛隊員が100人ぐらい整列していた。そして海にはイージス艦があった。おそらく400メートルくらいの大きさだろうか。これなら未知の戦艦にも勝てそうだ。
キキー。リムジンがやってきた。今度は防衛省の大臣が降りて来た。
「はーい。整列してイージス艦に乗ってください」
自衛隊員はイージス艦に乗った。
「それでは、お願いしますー」
防衛省の大臣はリムジンに乗って帰っていった。殴りそこねた。
「なんだか緊張しますね」
時雨沢が言う。
「だな」
そんな、隊員の不安を乗せたイージス艦は静かに浜辺を離れ、例の戦艦へと近づいていった。
◆◇
しばらくして、イージス艦は謎の戦艦の近くに辿り着いた。500メートルほど離れた場所で停止する。
「さて、打つか」
言ったのは自衛隊の隊長だった。隊長は赤いボタンみたいなモノを持っていた。多分押すとミサイルが飛ぶ仕組みだろう。
「待ってください隊長」
さて押そう、という感じの隊長に声を掛けたのは、赤城だった。
「どうした赤城くん」
「押す前に、総理大臣の許可を取らないとダメじゃないですか?」
それを聞いて、隊長はしまった、という顔をした。
「あ! 忘れてた!」
あまりにもあっさりとミスを認めたので、自衛隊各員にワハハと笑いが起きた。そう、自衛隊は総理大臣に指揮されている。総理の命令がなければミサイルは打てない。
「じゃ、総理にラインするわな」
「隊長、急ぎなら電話した方が良いですよ」
「なるほど」
隊長は総理に電話した。
ぷるるるる。ぷるるるる。
『もしもし、総理です』
出た。
「あっ、もしもし。総理大臣の金剛さんですか?」
『そうだが。……君は誰だね』
「あっ、すみません。自衛隊の隊長です」
『隊長か。こんな夜中になんの用事?』
「実は、日本の領海内に未知の戦艦が浮いてるんですが、ミサイル打っても良いですか」
『いいよ』
「わかりました。失礼しまーす」
ガチャ。
「打とう」
まもなく、ミサイルが発射される。
◆◇
ポチ。
そして、ミサイルが発射された。
ドドドドド。1000発くらいのミサイルがイージス艦から発射される。それは全て未知の戦艦に当たった。
ドカーンという音を立てて沈む未知の戦艦。どうやら成功したらしい。500メートル離れていても結構振動は伝わってきた。
「「「やったー!」」」
自衛隊各員から歓喜の声が上がった。
こうして、イージス艦は再び浅瀬へと帰った。
◆◇
「いやー緊張しました」
時雨沢が赤城に胸の内を明かす。
「おいおい、お前何もしてないだろっ」
赤城が意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「めっちゃ疲れましたよー」
「ようし。ついでだし今から飲みに行くか!」
赤城が時雨沢の肩に手を回して言う。
「えー。寝たいですよー!」
「いいから! 奢るから!」
こうして、二人は戦車で夜の街へと繰り出した。
バキッ!
「あっ、何かしらが折れましたよ先輩!」
「防衛省がなんとかするよ!」
◆◇◆
後日談としては、沈めた戦艦にはなんと宇宙人が乗っていたのだ。安易な攻撃により宇宙人との戦争が勃発。世界は滅んだ。しかし、この後の話は自衛隊の管轄外なので機会があれば話すことにしよう。機会は来ない。
暗黙の領海 完