03 『間接的な邂逅』
家に帰ってきた。
ゴブリンの血を浴びることはなかったし、危機低状況にも陥ってはいないが、母さんにゴブリンの死体とか見せたくないので、見つからないように誘導したりせかしたりして一緒に帰った。
思えば夕食も食べる前で、大分暗くなってしまっていたし。
この日は何もなく終えた。
数日後、問題は起こった。
魔族が襲ってきたのだ。
=====
村が不穏な雰囲気になりながらも、何とか平和に数日間を過ごす事ができた。
さりげなくゴブリンとかコボルトとか、村の人たちでは手に負えなさそうなものは倒していったから、そのおかげでもあると思う。
不審な行動が増えて母さんが怪訝な顔をしていたが、勘弁してくれ。
俺は親に恩返しをすると言った。
その恩返しとは、この異変を解決する事だった。
異変とは、この状況――この、瘴気が不自然に多くなるこの状況の事である。
つまり、瘴気をどうにかする事が恩返しとなる。
一度決めたんだから、どうにかする。
まあ、当たり前だよね。
ということで、どうしようか悩む。
瘴気については完全に門外漢である。
俺は魔法だけの能無しであるからして、魔物の生態に関係のある瘴気なんて、どうでもよかったことだった。
だから知っていても概要程度だ。
どの、概要程度の知識でどうにかしなければいけない。
知っている事といえば、魔物が発生しやすくなり、身体に悪く、浄化の魔法の一部が効果的ということだ。
そもそも瘴気って魔力のなんかなのかも分からない。
興味ないと調べることを怠るよね。
知っている事から推定するに、おそらくは効果覿面であろうと思われる魔法を使い、村を浄化すればいい。
しかし、魔力が足りないかもしれない。
今世の俺の魔力は如何程か?
結構多いとは思うんだが、一度村を浄化したとして、その後また瘴気に覆われれば元も子もないので、永久的なものをしかなくてはならない。
しかし、永久となると俺の魔力では足りないので無理である。
どうしようかな。
まあ解決策としては魔法を模った術式――つまりはファンタジーの名物魔法陣――を、村の周りに敷けばいい。
世界から魔力を貰う形にすれば半永久的に持つはずだ……多分。
しかし、ここで問題が出るのだ。
問題とは、俺が術式魔法を苦手としているという事だ。
俺の今世ではまだ数回だが、いつも使っている魔法は、術技魔法と呼ばれる、感覚的に、剣術とかと同じように人の扱える、アナログ技術としてのものだ。
しかし魔法陣とか書いてそこに魔力入れて発動させるようなものは、また別のもので術式魔法と呼ばれる。
術式魔法は出来ないわけではないのだが、俺が得意としているものとは結果は同じでもまったくの別物なので熟練度はヒラにも劣るようなものだ。
中の下の下だ。
ちなみに術技魔法は中の上の上。
だからそれを埋める方法を考えなければいけない。
どうするか……。
思いつかないし、とりあえず今日も探索を始めよう。
=====
名も知らぬ村のはるか上空に、黒い物体がいた。
その物体は大きく広げられたカラスのような黒い翼を持ち、しかしその身は褐色の人間のようだった。
その『黒』は大きく翼をはためかせながら、冷徹な瞳を宿し、眼下に名も知らぬ村を置いていた。
――魔族。
彼女は魔族だった。
全魔族を束ねる偉大なる千年王の直属幹部、ヘタリア・エンスの直属の部下である。
彼女は普段であれば、このような村滅ぼす気にもならず、目の端に止めることすらしなかっただろう。
しかし、今回は状況が違った。
彼女の信望するヘタリア・エンスは、真面目で誠実な敬意に値する人物だ。
休むまもなく働き、文句を言わずに命令をこなし、必ず成果を挙げる。
部下には優しく、親しく接してくれる。
嫌う要素も無い。
ならば自然と好意を持っていくことも当然の事だった。
今やそんな彼女はヘタリア・エンスの一番の部下である。
それを誇りに思い、その気持ちすら大切にしていた。
そんな彼女はヘタリア・エンスが休暇をとった事を知った。
衝撃だった。
休暇ぐらい誰でも取るだろう。
そう思うことも出来る。
しかし、初めてだったのだ。彼女が部下になってから、ヘタリア・エンスが休んだ覚えなど一度も無かった。
彼女は心配になり、急いでヘタリア・エンスに会いに行った。
凄惨だった。
ヘタリア・エンスの美しい顔から表情が抜け落ちていたのだ。
感情を失ったかのように。
事実、抑揚がまったく感じない声で、何時もの口調で話しかけてきた。
「あー……エリミエ?すまない。私は少しの間休暇をとる事に決めた。エリミエには仕事を押し付けてしまう形になる。……すまない」
