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*天照大神とアイリス

「おっはよーございまぁーす!」

妙にテンションの高い女の声で俺は目を覚ました。

隣を見ると、一緒のベッドで気持ち良さそうに寝ている天照大神の姿。

あの女の声の宿主は、枕元に置いてる目覚まし時計だった。

恐らく彼女――天照の物だろう。


……ったく…、どんな趣味してんだよ…

俺が掛け布団を捲ると――

「うゎっ!!??」

俺は何故だか全裸だった。

下すら履いてない……


…もしかして、と思い、隣を見ると………

「…………っ!!!???」

案の定、天照大神も全裸だった。


……や、ヤバい…

理性が保てなくなりそう…


俺はとっさに天照から目を反らした。


――これ以上の興奮を抑えるために


…………が、

「…っ、あぁぁぁあっ!!!もう、ダメだっ!!!耐えきれねぇっ」

ついつい見てしまう。

俺の出した大声で、天照が目覚めた。


「……どうした、須佐。妙に顔が赤いな」

天照は上半身を起こし、目を擦りながら尋ねてきた。

「う…、えっと…」

俺がどうしたものか、と頬を掻くと、

「あぁ、衣類がない故困っているのか」

ズバッと当ててくる彼女。

「あ……あぁ」

曖昧に返事をすると、彼女はクスッと小さく笑い、

「そんなもの、決まっておろう。…妾と須佐の仲。…『パートナー』とやらはつまり、夫婦になる、という事なのであろう?…しかれば、この様なことくらい、して当然というものよ」

つらつらと当たり前かのように述べてきた。


………えっと…

「め、夫婦って…、まぁ、そうですけど…」

俺が上擦った声でそう言うと、天照は一つため息をついて、

「はぁ…、それほどまでに動揺しなくてもよかろうに…。…実、頭の悪し御男じゃ…」

呆れたように言ってきた。


………う

た、確かに俺は頭は悪いよ。だけどさ、だけど!!

…急に『めおと』なんて単語出てきたら驚くっしょ!!!

『めおと』って、『夫婦』って意味なんだろ?

…確かに須佐之男命と天照大神は、考えて見れば夫婦のような感じになったけど……


だけどさ、

「アイリスさんが言ってたんですけど、日本神話と現実世界では、パートナーは異なる場合がある――って」

「………アイリス?」

俺がアイリスさんから聞いた話を伝えようとしたら、天照から妙な殺気が感じられた。


………ひぃっ!!

なんかよく分かんないけど…………

怖いっっっ!!!!!


