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第六話 束の間の

――――――――――――――


しばらくぶりに体を洗い流した。

べた付いていた頭皮の油がスッキリ洗い流される。


「ふいー」


水浴び場は海水浴場のシャワールームに似た作りだった。

石鹸も個室内にあって、備え付けの蛇口を捻ればぬるま湯が出てくる快適な空間だ。

大竹がそこから出てきてすぐ、アニーに声を掛けられる。


「どう? さっぱりした?」


「おかげさまで。アニーさんに立て替えて貰ったのは申し訳無いですけど」


「いいのいいの。私も自分の体が臭かったら嫌だもんね。あと、さんはいらないから。敬語も使わなくていいわ」


「あー、うん。ありがとう、アニー」


照れくさそうに頬を掻きながら言うと、「うんっ!」と満足そうに微笑まれた。

二人は広場に向かって、再び歩を進める。


 道中、アニーが大竹に色々と話しかけてきた。


「ねぇ、あれって何のお店?」

「これ、何のためにあるの?」

「ちょっと歩くの速いよ」

「オオタケってどれくらいここに住んでるの?」

「あ! ちょっとだけあそこ寄って行かない?」


どうやら世間知らずでおしゃべり好きらしい。

外見は麗しいお嬢様でも、性格は年齢よりも幼いらしく、好奇心旺盛だ。

物珍しそうに、あちこち指を指している。

大竹はというと、自分よりもひとまわりほど下だろう彼女への対応に困って、目もまともに合わせられずにいた。


 心の距離感を掴めないまま、とうとう広場へとやってくる。


「人がいっぱいね!」


元々人口密度が高い街だが、中央広場はその中でも特に、ぎっしりと人が集まっている。

一昨日は通った時はそうでもなかったので、大道芸の人気はよほど凄いのだろう。

中心にある噴水は今は稼働しておらず、そのすぐ近くに小さなステージが組み立てられている。

それを取り囲むように、民衆が酒を片手にざわついていた。広場の隅には屋台が並んでおり、売れ行きは絶好調のようだ。


「この辺なら正面だし、ちょっと遠いけど十分見られるかな」


場所取りを済ます。屋台で買った飲み物をストローで吸いながら、言葉を交わす。


「飲み物まで奢って貰ってしまった……」


「え? 何? 周りがうるさくて声が聞こえない」


耳に手を当てながらアニーが距離を詰める。

髪からふわっと、柑橘系の香りが漂ってきた。


「道案内は終わったけど、俺と一緒にいていいのか?」


「せっかく来たんだから、一人で見るよりも誰かと一緒がいいし。それに、帰り道も案内してもらおうかと思って」


「でも俺、アニーん家知らないけど」


「大通りの南口まで案内してくれれば大丈夫。そこからは一人で帰れるから……あ、見て!始まるわ!」


視線をステージ上に向けると、ピエロのような見た目をした男がそこに立っていた。


「本日はお集まりいただいてありがとうございます! これより私『ジンギス・チンギス』による、魔大道芸を披露いたします!」


「魔大道芸……?」


「知らない?魔術を使っていろんな芸をやるの。初めて見るから楽しみ!」


 やっぱり異世界には魔術が付き物だよな、と思いながら、ステージを見続ける。

魔術の存在には驚いていない。初日の探索の途中、何度かそういった場面を目撃したことがあった。

煙草の火を指から出したり、脚立代わりに土の台を生成したり。

その時は驚愕したが、それから少しは慣れた。

ここいらでは、魔術はそこそこポピュラーなものらしい。


 すると、男が火の玉を手から出してジャグリングを始めた。

辺りに拍手が巻き起こる。


「この程度で驚いてはなりません! 続いては『火演武・二の舞!』」


拍手を制すように両手両足からサッカーボールほどの火球を出して、お手玉とリフティングを同時にして見せた。


「続いて三の舞!」


そのまま体勢を落として、ブレイクダンスのようなものを始めた。地面でくるくる回りながら火を自在に操っている。まるで少○サッカーみたいだ。

会場には大歓声が上がっている。


「こりゃすごいな」


「でしょ!? やっぱり来てよかった。オオタケもあそこでずっと座ってたら、きっと後悔してたんだから!」


 自分の手柄のようにアニーが胸を張る。大竹はその様子を目にしてくすっと笑った。


「あ、初めて笑った」


「え?」


 思えば、少しも気を緩める暇などなかった。この世界に来てからは生きる術を探そうと必死で、今みたいに娯楽に興じている余裕など欠片もなかったのだ。

大竹自身もその言葉にハッとして、小さく息をついてから、もう一度笑い直す。


「……そうかもな。ありがとう」


「うん? オオタケも、来てよかったって思うでしょ? 楽しそうにしてくれて何より」


「大道芸じゃなく、アニーのおかげなんだけどな」


最後に小さく呟いたその言葉は盛況の中に埋もれていったが、大竹は満足した。

状況は好転していない。自分は相変わらず一文無しで、彼女との関係も、帰り道を案内すればそれっきりだ。

――でも、今この時ぐらい、幸せでいたって罰は当たるまい。そう意識すると、肩の力が抜けた。


――――――――――――――――



 それから小一時間ほど演目は続き、大広場のボルテージも最高潮、といったところだ。

大竹も気づけば夢中になってしまって、「おお!」とか「すげぇ!」などと声を漏らしていた。


「それでは最後に、水と土の魔術を混合した、『雪国の演武』をお届け……ん?」


「え?ん、なに?」


急に大道芸氏の動きが止まった。

アニーが頭に疑問符を浮かべる。

観客もどよめきはじめた。


 直後、そのどよめきは一層ボリュームを上げた。

民衆が体を揺らし始める。何事だろうか、と考えつつ、大竹は自身の体も同様に揺れていることに気付いた。

足の裏を叩かれるような衝撃が、小刻みに訪れる。

同時に、巨大な怪物の呻き声のような、異様な音が聞こえてきた。


呆気にとられていると、振動のパターンが変わった。


砂埃が上がる。

体が足を力点に、ぐらぐらと左右に振られている。いや、その原因は足ではない、地面が動いているのだ。


「……地震?」


緊張が解けていた肉体が、再び強張る。


 横揺れが激しくなると、それに呼応して喧騒に悲鳴が混じるようになった。それすらもかき消すほどの地鳴りが響き渡り、やがて――。


 広場の周りの軒並みが、その形相を大幅に変えていった。

家だったものが瓦礫の山に変貌していく。それに巻き込まれて、レンガの下敷きになりもがいている者もいる。


 束の間の幸福が、こうもあっさりと、こうも無残に砕け落ちた。

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