痛々しかった。
仕事など、是非にと受け取った。
どうしてこんな様子になってしまったのか。
しかし、聞く気にはなれなかった。
ならばと。
自分自身の力で調べよう。
幸い、ヘタリア・エンスの仕事は彼女が受け持つ事になっていた。
彼女が行っていた仕事、その数日前の履歴を引き出し、そのときの様子を調べ、この村にたどり着いたのだ。
彼女は、この村を最後に休暇をとっていた。
このような村に何かあるとはとても思えなかった。
このような村がヘタリア・エンスに影響を及ぼせるなど、考えるだけで無礼だと思った。
しかし、事実このあたりで仕事の履歴は途切れており、村以外には何も無かった。
凶悪なモンスターもいないだろうし、いたとしてもヘタリア・エンスに傷を付けられるとは思えなかった。
ヘタリア・エンスは千年王の直属。強いのだ。
それにあの状態は精神をやっている。
できるとするならそれは知性の高いもの。
精神魔法の使えるもの。
どちらも、人間であるとしか思えない。
このような村にいるであろう人間に、やはりそんな事が出来るとは思えないのであるが。
警戒すべきところである精神魔法はヘタリア・エンスの宝物庫から精神魔法をジャミングする魔法具を拝借した。
言葉でやられたというのならば言葉を聞かなければいい。
彼女は、ヘタリア・エンスへの思いに燃やし、今夜、名も無き村を燃やす。
彼女は万全の対策をし、最善手を打ったのだろう。
しかしそれでもどんなに用心深く警戒したとしても、予想外の出来事というのはどうにもなくならない。そのことを彼女は理解していなかった。
彼女のせいではないのだ。
誰が予想しようか、何の変哲も無いただの村に。
千年前の記憶を持ち。
かつて彼女の信望するヘタリア・インスを実験台とし。
彼女の実力を新参と切り。
そんな事が出来る様な平社員がいるなど。
それは彼女は悪くなく。
原因はただの不条理だ。
=====
さて俺は今草原に一人立っている。
草原には、最近の物騒な雰囲気からか人気が無く、かといって魔物もいず、本当に動物の気配が感じない。
孤独をあらわした様にポツンと広い草原の中に立つ俺は、さぞ滑稽な事だろう。
なあ魔族。
俺は今、上を見上げている。
正確には一つの物体を目視しているのだ。
はるか上空に羽ばたく、黒い翼を持つ魔族を。
魔族とは、千年前からいた亜種族だ。
強さはそこそこ。
しかし、魔導の全盛期にいた俺達には勝てずに細々と生きていた。
そんな種族だ。
しかし、俺は今の魔族を知らない。
別世界の魔界に住むコイツ等は、千年前のままなのかもしれないな。
そんな幻想を抱きながら見詰める。
俺は今の魔導技術力を知らない。
本を複製する事は可能のようだ。
しかし、この村には魔法具が一つもない。
このことから昔より技術が低いことはわかる。
が今の術技魔法の技術力も、今の術式魔法の技術力も、こんな田舎にいてはほとんど何も分からないのだ。
しかし魔族。
コイツは異世界からの刺客だし、何か知っている筈だ。
俺の知り合いで一番強かった魔族が使った魔法のクラスは、最上級。
普通の魔族でも上級は容易く行ってきた筈だ。
こいつはあ……どの程度だろうか?
俺は五歳の低身長を忘れて、わくわくしながら見詰め始める。
準備運動には軽い相手だろ、魔族ぐらい。
しかも相手はヒラだ。
久しぶりの戦いにオラはワクワクしてきたので、感情がどんどん高ぶり始める。
その高ぶりに気付いたのか知らないが、魔族が俺のことを見た。
あいかわらず見下す目線だ。
魔族は羽ばたく翼を操り、どんどんと降りてくる。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
そして、俺から少し上空あたりで、羽ばたき続ける。
「ガキ。話がある」
そう言って。ひと羽ばたきした後に華麗に着地した。
羽ばたきからからして格好つけているに違いない。
「僕も君に聞きたいことがある」
「私の知り合いがこの村に来てから様子がおかしい。――何か知っているだろう?」
「今の魔法ってどの程度よ?ぶっちゃけお前強いの?」
お互いにいいたいことを言い合いすれ違う。
俺はそれを面白がる。
魔族――彼女は、それを不愉快に思ったのか、翼をはためかせ、風をこちらに送った。
魔力が篭っている。
下級魔法である『かまいたち』に似た攻撃だ。
翼の様子からすると、多分本能的に手足を動かすように出来ることなんだろう。
翼が起こした風は、思ったとおりの機動をして、俺の頬を切った。