涙目になりながら、俺が天照大神の方を見ると――

「…………断じて許さぬ」

笑顔で恐ろしい言葉を発してきた。


「すっ…、すみませんでしたぁぁぁぁぁ―――!!!!!!」


家中に響く俺の声。


京極家の非日常的な1日がまた、始まろうとしていた――




「あぁー、眠い。…雅也、眠くないのか?」

紀が欠伸をしながら訊いてきた。

「……いや、普通に眠いけど…」

完全に寝不足なんだよな…


登校中の通学路。

朝日が坂を上る俺達を、静かに照らしている。


…最近不思議体験ばかりで、まともに睡眠をとっていない俺は、もう体力的にも精神的にも限界ギリギリだった。


「…あ、そういえばさ、雅也、今日こそは宿題やってきたよな?」

半寝状態の俺に紀の痛恨の一撃。

「しゅくだ………あっ!!忘れた…」

「はぁ…、本当バカだろ。毎日毎日さ…」

紀はやれやれ、と薄くため息をついた。


「…ま、どうしてもって言うなら写してやらせても良いけど」

紀は完全に上から目線で宿題となっている問題、答えが書いてあるノートを差し出してきた。


正直この手のおふざけは嫌いだ。

だが、

「悪ぃ…。借りるよ」

「…ん、どーぞ」

借りる他ない。

「…あ、HR始まる前には返せよ」

「わかってる」


腕時計を見ると、HRが始まるまであと、8分程しかない。


…急がねぇとな………


「…俺、先に学校行っとく!!…じゃ!!」

俺は紀に別れを告げ、全速力で学校へと向かった。




教室に着いたのはHR開始時刻の5分前――。


俺が席について、一生懸命紀のノートを写していると、ふいに頭上から聞き覚えのある声が聞こえた。


「…また忘れたの?本当頭のネジ、揺るんでるんじゃないの?」

声に振り返ると、

「…テイトさん!!??」

いつの間に居たのか、そこにはカッツァーネ・テイト…いや、虹の神・アイリスが立っていた。


アイリスさんは、前の席の椅子を引き、そこに脚を組んで座った。

……うわぁ、なんてムカつく態度とってんだ、この人…


俺がそう思った瞬間、アイリスさんから美しく、そして殺気を帯びた笑顔が向けられてきた。


……あ、ヤベェ。この人、人の心が読めるんだった…


俺は声には出さず、心の中でアイリスさんに何回も謝った。

すると彼女の顔はだんだん真顔に戻り、此方を見てきた。


……一応、許されたのか…?


俺がまた、ノートを書き始めると、前席から妙に艶のかかった甘い声が聞こえてくる。


「宿題は、今やっちゃダメなんじゃないの~?…ねぇ、そこのお兄さん♪」

……………………………………………………

反応に困る。

こ…これは、抱きしめちゃっても良い系のやつっスか?

ねぇ、どうなんスか!?


俺がアイリスさんの誘惑に誘われそうになった、その時――


キーンコーンカーンコーン……


チャイムが鳴った。


アイリスさんは、

「よっしゃっ」

と小さくガッツポーズをした。

一方の俺は完全に撃沈した。

「………終わった」


まだ、ノートは書ききれていない。

これじゃ宿題忘れ決定だ。


「ただでさえ内申点低いのに、ますます進学厳しくなるぞ」

紀が苦笑しながら言ってくる。


……くそっ、これだから天才は…


俺は斜め前の席に座っている紀を目を細めて見た。


――ガラッ

何の前触れもなく教室のドアが開き、担任が顔を見せた。

「はい、席に着いて―」

どこか気だるげな表情で指示する男教師は、俺達のクラスの担任――安藤朔夜だ。


まだ若く、そこそこのイケメンなので、女子生徒にかなりモテている。

一部の女子なんかからは、「朔夜様ぁぁぁ~!!」と、呼ばれている。


「朔夜様、今日も美しいですね!!」

――ほらな、こんな感じで。


担任は軽く手を振り、

「あー、そーゆーのいらないから。いや、マジで」

ため息まじりに、でも嬉しそうに教卓にダラ~っとした。


………ムカつく。

超ムカつくんですけど。

その態度、モテない男子にケンカ売ってるようなもんだろ…


俺はちらっと担任を睨み、その後何となく窓の外を見た。


――暇だ。もう宿題をやる気にもなれない。……担任

アイツ

のせいで…


何の気力も無くなった俺は、後ろの席から集めるべき宿題のノートを出さずに、回収してきた子に、何時もの一言。

「悪ぃ…、今日も忘れたわ。先行って?」

「おーい、京極。お前今月ノート提出したの3、4回程度だろ。……今日、補習な」

担任がダルそうな声で言う。


…う~わ~、補習キタァァァ―――…

「良いなぁ、私も朔夜様と一緒に勉強したい~」

追っかけ女子が、妙に甘ったるい声で言い、此方を睨んでくる。


……うわっ!!

女子怖っっっ!!!

そしてアイリスさんのあの穏やかな顔が怖いっ!!!


