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IDLY HERO〜スライプ編〜  作者: 松野 実
第二話
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革命の時

 オーガという魔物は、現在この四大陸の全域に生息している。雑食であること以外の姿や特徴は、特異なことに、大陸ごとに大きく異なる。元々適応力の高い魔物であったものの、魔界での魔物同士の争いには勝てず、人間界に留まったものが、更に環境に適応した結果である。しかし、このスライプ大陸のオーガは、どのオーガの中でも群を抜いて戦闘力が高いのが特徴だ。スライプは魔界ほどではないが、魔物が多く生息している大陸であり、種族争いは避けられなかったのだろう。ここ、アスワド島のオーガは、食物連鎖の頂点にいた。

 セイリアはルマティーグ大陸で一度オーガを見ていた。大きな足が一番の特徴で、あとは毛むくじゃらで緑の体をしていた魔物だった。目の前の、赤い大きな顔をした魔物が、同じオーガであるとは思いもしない。

 スライプ大陸のオーガは、赤い板のような顔から腕と脚が生えている姿だ。顔を囲うガサついた黒い毛がおどろおどろしく揺れる。全長はおよそ150センチで、そのほとんどが顔だ。人間の頭一つくらいの大きな目玉、穴が空いただけの鼻と、唇がなく歯がむき出しの口。顔の大きさを思うと腕や脚は短いが、筋肉隆々で手に槍を持っている。槍といっても、棒に尖った石を突き刺しただけの原始的なものだが。それが真上に一体、向かいの谷の上に三体いた。イアンに届くオーガ全員の心は、二人を殺して食べることしか言っていない。その風貌と異様なほどの殺意に当てられて、流れる風さえも凍っていた。

「っ……!」

 オーガが動いた。谷を転がり降りてきていて、地に足をつけた瞬間に駆けだす。真上にいたオーガは槍を振り上げながら滑り降りてきている。イアンは大きく後ずさって背中にいるセイリアを穴に押し込んだ。二人は恐ろしくて声が出せなくなっている。足腰が震えて思うように動けない。セイリアは穴の入り口で小さくうずくまって震えるしかできなかった。幸いにも入り口は小さく、奥の広い洞窟部分までは距離もあったので、顔が大きく、腕脚の短いオーガは入って来ない。

 イアンは目の前のオーガ四体から逃げ回るのに必死だ。オーガは俊敏で、この大きな顔は一気に距離を詰めてくる。上に跳んでも、軽々とそれを上回る高さまで上がって攻めてきた。膝をつき、脚を引きずって、無様に顔を恐怖に歪めて、ただそれだけで精一杯だった。

 ガン!と音が聞こえる方を見ると、セイリアを押し込んだキッテの住居の入り口を、槍で突いているオーガが見えた。血の気が引いたのか頭に血が上ったのか、額がざわつく。気がつくと、自分を追うオーガは一体となっていて、残りの三体はセイリアを引きずり出そうとしていた。鼓動が大きくなる。その一瞬、イアンは自分でも思わぬ速さでオーガ三体との距離を詰めた。恐怖が後から追いついてしまい尻込みしたが、勢いのままオーガの後頭部を蹴りつけた。そして後退してまた逃げの体勢に入る。

「くっ!」

 自分を追うオーガが一体増えた。後頭部を蹴ったオーガだろうか、それもわからない。オーガの心は最初からずっと変わらないからだ。ただただ自分たちは彼らにとって食べ物、獲物。腹が空いていて、狩りをしている。単純だった。だが、その無機質な心は、イアンの恐怖を増長させる。心を読んで不気味に思うのは、今回が初めてではないのに。

(そうだ……キース、キースは心が読めない。こいつらは、同じことしか考えていない。心があるようで、ない。同じだ。)

 心が読めない不気味さから、オーガとキースを重ねた。キースが剣を振りかざして自分を攻めてくる、そんな風に見える。手足に血が通う感覚が戻り始めた。それと同時に、全身にびっしょりとかいた汗の感覚、衣服の布地の感触、それらに当たる風をやっと感じた。気持ちは悪いが、先程よりはずっと生きている心地がする。イアンの表情に、凛々しさが戻った。

「イアンくん!」

「イアン!」

 土埃を背負いながら、セイリアとティルが叫んだ。イアンが声の方を見ると、いつの間にか遠く離れた穴の前に、セイリアとティル、そして横たわる二体のオーガという景色があった。セイリアはティルの背中に隠れるように立っている。見たところ無事のようだった。背中で槍を振り回しているオーガの隙を突いて目玉を蹴り、踏みしめて方向を変える。向かうのはティルとセイリアの元だ。

 ティルの足元に転がっているオーガ二体が同時に予兆もなく起き上がって、その勢いのままティルに襲いかかった。その目も眩む速さに怯んだが、腕を振って魔法で風を起こし、押しのけた。今度は腕を突き上げ、天を指差すと、細い雷がオーガの脳天に落ちる。間を空けず胸前に腕を寄せると、今度は炎が上がって、動きが止まっているオーガの黒い毛に飛びつく。ティルの魔力を糧としていた炎は、オーガの体に拠り所を移し、ますます勢いをあげた。

「本当なら、こういう魔物は燃やさない。毛とか目玉が売れるから。でも、」

 体が燃やされるオーガは声こそあげないものの、のたうち回って苦痛を表し、ティルから離れていった。強烈な臭いを残して、赤い土埃と黒い煙だけが目の前に漂っている。セイリアは無意識にティルの服をつかんでいたが、たまらず鼻と口を両手で押さえた。ティルも手の甲で鼻を塞いでいる。

「金よりも命の方が大事だ。」

 炎を纏い数歩先で崩れるオーガの体を二人で見ていた。セイリアは今になって自分の体が震えていることを知った。あの時、ティルが目覚めてくれなかったら、今自分はここに立っていられないだろう。涙も溢れてきた。それは、安堵の証拠。気の緩みだ。

「セイ!!」

 その声は白い靄の向こうで聞こえたが、セイリアがそれに答えることはできない。オーガに拳で腹部を突かれたのだ。その強烈な衝撃は一瞬で意識を奪う。イアンを追うのをやめたオーガが、先回りをしてセイリアを襲ったのだった。ティルもその速さを目で追いきれず、セイリアの昏倒を見送ることになる。判断が遅れ、何より相手の素早さが上回った。魔法を発動させる前に、もう一体のオーガに後頭部を殴りつけられ、イアンが追いついたのも虚しく倒れた。

「な、ん……。」

 ティルは傾いていく景色の中に、谷の上から自分たちを見下ろしている紫の眼を見た。猜疑心が胸に根付く前に意識を手放す。

 イアンは呆然と立ち尽くす。そんなティルの心さえも聞こえない。時が止まった感覚に陥った。自分の呼吸、早鐘のような鼓動がすぐ耳の横で聞こえる。オーガがティルを殴りつけた反動で振られた腕をゆっくりと下げるところを見ていた。じり、と音を立ててオーガの足が赤い大地を踏みしめている。体の方向を変えるのだろうか。変えるとしたら、それは自分の方を向くのか、それとも倒れた二人を向くのか。イアンは悠長にそう考えながら二体のオーガを眺めている。これらのオーガの動きは、ほとんど止まっているように見えるからだ。

「さあ、見せて。革命の時だ。」

 谷の上で白いふわふわの髪をなびかせながら、キッテが興奮を抑えている声で言った。白目が真っ赤に血走っている。三角の耳の白い毛が逆立っていた。その前にいるキースは、表情を作る目も口も眉も何もかも、少しも動かさず涼やかにそれを見下ろしているだけだ。

20190320

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