余裕を見せるために頬を切られるぐらい我慢する。
そして母さんに見つかったら怒られるかも……そう思い顔が真っ青になった。
「ふん、わかったならさっさと吐け。私の尊敬すべき先輩に何をした?」
「知るかよ……。こっちもこれから起こるであろう不幸にテンション駄々下がりだ。」
こうなったら戦って倒して聞くこと聞いて帰るか。
傷どうしようか。
まあこのくらいなら木の枝で切っちゃったて言えば心配されるだけですみそう。
心配させるのは申し訳。
「はあ……変わったガキだ。ガキなら手っ取り早いと思った私が間違っていた。ならばさっさと聞き出すことにしよう」
「同意」
「ふざけるな」
手足に向かって『かまいたち』のような魔法が撃たれる。
俺の両手足を切り落とす気のようだ。
下級魔法でも使う人が変われば威力も違う。
魔族はそこそこ魔力量が多いから威力も高い。
下級魔法でもその程度は出来るのだろう。
どうしようか。
下級魔法だしどうとでもできる。
当たり前だけど。
とにかく久しぶりの戦闘だ。
花があったほうがいい。
相手も下級を使うようだし、こちらも下級で相手しよう。
「――魔法『風球』」
詠唱も花。
二つの球状の風を作り、魔法を相殺する。
魔法の相殺に成功し、辺りに風が振りまかれる。
意外と強い風だ。
心地いい風を肌に感じながら俺は余裕の表情をする。
彼女は眉を顰め、俺に問う。
「やるようだな。こんなガキが。しかし、これで合点のいくところも出てくる。子供でこうならば親はなおの強さを持っているのだろう。――しかしならば、忠告があってもいいものだが……?どういうことだ」
「一人で考え事すんな。戦いの最中に考え事とは何事だよ」
「人間に作法をする義理は」
コイツ面倒くさい。
――魔法『かまいたち』
彼女は翼でその魔法を掃う。
「俺達は戦ってんの。わかる?俺は久しぶりの魔法でテンション上げてんの。無粋な事ばっかすんな」
「その年にしてその考えをするとは……生憎と、私は貴様と闘っているつもりは無いのでな」
「俺のこと戦闘狂とか思ってないよね?違うぞ?ただ、ずっと戦いから離れているとたまにはしたくなるだけで。つまり、何時もの俺はノット争いだ」
話す気もないのか知らないが、唐突に翼をはためかせる。
連続で。
舞った『かまいたち《ウィンドブル》』もどきは数知れず俺に襲い掛かる。
致命傷とのどは避けていることから、まあ四肢もぎってから聞いた方が早いと思ったんだろう。
威力は先程よりも高い。
俺は腕を大きく掃い、その魔法を掃う。
魔法は俺の腕の動きに沿うかのように消えていった。
「な!?」
「前座は飽きた」
俺も倒してから聞いた方が早いと思って黙って魔法を行使する。
――魔法『炎球』
――魔法『炎球』
――魔法『炎球』
――魔法『炎球』
――魔法『炎球』
――魔法『炎球』
――魔法『炎球』
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同じ魔法を延々に放ち続ける。
下級魔法『火球』の上位互換であるこの魔法は、下級の中の上のほうという微妙な立ち位置にある魔法だ。
大きさは先程撃った『風球』よりも一回りもふた周りも大きい。
まあ下級、何度撃ったところで疲れはしないが。
「中位――つまりは並みの難易度である魔法をこうも幾度も使えるとは――ッ!」
彼女は飛び回り、それを避けていく。
三次元的に飛びまわれるのは慣れてなく、大して狙いをつけなかった魔法の群れは外れる外れる。
別の魔法を撃とうかな。
飽きてきたし。
下級魔法だし。
「『ファイヤーボール』!!」
彼女は魔法を放つ。
俺に向かってきたのは、俺が放った『炎球』よりも一回り大きい『炎球』。
特に思うことは無い
「魔法――『不具合』」
相手の放った炎球は、波に打たれるように消えた。
俺のはなった魔法の能力で魔法を掻き消したのだ。
「な!?……ッく!」
彼女は連続で放たれ続けていた炎球が止まった隙を利用し、翼で魔法『かまいたち』を放ち続ける。
そして手を上に翳した。
俺は無言で『かまいたち』を掻き消しながら何をするのか待っている。
「『ファイヤーメテオ』!!」
懐かしい魔法が来た。
千年前、中級に入ったばかりの頃に一番人気だった魔法『隕炎』。
俺も覚えた。
名前は違うようだが、同じもののようだ。
隕石のような直径五メートルほどの火炎球が迫る。
ようやくでたか中級魔法。
俺は『不具合』を使わずに、別の方法で対処しようと決める。
「中級――魔法『断空』」