あ~あ…、退屈だな…




夕日が窓から差し込んでくる。幻想的なその風景は、目の前に居るイケメンのせいで全部ぶち壊しだ。


「――で、終わったか?もう始めてから3時間経ったんだから、当然終わったよな?」

「…まだっス」

嫌味のようなその発言にイライラしながら、俺は今までの宿題となっていた問題、答えをノートにひたすら書きまくっていた。


俺が補習をし始めたのは、3時間前――3時半の頃だった。

皆が普通に授業を受けている中、一人だけ呼び出されて4階の学習室へと俺は移動させられた。


……くそっ、紀のヤツ、連れ出される俺を見て、ニヤつきやがったな……


そんな事を考えながら文字を書いていたら…

「おぃ、京極。文が曲がってるぞ」

「…あ」

担任が脚、腕を組ながら指摘してきた。

「……ったく…。俺はもう帰る。明日までに完成させとけよ」

「はっ!!??」

「んじゃ」


夕日が沈みかけた頃。

担任が俺に背を向け手を振って、教室を出て行った。


俺は大きなため息をついて、机の上に広がった問題集たちを鞄の中に閉まった。




「ただいまー…」

疲れきってフラフラな状態で、俺が玄関の扉を開けると、急に明るい声が聞こえた。

「おかえりなさいっ!須佐様っ♪」

「あぁ…サーシャか………って、えぇぇぇっ!!!???」


靴を脱いで顔を上げると、そこにはフリル盛りだくさんのエプロンを着たサーシャが立っていた。


「えっ、えぇ!?…ちょっ、何やってんの!?」

俺の目は釘付けた。

「何って…、えっと、この時代でいう"主婦"というものを目指して…」

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁっ!!!」

右手に持ったフライパンを顔の横にやって見せるサーシャに、俺はストップをかけた。

「…え、やっぱりこの衣、私には不似合いでしょうか…?」

悲しげな顔をするサーシャ。

「ちょっ、違っ…!…めっちゃ似合ってるし、すげぇ可愛いし……」

目を反らし、

「……今すぐに襲いたいくらい」


……多分禁句なのだろう。

その場に沈黙が漂った。


暫くしてからサーシャが口を開いた。

「本当ですかっ!?嬉しい!!」

…………え?

俺がポカンとした顔で彼女の方を見ると、サーシャは恥ずかしそうにモジモジしながら、

「…須佐様に喜んで戴けて、私にとって、この上にない幸せ…。…須佐様…、今宵の食事は私の手作りですよ」

…………くそっ、可愛いぜっ!!!

「…本当に襲っちゃうよ?」

俺がサーシャの髪を触ろうとしたその時――


ガシャンッ!!!!!!


「………っ!!??」

見ると天照大神が食器を落とし、割ってしまっていた。

「すっ、すみませぬっ!!今すぐに片付けますっ」

「良いのよ、無理しなくても…。南実ちゃん、最近疲れがたまってるんじゃない?たまには休憩も必要よ?」

俺の母親に謝る天照。


……あ、ちなみに『南実』っていうのは、この世界での天照大神の名前だ。

フルネームでいうと『三条 南実』なのだそうだ。


「………っ」

無言で此方を睨んでくる天照。

……ひぇっ!!!???

な、何スか、何スかっ!!

俺なんかした!!??


身に覚えがない俺は、ぎこちなく天照から視線を反らす。

サーシャはつまらなそうに俺の方を見て、

「……鈍感にもほどがあります」

小さく呟き、キッチンの方へと行ってしまった。




「いただきます」

今日の夕食はサーシャの手作りだ。

レシピはアイリスさんに教えてもらったらしい。


…さっきから天照の表情が怖いのが気になるのだが…


「…な、南実さん?」

慣れない名前で呼ぶと、

「あ~、実に美味じゃ。…サーシャ殿、あっぱれじゃ」

「…いぇ、そんなっ。…照れます…っ、えへへっ…」


……あれ、なんか俺、無視された…?

まぁ良いか、サーシャの可愛らしい声聞けたし♪


そんな事を思っていたら、

「…時に母君。須佐…雅也殿が食欲がないようなのですが、部屋で休養を採らせた方が善かろうか?」

天照が此方に視線を向ける事なく俺の母親にデマカセを言いつけた。


「…そうね。食欲が無いの?せっかくのサーシャさんの料理なのに…」

ちょっと待った母さぁぁぁぁぁん!!

俺、別に食欲無い訳じゃないよ!?寧ろありまくりだしっ!!

