表裏
白い指が赤っぽい小石をつまみ、それで固く乾いた赤い地面を削り溝を作っている。その溝は曲を描き続け、円の形で収まった。
丁寧な所作、それに目線を落とす優しげな瞳に長くふわふわな睫毛が影を作る。白い肌に桃色がほんのり浮かぶ頬、小さくふっくらした唇。どれをとっても可憐な少女だ。セイリアはつい何度も錯覚してしまい、その度に男性であると意識しなくてはならなかった。
「この円からセイリアちゃんは何をイメージする?」
「あ、ハイ!えっと、月、でしょうか。」
「月は、どんなイメージ?セイリアちゃんにとって、何を象徴するもの?」
「……光、です。」
なんの変哲も無いただの円を前に、暗い空に浮かぶ青い月を思い浮かべた。その満月にかかっていた雲が流れて晴れ、月明かりが心の中を照らしだす。何か、掴めそうな気がした。が、それ以上でも以下でもなかった。想像は想像のまま形を変えられない。
「月が魔力に満ちることを想像してみて。その魔力が光を帯びていくの。」
「……。」
それを聞いてセイリアは目を閉じ、心の中に魔力を集める想像をした。真っ暗で静かな心の中に、ポツンと浮かぶ白い円それが魔力だ。魔力は満ちて、白い満月となる。そして魔力の光は靄となって滲む。
屈んだ姿勢のキッテが、にやりと口角を上げた。同じく屈んだ隣のセイリアは今、酷く無防備で、自分に信頼が寄せられていることを感じた。真面目な横顔に、へらへらとニヤけた自分の頬を寄せる。セイリアはふわふわの白髪に頬をくすぐられて、目を開けた。
「ちょっと、キッテさん!」
「ちょっとだけ、ね。」
「やめてください!」
警戒の色に染まるセイリアの赤い瞳がキッテをたどたどしく睨む。詰め寄られて尻が落ちると簡単に体を動かせなくなり、そこをキッテの両腕に挟まれれば、その青い目に訴えるしか出来ないのだ。
「真剣なんです。必死なんです。」
「わかってるよぅ、そんなこと。だから可愛いんだもの。嫌がるセイリアちゃんも可愛いし。」
「もうキッテさんにはお願いしません!」
「ティルに教えてもらうの?」
「はい!」
「ふっふふ。へぇ。もうすぐお別れだものね?」
「っ、嫌なことばかり言う人とは話しません!」
腹に力を入れて上体を支え、楽になった腕でキッテの肩を押す。キッテの体はビクともせず、そして固かった。セイリアは背筋が凍った。顔から血の気が引いたのは、きっと誰がどこから見てもわかるだろう。冷たい体をよそに汗が噴き出す。確かに暑いくらいの気候だが、これは恐怖なのか怒りなのか、わいた感情から溢れたものだ。
「何してんの。」
「ティル。」
「ティルさん!助けてください!」
「何してるのってきいてるの。」
「じゃれてるだけだよ!」
「いやだっ!」
ご機嫌にセイリアの腰に腕を回し、強く抱き寄せた。抗うには無力すぎることを知ったセイリアは、叫びながら全身を強張らせて身を縮める。そんな二人の塊に嫌悪しかないティルは冷めた眼差しをよこすだけだった。涙が溢れてくる。
「ぐえっ!」
「!!」
疾風の如くキッテの頭に足が飛んできた。ゴリっと音がなり、首がしなる。その解放された瞬間をセイリアの本能は見逃さず、無様に膝を引きずりながら溺れているかのようにその場から離れた。その先に、膝をついたイアンがおり、セイリアの震えた肩を抱く。イアンの目の青は鋭くキッテに向けられていた。緑の髪が逆立って、口の周りの筋肉が引き攣っている。
「これ以上セイリアに触れたら首を飛ばす。」
体を起こすその勢いで体勢を立て直し、胡座をかいて座った形になったキッテは、人がよさそうに微笑んでいて、痛がる素振りも堪えている様子もない。始終を傍観していたティルは、そんなキッテを面白く思わなかった。せめて砂でも被れば良かったのに、キッテは倒れることさえなかったのだ。
「どうやって?」
「わかりません。でも飛ばします。」
「無理だと思うよ。」
「飛ばします。」
「おい。」
「あ、キース。」
拮抗するイアンとキッテの終わりのなさそうな空気に、向こうから歩いてきたキースが無感情な言葉を投げかけた。キッテの頭を蹴る直前まで、イアンはキースと戦っていた。稽古とも鍛錬とも言えない、ただただ交戦するだけのそれは、イアンの体力を奪っていたはずだ。しかし底知れぬ何かがイアンの負担を打ち消し、突き動かしている。
キッテが、横目でキースを見た。キースもまた、横目でキッテを見ていた。二人の視線が静かに重なったと思えば、キッテが立ち上がって歩き出す。皆からは背中しか見えなくなったが、キッテの顔は笑みの形に歪んだ禍々しいものになっていた。つり上がる目尻と口端、血走った目、剥き出しの牙。裏からは感じられない狂気が表にはあった。
20190225