目の前に現れた炎で出来た隕石は、見事に大部分が消し飛び、俺のいる場所の左右に魔法の破片である炎が堕ちる。
「もっとギア上げてくぞ」
「……クソッ」
彼女は悪態をついた。
「何故だ!何故こんな何の変哲も無い村に、お前のような者がいる!この村が特別だとでも言うつもりか!?」
「別に特別な人間などどこにもいないだろ。お前の目の前に居るのはただの元導師だ」
今も導師のつもりだが。
魔法の鍛錬を諦めた状態で、道の師を名乗るのは少し躊躇う。
「……何故このような場所で、本気を出す羽目になるのだ……」
「ヒラ魔族だからだろ」
「私は!……………ふう」
名乗りそうになったのをなんとか留まったようだ。
理性的である。
「私の名はエリミエ・アーエンル」
「ああそうかい」
彼女の目の色が変わった。
褐色の肌とは違って青色っぽい眼球がこちらを睨む。
警戒の強い目。
余裕は何処かへ行ったようだ。
俺はヒラの魔導師だったとはいえ、流石に魔族には負けはしない。
俺の強さの程度をようやく理解し始めたようだ。
「魔法『ファイヤーメテオ』『フレイムウィップ』『フレムエンブレム』」
炎の隕石が落ちてくる。
炎の鞭が舞う。
刻印を描く炎が迫る。
俺は余すことなく対応する。
全ての魔法に中級魔法を使った。
「――魔法『水玉』『風の鞭』『掻き消す風』!」
炎の隕石は宙に現れた巨大な水の玉にぶつかり、相殺された。
その奥から向かってきた鞭は、風の鞭で相殺された。
炎の刻印は、優しくも強引な風によってぐちゃぐちゃに変形し、掻き消される。
「まだ踊れるだろう?」
「抜かせ!!」
俺も少し疲れてはいる。
なにせ、久しぶりに複数の魔法を順に連続で放ったし、久しぶりに相殺した。それを三回も連続してやったんだから、疲れるに決まっている。心の話だが。
心は大事だ。資本だし。
彼女はそれからも適当な中級魔法を放っては相殺されていった。
連続で魔法を出し、俺を誘導して嵌めて来ようとした事もあったが、俺は出力を上げることなく今までと同じような魔法で、丁寧に切り抜けた。
冷や汗が出たものの、なんとかなった。
何度も何度も。
そして、幾ばくか続き、変化は起こる。
「はあ……はあ」
「ふぅ……身体の出来が出てきたな」
俺は今五歳のガキだ。
そのことを忘れていた。
疲れが出始めたのだ。
一方相手は魔力は随分と使っただろうが、まだ余裕な顔をしていた。
体力の差なんて考えてなかった。
ちょっとピンチかもしれない。
嘘だけど。
「こんなガキだが……久方ぶりに苦戦を強いられた事は認めよう敬意を表す」
彼女は上空に飛び、空高く手を上げた。
手には魔力が集まってくる。
今までとは比べ物にならない程に。
=====
「喜び諌め。最上位魔法『グランドメテオ』」
彼女の最強技である。
それは、地と炎の混合魔法であり、上級に迫るほどに難易度の高い魔法を二つ混ぜ、作り上げる上級でも上位に類する魔法だ。
その威力は計り知れず、凄まじい。
――それこそ、村を丸ごと吹き飛ばす事もできた。
しかしそれが彼女の命運を分けた。
死の宣告だった。
「殺す」
彼女は理解していなかった。
彼はこの魔法を知っていた事。
彼女は理解していなかった。
彼は本気などまったく出していなかったこと。
彼女は知っている筈だったのだ。
彼はこの村を大切にしていることを。
――ひたすらに暗かった。
彼女の目の前に現れたそれ。
球体上の巨大なそれは、どんどんと大きくなり、どんどんと黒くなっていた。
暗い場所のような明るさを持った球体が、みるみるうちに、今や漆黒の色に染まっていた。
最初は中級上位程度の大きさだったはずのものが、今や見た事もない程に大きくなっていた。
「――魔法『次元分解』」
分からなかった。
理解不能だった。
だから、反射的に自分の作り出した最強の魔法である『グランドメテオ』を、無造作に、処さなく投げつけてしまった。
それは理解することもできない未知なる恐怖からだ。
最強技である筈の『グランドメテオ』は、触れた箇所から何もなかったかのように抵抗無く消え去っていった。
最強技が。
「な、なんなのだ貴様は!たかだか人間に!ただのガキに!私の最強が!最上位の魔法が!」
「基礎だ馬鹿野郎」
目の前に迫ってくる黒。
彼女は抵抗する事も無く黒に触れ、消え去った。
彼女の最強技である『グランドメテオ』すら抵抗無く消えたのだ。彼女が触れたところで生き残れるなんてことがあるはずもなかった。
=====
基礎魔法で満足したヤツが、粋がって俺の大切なものに触れるんじゃねえ。