……それに、

「…サーシャの料理なら絶対食べきりたいし」


俺が呟くと、天照は無言で此方を睨んできた。

「………須佐…、雅也様…」

サーシャは頬を赤らめて、モジモジしている。


あぁ、本当に可愛いな。

嫁に貰いたいくらいだ。



「…ごちそうさま」

俺がそんな事を考えていた間に、アイリスさんはもう夕食を食べ終えたようだ。

「…あ、テイトさん、まだケーキが…」

母親が呼び止めると、テイトさんはニッコリ微笑んで、

「少し急用が出来たので…。また後で食べさせて戴きます」

一礼してから2階へと続く階段を上がっていった。


………??



俺がアイリスさんを目で追っている時も、天照大神と、天使・サーシャの間では、恐ろしいほどの火花が散っていた。




俺たちが部屋に向かったのは、アイリスさんが2階に上がってから20分程経った時だった。


8時03分。

そう遅くはない時間だが、俺は焦った。


「ヤバいっ!!宿題やらないといけなかった!!」


―――そう。俺は家に帰ってから、今日の分の宿題、そして担任が出してきたノルマとなっている問題集に、一つも手を着けていないのだ。


「…全く。この世の須佐は、ちと頭のネジが弛んでおるのか?」

ため息混じりに天照が言う。

その隣でサーシャが、

「違いますよ~。"ちと"ではすみませぬ。"いと"ですよ」

何気に酷い事を言ってきた。


………おい、『いと』って…、もっと酷くなってるじゃねぇか…


泣きそうになっている俺は、勉強机に手を掛けた。

――と、

ギィィィィン……

急に奥から響くような低い鉄の音が聞こえてきた。


…この音…、前にもどこかで………


気付いた時には不可思議な空間を通過し、大きな教会の中へ移動していた。

「………っ!!??」

…何が起きたんだ?

辺りを見回すと、教会のど真ん中、いや、ど真ん前っていうのかな…。まぁ、どっちでも良いや。…で、そこには紫色の艶を帯びた髪を靡かせている美女の姿があった。


「……アイリスさんっ」

無意識のうちに、口がそう言葉を紡いでいた。


美女は振り向いた。

しなやかに振り返るそのラインは、まるで鉛筆で描いた線のように細かった。

美女が口を開く。

優しい微笑みを浮かべながら――


「此方へお出でなさい、須佐之男命―」

甘く、それでも透き通った声で――


これって…誘われてるんだよな…?

行っても良い…んだよな?

俺は自然に足が一歩一歩、アイリスさんの方へと進んで行く。

もうそろそろアイリスさんの胸の中に――

そう思った瞬間――

「待ちなさい!」

背後から鋭い声が聞こえた。

気が強そうな、張った声。

振り返るとそこには、

「天照大神!」

俺よりも、アイリスさんの反応の方が早かった。


腰まで伸びた癖のない美しい黒髪。相貌は綺麗な赤色で、すこし灰掛かっている。


「須佐は妾のものぞ。…異国の者になど渡さぬ!」

黒髪美女――天照大神が言い放つ。

虹の神、アイリスは冷たく笑い、

「負け惜しみは醜いわよ、天照。…私は最初から、須佐之男命――京極雅也の妻になるべき存在だったの」

衝撃的な発言をした。

――ん?妻?

アイリスさんが!?

俺の顔が紅潮したのを見て、天照大神が少しムッとして、

「何を申すか!妾と須佐は遥か日本神話時代の頃よりの仲…。無関係な者にこの仲を引き裂かれる筋合いはない!!」

俺の背中に触れるくらいの距離まで近づいた。


…え、何コレ何コレ!?

まさか俺の取り合い?

やべぇ…、美女2人に取り合われるなんて俺、今最高に幸せだぜ!!


そんな事を思っていたら、頭上から声が聞こえた。

「……まっ、須佐様っ」

どこかで聞き覚えのある、幼女のような可愛いらしい声。

俺は声がする方へ顔を向けた。

すると緑の温かい光が俺の身体を包み込んで――


「起きて下さいっ、須佐様ってばぁ!!」

「…………ん、」

俺は幼子の声で目を覚ました。

目の前に映るのは、美しい真紅の髪――


「――っ!!!」

俺は勢いよく身体を起こした。

そして周りを見渡す。

少女はそんな俺を不思議そうに見て、

「須佐様?やはりお疲れ気味のようですね。…あのまま寝かせておいた方が良かったのでしょうか…?」

考え込むように言った。

「いゃ、善い善い。…どうせ、ろくな夢など見ておらぬわ」

少女の真横で皮肉を込めた事を言うのは、片手に扇を持ち扇いでいる大和撫子だ。

「本当そうよね。…寝言で"アイリスさん"とか"天照"などと言うなんて……、全くはしたない男だわ」

大和撫子の隣に座っていた紫色の美しい髪をした美女が、氷の棘を刺すかのような鋭い発言をした。

「………う」

何も言い返せない俺が悲しい。

だってしょうがねぇじゃんか!!美女2人が、あんなリアルに俺の取り合いをしてたなんていったら………

「…須佐様、何を考えていたのか、部屋に入るなり勉強机に手を掛け、そのまま倒れるように寝てしまいましたものね…」

サーシャが、やれやれと苦笑を浮かべる。

……あぁ、やっぱり夢だったんだな…。

まぁそりゃそうか。実際に俺なんかを取り合う美女なんか居るわけないんだし…


ボーッとしている俺に気付き、アイリスさんが話し掛けてくる。

「本当に疲れてるんじゃない?…無理のし過ぎはダメよ?」

……うぅっ!!

言えない!!

アイリスさん達がパートナー捜しを1日中俺にやらせてるから疲れがたまってるなんて言えない…!!!

まぁ、翌々考えればパートナー捜しに気を入れてるのは俺のためだし…。アイリスさん達も暇じゃないはずなのに手伝ってくれてるし…。文句言えねぇんだよな…


「須佐。もし寝たいのならば妾の膝の上で寝よ」

赤面になりながらも膝を指差す天照。

ブッフォォォォッ…!!!

鼻血ものだぜ、このヤロー…!

俺はニヤける口元を腕で隠しながら、天照の膝の上に頭を乗せようとした。

その時――

「ごふっ…!!」

「……このド変態が」

冷たい氷のような声と共に、鋭いパンチが俺の鳩尾に食い込んだ。

「げふっ、ごほっ……」

「須佐様っ、大丈夫ですかっ?」

咳き込む俺に心配の眼差しを向けるサーシャに、アイリスさんが一言。


「死ね、そしてくたばれ」




朝。

俺は覚醒した。

嘘です、調子乗りました。…ハイ、すんません。


俺は結局あの後速やかに眠り、結局宿題には手を付けていない。


「あ~、ダルい。なんか最近妙に肩凝ってきたんだけど…」

そんな独り言を呟きながら歩いていると、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。

振り返ると…

「…っ、雅也、先に行くならそう言ってくれないと…」

「あー…、悪ぃ」

息を荒くした紀がいた。

…なんかこいつが傍に居ると安心するな

イケメン嫌いな俺だが、この紀だけは別だ。

本当に心から信じられる、唯一の俺の友人だ。


「…で、今日はちゃんとやってきたよな?」

笑顔で訊いてくる紀に、俺は少し戸惑った後に、

「あー…、その…だな…。俺にも色々事情があって…」

口ごもりながら正直に答えた。

紀は叱るでもなくため息をつくでもなく、ただただ微笑んだまま、

「まぁ、予想はしてたよ」

と言った。

「…有り難う」

「何が?」

「いや、何でもない」

「おかしいなぁ…。俺はただ、雅也に呆れてるだけだよ?」

「~…」

……これだから紀は好きなんだ。

こんな良い性格をしたイケメンなんて、世界中何処を捜しても、紀しか居ない。

「…どうしたの?ニヤけちゃって…。気持ち悪いよ」

「………」

…やっぱりさっきの取り消し。…最低だよ、コイツ………



―HR―

地獄だ。

こんな事があって良いのだろうか…

……くっそ、あのクソ教師め…。俺が正直に申し出たというのに……!!


「お疲れ様。朝から追い出しなんてキツいよな」

1限目が終わってもなお、廊下に追い出されたままの俺に、紀が爽やかスマイルを向けてきた。

眩しすぎんだろ…っ!!

女子が虜になる理由が何となく判るぜ…!

「…うるせーよ。お前にはこの辛さなんてわかんねーよ」

顔を反らす俺に、紀は苦笑しながら、

「あ~あ、ふて腐れちゃって…。可愛くないな」

………バカにしてんのか!!??

俺が紀の見るもの全てを魅了する笑顔から逃れながら壁に凭れていると、廊下の奥の方に人影を見つけた。

どこかで見たことのあるシルエットだ。

窓から入り込んでくる風に煽られ靡く、太もものあたりまである髪。

影主が動く姿はまるで、桜の花が舞い散るようだ。

「……来ちゃったのね」

不意に耳元で大人の女性のようなお色気を帯びた声が聞こえた。

「アイ…、テイトさん…!」

「…ここまで着いてくるなんて…。あの女、ストーカーじゃないの」

俺なんかには目もくれず、アイリス(この世界ではカッツァーネ・テイト)さんは影を見た。

「…え、ストーカーって……、雅也、意外とモテてたのか?」

紀は相変わらず酷い事を言ってくるし…


…………って、ん?

ストーカー?…俺の?


俺はアイリスさんの方を再度見た。するとアイリスさんは小さくため息をつき、

「三条南実が来たのよ」

静かにそう言った。

「…三条南実?……ああっ!!!天照…ぅぐっ」

俺が三条南実が誰なのかに気付き、うっかり口が滑りそうになったのをアイリスさんは口を押さえて止めた。

…そうか。この事を紀に知られたらマズイもんな…。

紀を変な事に巻き込みたくないし……


…と、影がゆっくりと此方に近づいてきた。

「来たわね、ストーカー」

戦闘体勢をとるアイリスさん。

…えと、まず一つ良いですか?…ストーカーって、貴女も俺を追いかけてこの学校に入ったんだから、人の事言えませんよね?

俺がそう思っていた矢先――

「…死ね」

地に響くような低く恐ろしい声音が、俺の耳に届いた。

ギャァァァァッ!!!!

怖えっ!!!マジ怖えよ!!

そうだった、アイリスさん、人の心読めるんじゃんっ!!!

気付いた頃には既に時遅し。アイリスさんの放ったパンチが、まともに俺の鳩尾に食い込んだ。




「えー、では紹介します。本日よりこのクラスに転校してきました、三条南実さんです」

担任のダルそうな声と共に三条南実は一礼した。

「やっぱりストーカーね。…須佐之男命と同じクラスに入ってくるなんて」

隣の席から人の事言えないような発言が聞こえてくるのだが、それはまぁ無視しよう。

「…じゃあ、適当に自己紹介して」

担任は軽い口調で南実に言う。

彼女は教室を一度見回してから、俺と目を合わせ、

「三条だ。あの者――京極雅也に近づく者は、全て妾が処分する。…よく覚えておくんだな」

……………………はい!!??

教室中が静まりかえった。当たり前だよね。急に発した言葉がアレなんだから…

…あ~あ、アイリスさんが入ってきた時と同様に、また今回も俺は男子から嫉妬で殴り殺されるんだろーな…


俺はため息をつき、急に曇りだした空を見上げた。



「いい加減離れなさいよ。雅也くんが困ってるわ」

「その方こそ離れたら善かろう。雅也殿は妾のモノじゃ」


昼放課。

俺は美女2人に挟まれ、取り合われていた。


あ~、美女を見ながらの昼食は実に気分が良いな♪

俺がそんな風に浮かれていると急に――

パンッ…!

「………っ!!??」

「停電だ!!」

校内の電気製品全てが動かなくなったようだ。


「アイリスさん、天照様、何か仕組みました?」

俺が2人に尋ねると、2人は睨み、

「何ゆえ妾達を疑う?…この、うつけ者が!!」

とか、

「何で私には"さん"で、こいつには"様"なのよ?…ふざけないでちょうだい!!」

とか、訊かなければ良かった…、と後で後悔するような返答が返ってきた。


「でも…」

と、アイリスさんが口を開く。

「この停電、偶然じゃないわよ」

天照も頷き、

「そうじゃのう。霊気を感じる…」

顔を強張らせながら言った。


…え、霊気?

って事は、この学校にアイリスさんと天照大神の他に誰か、この世界に来てはならない人が入り込んで来たって事か…!?


俺の推理は正しかったようで、

「天照、場所は屋上よ」

「判っておる。今より向かう!」

2人は顔を見合せ、風と同じスピードで、その場から立ち去った。


「…俺も見に行くとするか」

一人取り残された俺は、頭を掻き、気怠げに歩いて屋上へと向かった。




空はまだ、厚い雲に覆われたままだった。

今にも雨が降りそうな空――


「妾の存じてる限り、可能性は無では無いが…」

「現れるかどうかが判らないのよね?」

「うむ。…あの者は気紛れじゃからのう……」


俺にはさっぱり意味の判らない会話をし出す2人。

恐らく停電を引き起こした怪物についてだろう。


「これ、須佐。そなたならば、話せるであろう」

―と、急に天照大神が俺の方を向いた。

「…はぁ、何のことやら…」

俺が首を傾げると、アイリスさんが目を閉じながら、

「この霊気の主は天空に居られるのよ。遥か彼方に…」

ぽつぽつと降り注ぐ雨に目をしかめ、言った。


……遥か彼方?天空?

――その時

ピカッ…

天空が一瞬、真っ白になった。

雷だ。

……成る程。霊気の持ち主は雷を自由に操れる者だって言いたいんだな…


俺は続いて降り注ぐ、大粒の雨に打たれながら、屋上の手すりによじ登った。

「須佐っ!?何を死に急ぐ!?」

「そんな風に見えますか…?弱ったな…」

心配そうに叫ぶ天照大神に苦笑し、俺は天空を目指し、飛び立つ準備をした。

「気を付けなさい。彼女は誰これ構わず刃を向けるような人よ…」

アイリスさんは俺の背中に声を掛けた。

俺は「わかりました」と言う代わりに頷き、天空へと飛び立った。



雨をたっぷりと含んだ雲の間を通るのは、かなり苦戦する事だった。

これも一種の縄張りに入ってくるのを防ぐための兵法なのかもしれない。


主の正体は大体は察しできた。

恐らく雷神だろう。しかもアイリスさんが「彼女」と言ったため、女なのだろう。

俺は目の前に立ちはだかる分厚い雲を手で掻き分け、上へ上へと進んでいった。


大分上まで来たらしい。

雨粒の冷たさを感じなくなった。代わりに空気の冷たさが肌を刺す。

雲の上の、少し見晴らしの良いところへ出ると、霊気の主の姿が露になった。


「……あれが、雷神…」

彼女は見たところ19、20歳のお姉様的な立ち姿だった。

右手からは青白い電流を放っていた。


雷神は俺の気配に気付いたらしく、素早く振り返り、電撃を此方に撃ってきた。

俺は反応に遅れた。

俺の身体に彼女が放った電流がまともに受けられる。

――だが、俺の身体に異常は無い。

それを見た彼女は目を細め、問いてきた。

「…何者だ?」

俺は彼女に正体して名を名乗った。

「俺は須佐之男命だ。…貴女方は、雷神様と見た」

彼女は"須佐之男命"という言葉を聞き、一瞬困惑の表情を見せた後、

「お前のような若僧がか?」

と、からかうような視線を向けてきた。

さすがに俺も、この態度にはムカついた。

「若僧…?俺が若僧なら貴女はオバサンですね」

俺は嘲笑した。

彼女は怒り狂ったように、大量の電流を発した。


…うぉぅ、やべぇ、言い過ぎたか…!?

後悔した時には既に時遅し。…あ、今日二度目だな。

彼女は青白い稲妻と共に、俺の目の前から姿を消した。


「………あ~あ…。アイリスさん達にど叱られるな」

俺は泣く泣く地上に戻り、案の定アイリスさんと天照大神に、約4時間にあたる説教を校舎内でされたとさ。


………あぁ、もう泣きたいよ…

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